140字連載小説

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「・・・さん、言葉はわかりますか?あなたは、先ほどまで危篤状態だったのです。意識が戻らなければ、そのままお亡くなりになっていたことでしょう。・・・さん、確認しておきたいのですが、最後の記憶はいつですか?」僕は、答えようとしたが声が思うように出せない。あと、自分の名前がわからない。

「意識が戻ったばかりで、今は何がなんだか、お分かりにならないでしょう。少し休んでいてください。私は私で、結局あなたの言う通りのシナリオになっていて、驚いているところです。安定したら、事の詳細をお伝えしましょう。そうすることが私の役目です。では後ほど。」医者は、そう言って退室した。

「30年前の今日、つまり、・・・さんの37歳の誕生日の日の朝、あなたは目が覚めると、いきなりご両親のところへ行き、『ついにタイムマシンができた!人類初の快挙だよ!』と宣言しました。心配になったご両親が、半ば強引にあなたを私のところへ連れてきたのです。あなたは、私に熱弁しました。」

最後の記憶はいつか?そう言われてみると、明日が37歳の誕生日だと思ったのが最後でそれ以降の記憶はない。それもそのはず。現状がよくわかっていないが、僕は昨日寝て今日目覚めたと思っているからだ。最後の記憶も何も、たった今目覚めて新たな記憶がスタートしているのだ。医者が再び話し始めた。

明日は、37歳の誕生日だ。そう思って、いろいろ物思いに耽りながら眠りについた。そう記憶しているが、目が覚めると、見覚えのない老人達が何名か、僕を囲うようにして立ち、僕の顔を覗き込んでいた。うわっと驚いて、体を起こそうとしたが体が言うことを聞かない。一体僕の身に、何が起こったのか。

意識が朦朧としているのと、そんな記憶がないのとで、医者の説明に理解が追いつかなかった。信じ難いが、医者の言っているとおりなら、今、僕は67歳の誕生日を迎えていることになる。僕が医者に熱弁した内容はレコーダーに録音され保存されているらしい。僕は30年後に行ってくると宣言したそうだ。

老人の一人が口を開いた。「どうやら奇跡的に意識を取り戻したようですね。30年になりますか。あの日から。」30年?あの日?どういうことだ?この老人は聴診器を首からぶらさげ白衣を着ている。どうやら医者のようだ。僕は、ここがどこかと思ったが、直感的に病院だと察した。医者はさらに続けた。

医者が僕の両親だと言っていた老人2人が生まれたての赤ん坊を見るような笑顔で静かに僕を見ている。確かにどことなく僕の記憶にある両親の顔に面影がある。もう一人老人が僕を見ているが、少し若めの女性で、なんとなく妹っぽかった。そういえば先程まで危篤だったんだな僕は、と状況を整理している。

自分の記憶を何でも思い出せるとはどういうことだ?と、初めは意味がわからなかった。わけのわからない装置を取り付けられて、恐怖を覚えた。だが、次の瞬間、装置を取り付けられる前にはなかったはずの記憶が想起された。まるで夢でも見ているかのように鮮明に。不思議な感覚だった。妄想かと思った。

23時間前

僕は抵抗する余地もなく、頭に見たことのない装置を取り付けられた。その装置は、医者によると、保存された記憶を脳内に復元することができる代物らしい。パソコンの外付けハードディスクのようなものだとのこと。他人の記憶を思い出すことはできないが、自分の記憶であれば、何でも思い出せるらしい。

静寂な病室の中、誰が何を言うでもなく、1時間程度経過した。僕の意識がかなりはっきりした。ちょうど頃合いを見計らったかのように医者が戻って来て話し始めた。「さて、・・・さん。意識がかなり戻ったようなので、お伝えしますね。この30年間何があったのか。これを頭につけさせてもらいます。」

だが、妄想にしては、確固たる記憶だった。それは、ちょうど30年前、僕がタイムマシーンがついにできたと、両親に報告に行った朝のもの。僕は、なぜタイムマシーンができたと思ったのか思い出していた。その根拠は、人間の認識と記憶、そして時間に関する僕の持論にあった。僕は正しかったと思った。