下手なのにチームに欠かせなかったサッカー少年

今回の文章は僕の実体験だ。短くまとめたので、5分もあれば読めると思う。だが、内容はなかなか奥の深いもので、終盤にどんでん返しもあるので、読んでみてほしい。

既に何度か書いているが、僕は昔、地元の強豪サッカークラブに所属していた。
あれは空がまだ青い夏のこと、チームの1軍に新人が入った。彼はミッドフィルダーか第一希望だが、ディフェンダーでも別にいいと笑顔で述べた。ポジションにこだわりのない彼を暖かく迎え入れた1軍メンバーだったが、彼のスキルを見て愕然とした。
トラップは不安定、ドリブルは下手、足技は平均以下、リフティングは40回が限度という有様だった。皆が「なんで1軍なの…?」と思った。

それでも、彼は1軍でレギュラーの座を掴んだ。チームメイトだけでなく本人も困惑していたが、試合を重ねていく中でチームの戦績に悪影響がないと分かると、誰も疑問を呈さなくなった。
やがて、優秀なチームメイトと練習しているうちに、彼はキックの質が格段に高まった。ミドルシュート並みのスピードで、正確なパスを通す。この新たな武器は、対戦相手から恐れられ、ついには彼がボールを持つたびに、激しいプレスをかけられるまでになった。
監督は「アイツへのプレッシングを回避する策を考えないといけなくなったな」とボヤいていたが、他ならぬ監督自身が彼を1軍に連れてきたこともあり、少し誇らしそうだった。

ところで、彼の武器は何かと聞かれたら、僕らは口を揃えて「キックの質」と答えただろう。
しかし、ここで皆の頭に1つの疑問が浮かんだ。
「あいつって、キックが得意になる前からレギュラーだったよな…? 以前は何を評価されていたんだ?」

僕のチームは毎年12月に、飲み屋で1年を振り返る慣習があった。(もちろん選手は酒を飲まない)
その席で、僕の親友のHという坊主頭が、監督に思い切って尋ねた。
「どうして監督は、まだ下手だった頃のアイツを1軍に入れたんですか?」
僕は、これに対する監督の回答が忘れられない。

「アイツは下手だったけど、動きの質が別格だった。アイツがいるだけで、チーム全体が上手く回るんだわ。お前もそんな感じしなかったか?」

嬉しかった。「そうか、監督はオフザボールの動きを評価していたんだ。キックの質が武器だと思っていたけど、本当の武器はとっくの昔に監督が見つけていたんだ。」

この物語の主人公である「彼」とは、僕のことである。
僕は守備的ミッドフィルダーとディフェンダーを本職とし、キックの質を武器にしていた。しかし、監督からすれば、それはさほど重要ではなかったのだった。
監督が真に僕に求めていたのは、チームが上手く回るように後方から支えることだった。
今季J1を制した横浜F・マリノスを観ていた人であれば、現代サッカーにおいて後方からの支援がどれほど重要かはお分かりだろう。相手の攻撃の癖を読む能力、相手のキープレーヤーにボールを通さないパスカット、キープレーヤーに周りを見る暇も与えないプレッシング、機を見て相手の隙に侵入する攻撃参加、チームの穴を埋めるカバーリング。そして、チーム全体のバランスを取るポジショニング。
非常に地味で、目立たない。加えて、ボールを持っても大したことをしないので、サッカーに疎い人には何をしているのか分かってもらえない。だが、これらの地味な動き無しでは、チームは上手く回らないと思う。

ここ最近、日本代表の佐々木翔が猛烈なバッシングを浴びている。論理的な批判はほとんどなく、大半が感情に任せた怒りなので気にする必要はないのだが、あまりにも彼のオフザボールの動きが無視しているのが歯痒い。
確かに彼は、ボールを持ったときのクオリティがあまり高くない。Jリーグ内でも平均程度だろう。しかし、オフザボールの達人である。恩師である森保一のサッカーを深く理解し、自分がどこで何をすべきかを的確に判断できる。森保一に関係なく、彼のサッカーIQの高さはサッカー記事でも取り上げられている。実際、彼がいるおかげで前線の選手がやりやすくなっているのは、前線の選手たちのインタビューからも明らかだ。

ボールを持った時の質の低さ(すなわちコントロールミスやパスミス)を非難したくなるのは分かる。だが、それは簡単で誰にでもできる。国を背負って必死に戦っている選手を安全な場所から見ているだけなのだから、せめてボールを持っていない時の動きにくらい、注目してほしい。
それと、実は、サッカー選手がボールに触れる時間は、1試合あたり数分だ。残りのボールに触れていない大半の時間の動きが、サッカーの勝敗に大きな影響を与える。だからこそ、サッカーの戦術は、ボールを持っていない時の動きを重視しているのだ。
ボールを扱う競技なのに、ボールに触れていないときの動きが重要。これがサッカーの奥深さだと思う。
ボールを持った時の動きだけで選手を褒めたり貶したりする人は、サッカーというスポーツをあまりに軽く見ているのではないかと感じる。

別段、僕と佐々木が似たもの同士だとは思わない。僕は本職がセンターバックとアンカーだったし、佐々木は僕と違って足元の技術がないわけではないし、細かく分析すれば全然別タイプだと思う。
しかし僕は、まだサッカーをあまり知らなかったあの冬に教わったことを、今でもよく覚えていて、それをもっと多くの人に知ってほしいだけなのだ。
ボールを持っている時の動きの方が目立つが、実はボールを持っていない時の動きこそ、チームにとっては大切なのだということを。


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