公園でサッカーをしてきた

外は雨が降っていた。部屋から薄暗い空をボーッと眺めていた僕は、ある健全な欲求を催した。

「ボールを蹴りたい」

ここ最近、無性にボールを蹴りたかった。もう1ヶ月近くサッカーの試合を観戦していないし、昔の試合を観るのにも飽きた。もはや自分でボールを蹴るしかない。サッカー経験者だからだろうか、毎度そんな論理の飛躍をしてしまうのだ。

午後3時。ようやく雨が止んだので僕は公園へ向かった。服装は上下ともに某強豪クラブのジャージ。体格と併せて、完全にサッカー青年だ。

付近に公園はいくつかあるが、自宅から徒歩30分のところにずば抜けて広大なものがある。グラウンドは土ではなく芝生で、壁もあったりする。1人でボールを蹴るのに適していることこの上なし。昔からお気に入りの場所だ。
芝は濡れていたが、そんなことはどうでもよかった。おかげで人っ子1人いないのだ。僕はむしろピッチコンディションの悪さに感謝さえしていた。

さて、さっそく壁に向かってボールを蹴った。初めて外国のアクション映画を観た時の少年のようにワクワクしていた。
まずは定番のインフロントキック。これはフリーキックやコーナーキックで多用される、蹴る側の足と反対の方向にカーブをかけるキックだ。
だが、蹴った瞬間に太腿の裏に違和感を覚えた。足を斜め上に振り上げる動きは、日常生活ではまずやらない。そのため筋が凝り固まっており、突然使うと痛むのだ。僕はしばらく座り込んだ。

数分後、インフロントキックを諦めた僕は、逆足を使ったりインステップキック(ミドルに多用されるやつ)を蹴ったりしてしばらく時を過ごした。

次第に調子が出てきたので、アウトフロントキックや擦り上げキックも試した。アウトフロントキックはポルトガルの魔術師リカルド・クアレスマの得意技で、威力は出ないものの(僕は)比較的コントロールしやすいキックだった。蹴る側の足の方向に曲がるのがロマンティックで好きだ。
擦り上げキックの正式な名称はわからない。ただ、酒井宏樹がよく使う蹴り方といえばわかるだろう。これはボールを思い切り擦り上げるので強烈なカーブがかかる。そのため、酒井にとっての北嶋のような相性の良い味方がいると威力を発揮する。だが、股間が痛む。大事なところを太腿で擦り上げるためだ。2回蹴ってみたが、2回とも男の苦しみを味わったのでやめた。酒井にコツを聞きたい。

開始から30分。気がつけば、ほぼ全てのキックを使いこなしていた。無回転も時々蹴れたし、個人的に好きなトーキックやチップキックも存分に披露した。披露する相手は空と地面と自分だ。
自転車と同じで、ボールの蹴り方は身体が覚えている。初めは筋を痛めたり上手くボールを飛ばせなかったりもしたが、すぐに記憶を蘇らせることができた。

気分は高揚していた。楽しい。生きている心地がする。
所詮、1人で壁に向かってボールを蹴っているだけである。やったことがない人は、一体何が楽しいのかと首を傾げるだろう。
しかしこの遊戯は至高だ。蹴るたびに様々な思いが交錯する。なぜ上手く蹴れなかったのか。なぜ意図せざる方向へ飛ばしてしまったのか。そんなふうに自分の中のリトル自分と対話しながら、精度を高めていく。その過程には、昔憧れた選手の顔や、印象的なフリーキックの数々が登場する。

側から見れば静かだろう。しかし、僕は記憶と会話しながら楽しくボールを蹴っている。盛り上がっている。そこに孤独感や虚しさは無い。ただ充実あるのみだ。

思えば、自分の人生には常にサッカーがあった。幼稚園の頃からボールを蹴り始め、高校まで続けた。だが、大学に入ってからは観ることばかりでプレーしなくなった。観る方が楽しい、そんな気がしたのだ。
しかしながら、やはりサッカーは実際にやるのが一番楽しいのではないか。そんな気がした。これは本当に人それぞれなので、「観る方が楽しい」という意見を否定するつもりは一切ない。ただ、実際にボールを蹴ったことがない人には、ぜひ蹴ってみてほしいと思う。

1人でボールを蹴る行為にさえ奥深い味わいがある。複数人で出来たらどんなに楽しいだろう。昔は当たり前のように楽しんできたが、今の自分には格別の悦びになるだろう。今度は久々に、誰かとボールを蹴りたいな。
そんなことを考えながら、今更になって出てきた太陽を眺めつつ、僕は帰路に着いた。

お金に余裕のある方はもし良かったら。本の購入に充てます。