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脚本「青い薔薇」

あらすじ

時は大正時代。貿易商を営む天ケ瀬家の一人娘、天ケ瀬翠子(17)は、毎日のように、自宅の庭園で薔薇の絵を描いていた。近くでは、庭師の李幹次(25)がいつも作業をしている。そんなある日、翠子は両親からの縁談話をされる。翠子は、将来は女流画家として生きていきたいと告げる。だが、「女は結婚が一番の幸せ」「仕事は以ての外」だと突っぱねられ、無理やり話を進められてしまう。翠子は、自分らしく生きられない人生に諦めかけていた。そんな時、何気なく話をした李から、思わぬ事を言われる。

登場人物

天ケ瀬 翠子(17)天ケ瀬家の令嬢
天ケ瀬 翠子(8)回想で姿のみ
李 幹次(25)庭師
天ケ瀬 富久(36)(45)貿易商・翠子の父
天ケ瀬 しず(38)翠子の母
女中

本編

〇天ケ瀬家・庭園
   広い庭園、梅や桜、松や椿など日本の草木がある中、一角だけ薔薇が
   色鮮やかに生い茂っている。
   そこで、一人の女性がキャンバスに向かって色を塗っている。
   キャンバスには、薔薇の油絵。
   その薔薇に、色を重ねる女性は着物姿の天ケ瀬翠子(17)、目の前
   の薔薇を真剣な眼差しで見つめている。
   少し離れた場所にいる李幹次(25)、薔薇を慣れた手つきで触り、
   世話をしている。
   李、立ち上がり、ふと翠子が目に入る。
   翠子、真剣に薔薇を見つめて、キャンバスに色を乗せる。
   無表情で見ている李、知らばくして、その場を離れる。
   翠子、顔を上げる。
   別の薔薇の世話を始めている李の後ろ姿。
   翠子、李を見つめて小さく笑みを浮かべ、再び、絵を描き始める。

〇同・外観
   大きな様式の邸宅。

〇同・廊下
   翠子、キャンバスと画材道具を抱えて歩いている。
   と、廊下の先から女中がやってくる。
女中「お嬢様」
翠子「どうしたの? そんなに慌てて」
女中「旦那様と奥様がお呼びです」
翠子「2人が?」
女中「はい。急いで来るようにと」
翠子「そう……わかったわ。どこに?」
女中「応接室にとの事です」
翠子「なら、道具を置いてからすぐに行くとお伝えして」
女中「畏まりました」
   と、戻っていく。
   翠子、女中が去ったあとをじっと見つめ、溜息。
翠子「……とうとう来たのかしら」
   と、踵を返す。

