フレッシュ魔法おじさん AROUND☆FIFTY!!――5

「さぁ、終業時間だぞ!」

 大銅鑼の如き怒鳴り声がオフィスに響く。
 それに合わせるように、社畜達が己のタイムカードを回収係に手渡した。
 皆陰鬱な、諦めきった表情でタイムカードを差し出す。
 いつものことだった。これまでも、これからも。

「い、嫌だ……嫌だ……!」
「渡すんだ。社長のお叱りは、食らいたくないだろう?」
「やめてくれ……! 今日は、今日は娘の誕生日なんだ……!」

 しかし中には抵抗するものもいた。
 教育不十分だと憤るなかれ、彼には家族があり、今日は大事な一人娘が生まれた日なのである。
 愛おしき日だ。聖なる日だ。神に感謝を、社に感謝を捧げよう。

「喧しいッ!!」
「あぁ……っ!」
「埋め合わせをしてやれば良いだけではないか、愚図め!」

 故に、娘の誕生日は社に捧げられるべきである。
 それがこの企業の掟。それがこの小さな社会の法なのだ。
 これを不法と罵るならば、納期を守れないこの男さえも責められるべきである——そう、社長は定めた。

「家族サービスは、仕事と両立して当然だ! さぁ、残業だ! 納期はすぐそこまで近づいている!」
「せ、せめて残業代を——」
「自分の失敗を、我が社に押しつけるのか!? なんて恥知らずな!!」

 企業という社会の長、それが社長である。
 社長の決めることは絶対であり、それが朝令暮改であったとしても遵守することが当然である。
 社長を讃えよ。社長を崇めよ。社長を肯定せよ。
 それが“当然”だ。

「さぁ、仕事を続けよう! 納期は近い! リリースは間近なのだから、バグは出さないように気をつけろ!!」

 タイムカードが打刻されていく。
 社員の総てが納期の為に終電まで残業しながら、その総てが定時帰宅を行っている。
 いつものことだった。
 これまでも、そして恐らく——これからも。

***

「私が、怪人退治を……!?」
「えぇ。夜部さん達からも、許可取ったんで」

 そう言って、須藤は頭を掻く。
 ここは魔法少女相談事務所。花薫る魔法少女の園であり、加齢臭漂う魔法おじさんの巣窟だ。(勿論、消臭処理は念入りに行われている)
 暦も弥生に入った頃、魔法おじさん田中文雄は、遂に怪人討伐に参加することとなったのである。

「えぇと私、格闘技の経験とかはサッパリで……」
「大丈夫ですよ! 希望を強く持てば、へっちゃらです!」
「見てるだけで良いですよ、見てるだけで」

 ぐっと力こぶしを握る五十嵐をあしらうように、須藤は適当な物言いをする。
 二人は専らペアで行動する魔法おじさんであり、魔法おじさんの中でも武闘派の業務に就いている。
 謂わば、怪人討伐のプロフェッショナルだ。

「とにかく、段取りを覚えておいてほしいんです。流れを見ておくだけでも、だいぶ違うんで……」
「なぁに! 見れば一発でわかりますとも!」
「……説明はしっかり聞いといてくださいね、頼むから」
「は、はい、勿論です……」

 溜息をつきながら、須藤は一枚の紙を差し出す。
 それは丁寧に構成された、一連の業務マニュアルであった。

「大まかなことは書いておきました。差し上げますんで、後で見ておいてください」
「あ、ありがとうございます……あの、メモとかは」
「取らなくていいですよ。教えるべきことは、適宜印刷して渡すんで」

 教科書は必要でしょう? と須藤は笑う。
 効率性を愛する須藤は言葉こそ飾らないものの、人を気遣わない男ではない。
 彼のマニュアルは社会人にしてはやや型破りだが、「どうしたらよく学べるか」「どうしたら無駄を減らしていけるか」を重点的に工夫していた。

「まず、怪人とは何かは覚えてますか?」
「えぇ……悪徳経営者のなれの果て、でしたっけ」
「そうです。想像力がエゴと結びついた結果、人でなしになり果てた連中です」

 心の力は、人を魔法少女にも怪人にも変える。
 それだけの力を人間が秘めているのだというと浪漫があるが、それが悪の力に寄せられるのは良からぬことなのは間違いない。
 それを討伐し、浄化することは必要なことであった。

「怪人の居場所調査は、ユーティリティがやってくれます。UNHAPPYパゥワーが溜まっている場所を調べ上げ……」
「おぉ、宇宙の超技術で丸裸に……!」
「検索エンジンで企業の連絡先を調べます」
「そこでアナログになる必要あります?」

 中途半端にハイテクな調査方法に、思わず肩透かしとなる文雄であった。
 後にユーティリティ曰く「調査ソフトは日本語非対応なんだニョップ! バージョンアップに期待ニョップ!」と聞いて二度肩透かしを食らう羽目になるが、それはまた別のお話だ。

