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おねーさんの傘

病院からの帰り道、私は気付いた。傘がない。

小雨だけれど念のため持ってきたビニ傘。以前大雨にやられた時に東京駅かどこかで間に合わせで買ったビニ傘。置き傘に便利かも、とただそれだけで取っておいたビニ傘。うっかりしていた。

ぼんやりしていたのだろうか。心に留めておかなかった私が悪い。病院の入り口の傘立ての中、彼は一人待っていた。私に忘れられたことを不機嫌そうに、首を傾けて。

ビニール傘。世の中に、これほど人が気に留めないものはあるだろうか。

風にひっくり返り骨は折れる。その辺に捨てられていても気にしない。折れた傘なんて拾う人は誰もいない。透明でシンプルといえばいいだろうか。シンプルなデザイン。どの傘を買っても同じだからこだわって選んだわけではない。同じような傘が並ぶからコンビニでは傘泥棒のかっこうのまと。大雨の時に間に合わせで買って自宅に何本も溜まっていくビニ傘。ビニ傘ならなんでもいい。ただ濡れなければよかった。ただそれだけ。あなたじゃなくていいの。誰でもよかった。

基本的に私はビニ傘を好まない。傘を差すからには濡れないことが大前提だけれど、どうせならお気に入りの傘を差したい。お気に入りの傘なら雨が降っていることすら喜ばしく思える。それにお気に入りのレインブーツも合わせると足取りが軽くなる。気に入っているから心に留めておく。だからこそ絶対に忘れることはない。27歳から使っている傘は一度たりとも忘れたことはない。これからも忘れることはない。そのくらい気に入っている。本気で気に入っている。

おねーさんの傘。

自慢の傘。その傘を持ちながら地下鉄に乗る時いつも思う。何号車もあるこの地下鉄の中で、今、私は一等素敵な傘を持っている!と。

来年の梅雨時には一等素敵な傘を。直しても使える丈夫な傘を。万が一なくしてしまったら世界の果てまでも探しに行くほどお気に入りの傘を。

その傘素敵ね、と褒められ得意げになる傘を。

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