〇同・応接室
   舶来物の応接セット。
   そこに座る天ケ瀬富久(45)と天ケ瀬しず(38)。
   翠子、2人と向かい合って座る。
翠子「縁組……ですか」
   と、手には釣書の写真。
写真には、軍服姿の精悍な男性が写っている。
   翠子、じっと写真を見つめる。
天ケ瀬「取引先の次男坊でな。昨年、帝国大学をご卒業されて、今は、軍に
 所属されている。とても優秀な人物だそうだ」
翠子「何故そんな、すごい方が家に?」
天ケ瀬「もともと、貿易業に興味があったそうだよ。私も、前々から、うち
 の婿にどうかと思ってはいたんだ。お前も女学校を卒業したし、話をして 
 みたんだ」
しず「あなたのお写真を見て、一目で気に入ってくれたそうよ」
翠子「……そう、ですか」
天ケ瀬「お前が女学校でも優秀な生徒だったと話したら、その息子も、理想
 の妻に申し分ないから是非にと言ってきてな」
しず「翠子さん、私が見る限り、この方程、相応しい方はいないと思うわ
 よ」
天ケ瀬「どうだ? 話を進めてもいいだろう」
翠子「……」
   と、写真じっと見てから顔を上げる。
   微笑みながら翠子を見る、天ケ瀬としず。
翠子「……この話、お受けしなくてはいけないのでしょうか?」
天ケ瀬「なんだ、この男が気に入らないか?」
翠子「いえ、そういう訳では」
しず「もしかして、気になる殿方でもいるの?」
翠子「え?」
天ケ瀬「まさか、あの庭師か? あれ自身はいい男だが、あいつの両親は、
 日本人ではない」
翠子「あ、あの、彼は違います!」
天ケ瀬「じゃあ、誰なんだ」
翠子「ですから、好きな人はおりません」
しず「なら、問題はないでしょう。結婚を不安に思っているなら、お話を聞
 くは」
   翠子、俯いてぎゅっと拳を握る。
翠子「(小声)画家になりたいのです」
天ケ瀬「なんだ、もう少し大きな声で言いなさい」
   翠子、顔を上げる。
翠子「私、画家になりたいのです」
天ケ瀬「あれは、ただの趣味だろう。画家なんて、とんでもない」
翠子「何故ですか? 絵をお仕事にされている方は昔からいらっしゃるでし
 ょう?」
天ケ瀬「お前も分かっているだろう。女が外で仕事などありえん」
翠子「ですが、近頃は職業婦人と呼ばれる方々も沢山いらっしゃいます」
天ケ瀬「あれは、貧しく結婚の相手が見つけられ無い女がする事だ。それ
 に、画家は職業婦人とは違う!」
翠子「でも、我が家では絵画を売っているではありませんか。あの絵を描い
 た方々は皆様、絵を書いて暮しているのでしょう?」
天ケ瀬「それは、才能がある者ができる事だ。男でもごく一部だというの
 に、手慰みでやっているお前が、画家の真似事などして生きていくなど、 
 甘いにもほどがある!」
翠子「そんなっ、私は本気です! 先日、フランスの絵画学校に絵を送りま
 したら、入学許可の手紙も頂きましたわ!」
   と、懐から手紙を取り出して天ケ瀬に渡す。
   天ケ瀬、手紙を受け取り内容を見つめる。
天ケ瀬「何を、勝手な事をしているのだ!」
翠子「私、けっして手慰みで絵を描いているわけではありません! だか
 ら、今回のお話はっ」
天ケ瀬「(大声)ならん!」
   翠子、体をビクリと揺らす。
天ケ瀬「お前が絵描きなど。わしは許さん!」
翠子「そんな」
しず「(遮って)翠子さん、お父様の言うとおりですよ」
翠子「お母様」
しず「女性は結婚して子供を産み育てるのが一番の幸せなんです。それに、
 絵を描くのがお好きなら、結婚した後でもできるでしょう?」
翠子「それは……」
   と、膝に乗せた拳をぎゅっと握る。
天ケ瀬「翠子。何に影響を受けたのか知らんが、所詮は一時の気の迷いだ。
 後々、必ず、私達が言っていたことが正しいと解かる」
しず「そうよ。お父様のいう事を聞いて」
   翠子、顔を上げて天ケ瀬としずの顔をじっと見る。
翠子「……私は、諦めたくありません」
天ケ瀬「まだ、言うか! (しずに)お前は今までどういう教育をしてきた
 んだ!」
しず「も、申し訳ございません」
翠子「お父様! お母様のせいじゃ!」
天ケ瀬「うるさい! お前が納得しなくとも、この話は進める! フランス
 への留学は諦めろ!」
   と、手紙を破り捨てる。
翠子「やめて!」
天ケ瀬「異論は認めん!」
   と、立ち上がり、部屋を出ていく。
   翠子、天ケ瀬が勢いよく閉めた扉を見つめる。
翠子「……」
   しず、立ち上がって翠子の隣に座る。
しず「翠子さん、今は納得できないかもしれないけれど……いつか、わかる
 時が来るわ」
翠子「お母様……でも、私は」
しず「大丈夫。きっと、幸せになれるわ」
   と、翠子の握った拳にそっと触れる。
翠子「……」

〇同・翠子の自室(夜)
   ランプの明かりだけで薄暗い。
   部屋のあちこちに、天ケ瀬家の庭園や邸宅を描いた絵画が置かれてあ
   る。
   翠子、キャンバスの薔薇の絵に色を重ねている。
   突然、外から雨が降る音が聞こえてくる。
   翠子、手を止め、窓に視線を向ける。
   窓ガラスに、雨が叩きつけられている。
   翠子、ふと窓際の机に視線が移る。
   窓際の机には、フランス語の辞書、破かれたフランス語で書かれた手
   紙とそれを訳した紙。
   訳された紙には『絵画学校への入学を許可いたします』と書かれてい
   る。
   翠子、立ち上がり手紙と訳した紙をぐしゃぐしゃにまるめ、ゴミ箱へ
   と捨てる。
   ゴミ箱をじっと見つめる翠子、椅子に座り、机に突っ伏す。
翠子「……」
   雨が激しく降ってくる。