「それで、調べ上げた後は乗り込むんですか?」
「いえ、アポイントメントをとります」
「アポイントメント」
「正式に話を通さずに動くのは、業務妨害になりかねないので……」

 そういえばここは日本であり、どちらも日本の法が働く企業であることを文雄は思い出した。
 となれば成程、活動には慎重さが求められるだろう。
 しかし、ここで疑問が生じる。

「でも、それでブラック企業が、はいそうですかと会ってくれるんですか?」
「必ず会ってくれるんですよ、これが」
「それは……一体、どうして?」
「悪の組織がいるからです!!」

 そう強く言い切ったのは、憤りを見せる五十嵐であった。
 誰よりも熱い心を持った五十嵐は、一枚のポスターをバッと開く。
 それは知らぬものはなき大企業——文雄も見たことのある社名であった。

「アッシュマンズ・タイムズ証券——?」
「そうです! この悪徳金融業こそが彼らを洗脳して——」
「五十嵐さん、暑いです」
「ごめん!!!」

 これも魔法の影響か、ふと気付けば暖炉に火がついていないにも関わらず、部屋は蒸し暑くなっていた。
 単純明快さは魔法の大きなエンジンとなるが、その分だけ制御は難しいのである。

「ぶっちゃけちゃえば、彼らもウチュ~ジンが管理してる組織なんだニョップー!」
「所長?」
「あぁ、丁度いいや。ユーティリティ、後の説明は任せますわ」
「ラジャーなのニョップ!」

 ひょこりと顔を出したのは、魔法少女相談事務所のマスコットにして所長、ユーティリティであった。
 彼ないし彼女はひょこひょこと歩きながら、図画を空中に映し出す。

「我々魔法少女相談事務所は、チキュ~ジンのHAPPYパゥワーを集めているんだニョップ! これは知ってるニョップね?」
「は、はい。どうやって集めているかはよくわかってませんが……」
「それに対してアッシュマンズ・タイムズは、UNHAPPYパゥワーをあつめているんだニョップ!」
「あんはっぴーぱぅわー……」

 原理如何はともかく、図画が示す字面でなんとなく性質がわかる単語を、文雄はオウム返しで呟く。
 HAPPYパゥワーが人々の幸福や希望をエネルギーにしたものならば、UNHAPPYパゥワーは人々の不幸や絶望をエネルギーにしたものだ。
 図画が示すにはHAPPYは抽出が難しい分だけ強い力を秘めており、UNHAPPYは力こそ弱いものの、安定して大量に抽出出来るのだという。

「短期的に見ればUNHAPPYの方が効率的だけど、長期的に見れば非効率的なんだニョップ! だから企業的には対立関係にあるんだニョップ!」
「成程……じゃぁ、その大企業さんが怪人を生み出しているんですね」
「そうだニョップ! ボクたちが魔法おじさんを生み出しているように、アッシュマンズ・タイムズは怪人おじさんを生み出しているんだニョップ!!」

 なんともアホみたいな話だが、発達した技術は魔法と区別がつかないといえば言い得て妙だろう。
 ツッコミもいい加減に疲れてきたので、文雄もある程度は流しつつ話を促していく。

「世界中をUNHAPPYにしたいアッシュマンズ・タイムズにとって、魔法おじさんは邪魔で邪魔で仕方がない存在なんだニョップ! だから合法的に魔法おじさんを破滅させられたなら大規模出資も辞さないと、怪人たちに伝えてあるんだニョップー!」
「世知辛い話だなァ……」

 自分たちの首が出資に関わっていると考えると、文雄は途端に怪人たちへ哀愁を感じてしまう。
 しかし自分たちが破滅するのは真っ平ごめんであり、何よりブラック企業なんてない方がいいのは確かなのだ。
 それが例え世の常であったとしても、世において正しいこととは限らない。

「なので、アポが取れたらまず、イベントを立てるんだニョップ!」
「イベントを?」
「そうだニョップ! 魔法少女相談事務所は表向きアイドル事業なので、その活動の一環ということで、ちょっとしたマジカル☆ショーを行ってもらうのだにョップ!」

 そう言って取り出したるは、一枚のチラシである。
 そこには近々行われる、ちょっとしたお祭りの告知と演目が書かれていた。

 ——開催地は文雄の子どもたち……段と節奈の高校である。

***

「やァやァ、どうもどうも今日はよろしくお願いします!」
「えぇ。よろしくお願いしますね、社長さん」

 何度かの練習を越え、お祭り当日。
 文雄……否、魔法少女チャロ☆アイト達はおまつり会場である高校へとやって来ていた。
 控え室にて待ち受けていたのは、対戦相手となる怪人——とある工場を経営する社長とその社畜達である。
 突き出た腹を抱えながら、社長はにたりと笑った。

