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【#シロクマ文芸部6月】②開かれない傘

1カ月の全お題を使って一つの物語を作るチャレンジをしています。レギュラー部員は月初めにお題を全部教えてもらえるので思いつきました。今日はその2回目。

①はこちら👇

紫陽花を見ていたあの子に今日は傘をさしてやろう。そう思うだけで足が自然と早まる。あの時、なぜ傘をさそうとしなかったのだろう。それが悔やまれて仕方なかった。

毎日の散歩では必ず公園の同じベンチで休憩を取る。足腰が弱っては生きていても意味がない。そう思い、毎朝の散歩は休まないようにしている。散歩の途中で休憩するベンチのわきには今の時期だと紫陽花が咲き、それを見ているだけで心も明るくなる。

自分は生まれついてのしかめっ面で、声をかけられにくい。そのおかげで、公園ではいつも1人静かな時間が過ごせる。若い頃は寂しいと感じた時もあった。しかし、たったひとり、若い女性が声をかけてきた時、俺の寂しい世界は消えたのだ。俺は彼女と一緒になりずっと幸せだった。それなのに、彼女は去年。

「どうして俺は1人で紫陽花を見ているのだろう」

ベンチでポツリとつぶやいた時、

「私も見ているよ」

と声がして驚く。独り言を聞かれた恥ずかしさと1人の時間を邪魔された気持ちがごちゃ混ぜになり、俺は苦虫をかみつぶしたような顔になった。たいていの人間はこれで立ち去るのだが。

「ポンポンいたいの?」

小さな子は苦手だ…簡単に距離を縮めてくるから。たいていの子は、しかめっ面に怯え近づかない。たまに空気を読まずにペラペラと話しかけてくる、こういう子どもがいるんだよなあ。

「ねえ、さっきなんで泣いていたの?ポンポンいたい?」

この子はなにを言っているのか、と思いハッとした。妻を想った顔が泣き顔に見えたのかと考え恥ずかしくなる。小さな子に指摘され、ますますしかめっ面が強まった。

「やっぱりポンポンいたいのね!」
「痛くない」
「いたくないの?よかった!」

安心したようにキャハハハと笑う。1人を邪魔されたと思ったが、その無邪気な顔につられて口元がゆるむ。

「お前さんはなにをしているのかな」
「紫陽花を見ているの」

そう言って女の子は紫陽花を見ながら、きれいねぇ、ポンポポーンって咲いているねとしゃべり続ける。よく回る口だなと思ったが、なぜか不快ではない。しばらく女の子と紫陽花を見ているとポツリ、ポツリと雨が降り出してきた。

「雨が降って来たから帰ろうじゃないか」
「おじいちゃんが持っている紫陽花みたいな綺麗な傘、さして!」

雨の中で紫陽花を一緒に見ましょと少女が真直ぐな瞳を俺に向ける。

「嫌だね!」

思わず叫んでしまい赤面した。
小さな女の子は目を見開き驚いている。

女の子を紫陽花の前に残し俺は慌てて公園を去る。妻が使うのを楽しみにしながら開くことがなかった傘を手に。

小牧幸助部長、今週もありがとうございました😊

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