〇同・庭園(早朝)
   雨に濡れた薔薇に朝日の光が当たる。

〇同・翠子の部屋(早朝)
   翠子、机に突っ伏している。
   窓から朝日が入ってきて、雀たちの鳴き声が聞こえる。
   翠子、目を覚まし、顔を上げて窓の外をじっと見る。

〇同・庭園(早朝)
   静かな庭園を翠子が一人歩いている。
   色とりどりの花々が咲く庭園。
   と、薔薇の咲く一角に、翠子、近づいていく。
   雨に濡れた薔薇。
翠子「綺麗」
   と、顔を近づけて薔薇の匂いを思いっきり吸う。
翠子「……いい香り」
李の声「朝ですからね」
   翠子、驚いて顔を上げる。
   後ろに、李が剪定バサミなどを持って立っている。
翠子「り、李さん?」
李「おはようございます。お嬢様」
翠子「お、おはよう……」
李「……」
   と、翠子を気にした様子もなく作業を始める。
   翠子、じっと李を見つめる。
翠子「……」
李「(翠子を見ないまま)何か?」
翠子「えっ?」
李「先程から、こちらをじっと見られていますが」
翠子「え、あの……さ、さっきのどういう意味なの?」
李「意味?」
翠子「さっき『朝ですからね』って言ってたでしょう」
李「ああ……薔薇は、日の出から3時間位が、一番香りが強いんです。だか
 ら、この初夏の時期は、今が一番良い時間です」
翠子「へえ、そうだったの」
李「秋になると、もっと強い香りになりますよ。時間も、こんな早朝の時間
 じゃないですから、楽しみやすいと思います」
翠子「まあ、知らなかったわ。さすが、李さんね。物知りだわ」
   李、翠子をじっと見る。
翠子「何かしら?」
李「……俺の名前、ご存じだったんですね」
翠子「それは、当然ですわ。うちで働いている人の名前くらい把握しており
 ますとも」
李「そうですか……」
   と、作業を再開する。
   翠子、またじっと李を見つめる。
李「……まだ、何か?」
翠子「えっ?」
李「あまり、じっと見られると仕事しづらいんですが」
翠子「あ……ああ、その、いつもこんなに早く仕事しているの?」
李「ええ、まあ……今日は、昨日の雨が気になっていたので、いつもより少
 し早いですけど。お嬢様こそ、今朝はお早いですね」
翠子「ちょっと、眠れなくて、目が覚めてしまったの」
李「悩み事ですか?」
翠子「悩みというか……」
   と、ちらりと李を見る。
   李、気にせず作業を続ける。
翠子、突然、李の横にしゃがむ。
翠子「私、結婚しなくてはならないのよ」
   と、李の様子をちらちら伺う。
   李、翠子を見ないまま作業を続ける。
李「それは、おめでとうございます」
翠子「相手は、帝国大学出身で、今軍にいて、秀才らしいですわ」
李「それは、すごいですね」
翠子「……」
   李、無表情で作業を続ける。
   翠子、李から視線を外し、諦めた様に溜息をつく。
翠子「でも、私。本当は、結婚をしたくないのです」
李「はあ」
翠子「画家に……なるのが、夢なんです」
李「そういえば、いつもこちらで描かれていますね」
翠子「知っていたの?」
李「そりゃ、ここで仕事してますから、目にも入ります」
   翠子、少し嬉しそうに笑い、目の前の薔薇に触れる。
翠子「小さい頃に見た、西洋の絵が本当に美しくてね」

〇(回想)画廊・中
   翠子(8)、天ケ瀬(36)の横で西洋絵画をじっと見ている。
   色とりどりの西洋絵画。その中に、薔薇の絵がある。
   薔薇の絵を、目を輝かせて見つめる翠子。
翠子の声「私、衝撃を受けましたの」