「皆さん美人さんでいらっしゃる……こんな可愛い子どもたちとチャンバラなんて、怪我させないか心配ですなァ!」
「ふふふ、ご安心ください。彼女達はしっかりと鍛えてありますから、打ち合わせ通りなら何も問題はありません」
「そうですか! それなら安心ですわ!」

 突き出た胸を抱えながら、美人所長と化けたユーティリティが薄く微笑む。
 勿論、相手にちゃんとした興行をする気はないのは彼女も承知の上だ。
 相手からすれば何が何でも倒すべき敵。その為なら手段は選ばないだろう。

「こちら、地元の商店街で売ってる饅頭です! よければ食べてくださいな!」
「あら、ありがとうございます。わぁ、とても美味しそう!」
「そうでしょう、そうでしょう! 皆さんで食べてください」
「えぇ。……あぁ、丁度いいですね。では、此方からも」

 そう言って饅頭の入った箱を傍らに置き、ユーティリティは何個もの重箱を引っ張り出す。
 蓋を開ければ、それはそれはたくさんの——魔法おじさん総出で丹精込めて作った——お弁当箱であった。
 社長がぎょっと目を剥き、社畜達がごくりと固唾を飲む。

「この子達がどうしてもというので、朝から皆でお弁当を作ってきたんです」
「がんばって作りました!!」
「ま、美味しいかどうかは、わっかんないけど……」
「……いっぱい食べて、元気になってくださいね!」

 それは暖かさと魔法に満ちた、(傍目から見れば)美少女特製のお弁当である。
 心の荒んだ社畜達にはさぞや眩しく、美しく見えることだろう。
 その言葉にすら冷たい心を暖められ、涙ぐむ社畜達の姿には、チャロも思わずもらい泣きしてしまいそうであった。

「……重箱は後で回収させて頂くので、どうぞ楽しんでくださいね?」
「こ、これは、どうも……」
「それでは、本番はよろしくお願いします」

 ひくつく社長をよそに、ユーティリティ達は意気揚々と自らの控え室へ戻る。
 控え室に戻った後、貰った饅頭は丁寧に鞄の中へとしまわれた。

「食べないんですか?」
「まぁ、毒でも入ってたら事だよね」
「ど、毒っ?」
「正確には、ビサコジル……所謂下剤が混入しているんだニョップー」

 須藤……魔法少女ハイパー☆シーンの予想を捕捉しながら、ユーティリティは鞄を叩く。
 ひと目で解析を済ませたのも流石だが、それを気取られることなく受け取ったことにもチャロは感嘆を覚えた。

「何も珍しくはないですよ。あいつらはボクらを破滅させたいんだから、クソでも漏らさせるのは一番スマートだ」
「お蔭でお菓子や食べ物を貰っても、迂闊に食べられないのは無念です……!」
「その場で抽出するほど価値があるわけじゃないニョップー……でも、今回はお相子ニョップね」

 そう言いながら、ユーティリティは舌なめずりをする。
 チャロに金の瞳を向けて、彼女はにやりと笑った。

「まごころのこもったお弁当、戦闘社畜にとっては悪意を揺らがせる毒に等しいニョップー」
「えっ」
「いや、チャロも上手いこと考えるなぁ……! ボクには考えつかなかったよ」
「えっ!?」

 そう、何を隠そうお弁当を作ろうというのは、他ならぬチャロの発案なのだ。
 勿論、彼は苦労しているであろう社畜達を想って提案しただけであり、毒を盛るといった発想はない。

「二人共、何を言ってるんだ! チャロさんはそんな人じゃないぞ!」
「カーネさん!」
「チャロさんはあの社員達総てを救うために、ありったけの魔法を込めた心優しい人なんだから!」
「カーネさん!?」

 さりとて、五十嵐……否、魔法少女カーネ☆リアンの言うような聖女ではない。
 彼は本当にただ応援したいだけであって、そんな重い覚悟は背負っていないのだ。
 おろおろするチャロの肩を抱いて、カーネが明るく笑う。
 
「チャロさん、自信を持ってください!」
「え、えぇと……」
「敵に塩を送る、それだけでもスポーツマンシップに則った、素晴らしい行為だとオレは思います!」

 それは本当に元気な励ましであった。
 太陽のように笑う彼は、引っ張り方こそ強いものの、仲間と人々への想いもまた相応に強い。
 思わず安心してしまうその笑顔には、強い魔法の力がかかっていた。

「だから、胸を張って舞台に立ちましょう! 失敗を恐れる必要はありません!」
「……ま、そうですね。そもそも今回は、見てるだけで充分ってくらいですから」

 そうしてその魔法の力を制御するのが、他ならぬ相方のシーンなのだ。
 静のハイパー☆シーン、動のカーネ☆リアン。
 二人が揃えば、幅広い相手に対抗出来る。

「……はいっ」

 だから、自分に出来ることは彼らを信じること。
 自分の出来ることを、探し続けること。
 そう信じて、チャロは頷くのであった。

【つづく】

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