囚われの世界

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実際、わたしの観測してる世界だと、ほとんどの方が【頭の中】を生きてます😹 それは別に特別じゃないし、むしろ、今は大多数😹 その度合いや、その内容が違うだけ。 《頭の外》と【頭の中】の区別が付いてる方も少ないです。 (つづきます)

いや、褒めないで…😹 すごいとか、すごくないとかの世界を生きてない…笑 それに、褒めるんだったら、すべてにそういう気持ちになっていないとおかしいよ😹(目が曇ってる) どうしてそう【囚われ】に引き摺り込もうとするんだろう…(洗脳) 自我のテンション上がってるのは【囚われ】なんだ。

(つづきです) ちなみに今、わたしは【記憶】を喋ってるので、《今ここ》にないこと、つまり、【頭の中】を喋っています😹 冒頭で"実際"とか書いたけど、 《本当の実際》は、今、目の前に、物理的に存在している《これ》なんだ笑

まぁ、「◯◯できてえらい!」よりはマシだけど😹 なんでわたしがジャッジを受けなきゃいけないんだ。。笑

(つづき) アンガーマネジメントとか、"怒りは6秒"とか、坐禅とか瞑想とかしたりする。 "結果じゃなくて、過程が大事"と、自分は魚であり、魚が木に登ろうとすることをおかしいと気づかせない言葉もあるけど、、 鵜呑みのそれ、本当に本当?? 一体どこから、とんちんかんをしてますか?

"人間性"とか言って、他人をジャッジしてるの苦手だなぁ、、ダメって言ってるのも、褒めてるのも😹 結局、"◯◯はよくて、◯◯はダメ"っていう【囚われ】(善悪の世界)だからね。 実際の《頭の外》は、快不快とか相性しか存在しなくて、ネコちゃんたちはそっち側。"善悪"じゃない。

自我の世界、ニセモノに囚われすぎ😹 《本物》はないのかって思うけど、 【自我の世界】に《本物》はないです笑 一つ残らず、ぜんぶ【嘘】です笑

川魚が海の魚と仲良くするの、ふつーにしんどいよね😹 モグラがチーターと一緒に並走するの、ふつーに死ぬし、無理だよね😹 《事実》とはそういうこと笑 合っていないのを感じながら、仲良くしたい、一緒にいたい、仲良くできないのは努力が足りない、悪いこと等。これはただの【思想】です😹

【自我】は《自分》じゃなくて【思考】を生きることをヨシとするけど、 《本当》の側からすると、それは世界に歪みをつくってるだけ。

(つづき) 「川魚は川で、海の魚は海で我慢しなさい」とかでは全然なくて。 むしろ、【苦しい世界】、【我慢】を生きているのはどっちなの😹 (次で最後)

(つづき) 【自我】とは、《事実》への抵抗。《理》(ことわり)を観ないあんぽんたん。 終わりのない【苦】の始まり。 川魚は川に住み、海の魚は海に住み、それぞれ自分を生きていたら、何の苦もない。 (さらにつづく)

合わないのなら合わないで、それが《事実》なんだよね。 川魚と海の魚が同じところに住めないのと同じで、《真実》は最初からそこに在る。 でも、《目の前の事実》を観ようとせず、鵜呑みでしかない【思想】(善悪)に飲まれて「諦めない!」ってするのが【自我】なんだ。 (つづきます)

(つづき) その上、心身を壊したら、自分が弱いからだとか、それを克服するためにはとか、 思考や発想は変わらないまま、同じ【見当違い】を歩み続ける。 自分責めやまわりからの評価で、できない自分にイライラしたら、それも自分が"人間ができてないせいだ"と誤解して、 (つづきます)

【思考】がどれだけあんぽんたんかというと、 自分は魚なのに、誰かが言った"木に登れるのは当たり前"とか、"努力や成長は素晴らしい"とか、"できないのは努力が足りないからだ"とかで、自分に無理強いして、自分を責めて、知識や努力、テクニックや根性論で埋めようとして。 (つづきます)

仏教では、「"諦める"とは、明らかにすること」と言われるらしい。 けど、それは少し違ってて、《事実》は最初から明らかなのだ。 《頭の外》(現実)を見てるか、【頭の中】(思想や幻想、執着)を見てるかだけなのだ。 (おわり)

「頑張る」という言葉も、元気にはしゃいで張り切ってる場合と、めっちゃしんどいハードモードとあったりして😹 お魚がお魚として生きるなら、まさに水を得た魚🎶笑 けど、木に登れるのが素晴らしいことであり、当たり前という【思想】のもと、頑張ってたら、それは間違い。《事実》に反してる。

そもそも、それをいい話とか、尊敬しちゃう!ってなる時点で、【善悪の世界】に居るんだけどね😹 "覚えたこと"が積み重なって、要らない観念溜まってる。 それがそのまま【囚われ】になってる。 ネコちゃんたちは、そんな嘘の世界を生きてない🙌笑

(さっきのつづき) そして、心身壊して、被害者ぶったり、 下がった自己肯定感を上げようと似非ポジしたり😹 (◯◯できてえらい!とかね) そもそも最初から適材適所、自分が何者であるかを知り、適切な場所で適切に生きれば苦はないの(欠点もない) "こうあるべきだ"がおかしいの。

(さっきのつづき) だから、お腹が空いてご飯を食べるとか、寒いけどおトイレ行くとか、これは《事実》に則っているんだよね。 存在自体がそういう仕組みで、そういう流れやタイミングに来てるんだから。 それに対して、 お魚なのに、木に登る。これは意味がわかりません😹笑

【頭の中】の時間とか善悪を生きてる自我は、 「きっとよくなる」だと、今がよくないみたいだから、「(今もいいけど)ますますよくなる」にしよう!とか言ったりします。 よくなりません笑 よくなるには、今以外が必要で、今がよくないも必要です笑 そんな幻想をネコちゃんたちは生きてない笑

【妄想】への対処とは、 具体的に例を挙げると、 "アンガーマネジメント"(怒りは6秒)みたいなことです😹笑 そもそも【ズレたこと】を自分に強制してるから《ストレスとして顕れてる》のに、それを見ようともしないで、知識やテクニックで対処しようとして、さらに自分を責めたりもする😹

自我が気持ちよくなってるとき、 それは、"マナー講師は失礼製造機"の"マナー講師"になっているとき。 "存在しない善悪"に自分でハマり、"存在しない善い側"に立っているとき。 実際は、【囚われ】を撒き散らしながら、自分がいちばん囚われている。

飼い猫に、深海を泳げないからお前はダメだ!ってする!?? 空も食べないとは無能なやつめ!ってする!?? なに?にんにくも食べられないのか。食べられるように特訓だ!とかする!?? 努力が足りない!成長しろ! 休むな!学べ!進化しろ! 【自我】のやってるのは、そういうの。

【思考】は"善悪"の世界を生きている。 そして、"善くあろう"とする。 "正しさ"なんて、どこにも実在してないのにね。 (《頭の外》を観察したら、《事実》がそのままそこに在る) "マナー講師は失礼製造機"を、"清い心"でやっていて、"囚われ仲間"を増やしているだけなんだ。

【妄想】への対処は、キリがないです😹 それこそ、"終わりのないのが終わり"が始まる😹 だって、 「明日、空が落ちてくるかもしれない」にどう対処する?? 無限の対処と、無限の(悪化する)可能性も出てくるよね笑 空なんて、落ちるわけがないし、 実際、落ちていないのに笑