〇元の天ケ瀬家・庭園(早朝)
   翠子、薔薇の葉を切る作業する李の横でしゃがんでいる。
翠子「それから、どうしても自分でも描いてみたくて、お母様にお願いし
 て、画材を買っていただいて、先生もつけてもらったわ……いつか海外に
 も行こうと頑張ってきましたの、内緒でフランスの絵画学校に応募までし
 ましたのに」
李「……」
翠子「私、天ケ瀬家に相応しい娘になれと言われて、勉強もお稽古事も必死
 にやってきたわ」
李「……」
翠子「女は結婚が一番幸せだって、小さい頃から言われ続けて、そういうも
 のなんだと思ってはいましたけど……でも、外国の女性たちの話を聞い 
 て……自分が一番したい事を我慢してまで結婚して、本当に幸せになれる 
 のかしらって、思いはじめて」
李「……」
翠子「本当、女って不便ですわね」
李「……」
翠子「……何か、言ったらどうですの?」
   李、薔薇の葉を切り、翠子を見る。
李「話したんですか?」
翠子「え?」
李「旦那様と奥様には、その気持ちをお話したんですか?」
翠子「しましたわ……でも、理解してくれなかった。女が画家なんかになれ
 ない、女は仕事をするもんじゃないって」
李「なぜ、旦那様達はそうおっしゃったんで?」
翠子「そんなの、古い考えに固執していらっしゃるからじゃないの」
李「……そうですかね?」
翠子「そうよ」
李「でも、旦那様は、私のような大陸の血を引く者も能力を見て雇ってくだ
 さいます。けして、古い考えだけに固執するような方とは思えませんが」
翠子「でも、お父様は、私があなたを好きだって勘違いしてた時は、あなた
 が日本人じゃないって事で反対してたわよ?」
李「私を、好き?」
   と、じっと翠子を見つめる。
   翠子、はっとなって赤くなる。
翠子「そ、それは! お父様の勘違いよ!」
李「はあ……まあ、でも、それは心配しての事でしょう」
翠子「心配?」
李「お嬢様は、世間知らずの箱入り娘、ですよね」
翠子「そんな事っ」
李「1人で買い物にも出た事ないでしょう」
翠子「……そう、ね」
李「そんなお嬢様を、世間の荒波に触れさせず余計な苦労させたくない。旦
 那様には、その力がおありになる」
翠子「何が言いたいの?」
李「ですから、旦那様達が考える中で、お嬢様を守る一番の方法が、結婚だ
 ったんじゃないんですかね。ま、わかりませんが」
翠子「……」
   李、立ち上がって別の薔薇へと作業を進める。
李「俺が思うに、お嬢様も大概甘いですよ。そんなに、画家になりたいな
 ら、お2人が納得するまで、自分のお気持ちを伝えて、分かってもらえる
 まで説得し続ければいい。それに、もしかしたら結婚相手の男性も許して 
 くださるかもしれないですよ」
翠子「そんな事、ありえないわ!」
李「なぜですか?」
翠子「だって、結婚したら、全部諦めるしかないじゃない」
李「そうなんですか?」
翠子「そうですわ! 女は、家庭に入ったら家族のため、家の為に全てを捧
 げるのが、日本の良妻賢母なんですから!」
李「それこそ、古い考えに固執しているのでは?」
翠子「えっ」
   と、呆然として俯く。
   李、俯く翠子を見てから、薔薇へと手を伸ばす。
李「花言葉」
翠子「え?」
李「花言葉は、知ってますか?」
翠子「たしか、お花に比喩的な意味を持たせてるのよね」
李「そうです。日本と中国でも大分違いますけどね。日本は、朝顔なら『は
 かない恋』、菊なら『上機嫌』や『元気』っていう意味があります。で
 も、同じ花でも色によって意味が変わってくるんです」
翠子「色によって?」
李「はい、特に薔薇はかなりあって、あの赤い薔薇は『あなたを愛していま
 す』、この白い薔薇には『純潔』、向こうの黄色い薔薇は『嫉妬』……そ
 して、青い薔薇には『不可能』という意味があります」
翠子「不可能」
李「なぜだか、わかりますか?」
   翠子、小さく首を横に振る。
李「青い薔薇は、この世に存在しないからです」
翠子「存在、しない?」
李「薔薇の特性上、青い薔薇だけは生み出すことはできないそうです。どう
 足掻いてもできない。夢の様な話、だから不可能」
翠子「……」
李「でも、それこそ古い考え方で、できないって言う思い込みなんだと、俺
 は思っています。例え、今はできなくても、誰かが青い薔薇を作る方法を
 見つけて、挑戦しつづければ、いずれ夢が叶う」
   と、開きそうな淡いピンク色の蕾の薔薇を切る。
李「未来、青い薔薇はきっと『夢がかなう』とか『奇跡』とか、そういう花
 言葉に変わると俺は思っています。何事も諦めなければ。もちろん、自分
 の気持ちばかりではなく、薔薇の気持ちも理解しなければなりませんけど
 ね」
   と、開きそうなピンク色の蕾の薔薇の花を翠子に渡す。
李「今がダメでも、諦めなければいつかきっと、花は開きます」
   翠子、ピンク色の蕾の薔薇を受け取る。
翠子「……」

〇同・翠子の部屋
   キャンバスの前に座る翠子。
   キャンバスには、薔薇の絵が描かれている。
   翠子、じっとキャンバスを見つめて、おもむろに筆をとり、薔薇に色
   を塗り始める。
   窓際のテーブルには花瓶に生けられた淡いピンク色の蕾の薔薇が、   
   徐々に開きかけている。

〇同・外観(日替わり)
   玄関先に、車が止まっている。

〇同・応接間
   天ケ瀬としず、テーブルを挟んでその向かいに軍服姿の男と、その両
   親が座っている。
   翠子の席は空席。
   天ケ瀬、落ち着かない様子で女中を呼ぶ。
天ケ瀬「(小声)翠子は何をしている」
女中「(小声)それが……お部屋から出てこられなくて」
天ケ瀬「(小声)何をやっているんだ。様子を見てこい、早く」
女中「(小声)かしこまりました」
   と、引き返す。
   と、扉が開き、翠子が入ってくる。
女中「お、お嬢様!」
天ケ瀬「翠子、お前、何をして……」
   と、翠子を見て驚いている。
   入ってきた翠子、絵の具で汚れた姿。
   しず、驚いて立ち上がる。
しず「翠子さん、なんて格好で! 早く着替えに」
翠子「いいえ、このままで大丈夫ですわ」
   と、テーブルに近づく。
天ケ瀬「翠子、お前、何を考えて」
翠子「(遮って)本日はご足労頂きありがとうございます……遅れたうえ、
 この様な姿で申し訳ありません」
   と、綺麗な作法でお辞儀をして、顔を上げる。
翠子「皆様に、お話ししたい事がございます。私についてです」
   と、微笑みを浮かべる。

〇同・庭園
   李、薔薇の手入れをしている。
   と、足音が聞こえ、李、顔を上げる。
   翠子、後ろには、手にキャンバスを持った。
翠子「絵が完成したのよ。見てもらえる?」
   と、キャンバスを李に見せる。
翠子「題名は『夢かなう』よ」
   キャンバスには、庭園に一面に咲く青い薔薇が描かれている。
李「(中国語)好」
   と、笑顔で絵を見つめる。
   翠子、その顔に見とれる。
   李、すぐに無表情になる。
李「ところで、今日は、結婚相手と顔合わせだったのでは?」
   と、翠子の絵の具で汚れた服を見る。
翠子「ふふ。これからが勝負、ってとこかしらね」
   と、笑顔を浮かべる。
翠子「ところで、この前、話してた花言葉だけど。桃色の薔薇はどういう意
 味があるの?」
李「日本では『感謝』ですかね」
翠子「へえ、じゃあ中国では」
李「……(中国語で小声)初恋」
   と、顔を俯かせて、足早にその場を離れていく。
翠子「え、ちょっと何て言いましたの? ねえ、李さん!」
   と、追いかけていく。

〇同・翠子の部屋
   花瓶に生けられた淡いピンク色の蕾の薔薇が、咲いている。


                                終

#創作大賞2023 #オールカテゴリ部門

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