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今日の、レンタル話し相手さん周辺の課題。今までに見られない形でたくさんの長文リプコメントがついている。これ、問うておきながら、レン話さんすでに答えが書いてる。たとえ聞かれたとしても、内心思うべきでもないし?それは書かれてないか。たとえ聞かれても苦悩の比較は答えるべきものではない。

精神疾患の患者たちの集う自助グループってあるらしいんですよ。そこでみんなの悩みを話す。でもそれを他者と比べたりけなしたりしたらたぶんダメなんですよ。でも内心で比較しちゃって、だれさんのほうがとかいろいろなっちゃうのはしょうがない。でも言って攻撃したらそれはもうアウトだと思います。

レンタル話し相手さんこと久保先生は、精神性が非常に大人だと思う。 ああいう性的な印象をつけるような記事は、周囲からのなすりつけいじめにより演じさせられたんだと思う。エピソードも嘘を自供させられたんだと思う。 病気とあとは親御さんの影響あるいは良い教育などの背景により、たぶんそう。

つづき それは、周りも真剣に真面目になって、直ちにレン話くぼたかしいじりいじめを、やめだすくらいのレベルのことかもしれないのでは。

レンタル話し相手こと久保崇史さんは、精神性がまわりの遥か上を行っていると思います。 その回答、じぶんではできなかったと思う。人の悩みと自分の悩みあるいは他人同士の悩み、性別によってどうだとかどちらが重いか軽いか評価してくださいよと。もし聞かれたらつられて答えてしまいそうだからだ。

レンタル話し相手こと 久保崇史先生からの教えや学び。1.カウンセラーや医者は患者が治ろうとするための手伝いをするのだ、直してやるのではない。 2.苦悩の比較は 相手や他者の気持ちを考えたら普通できるようなものではない。たとえ聞かれても一般の大人なら答えられてしまうようなものでない

そういう場合だったら、いいと思うんですよ。まだね。でもやっぱり、口に出して、おまえなんかの悩みは、ちっぽけじゃないかぁ!ましてや、そのような悩みを持ったことのないような立場の人が、それをやってしまったら。それは最悪のタブー以上の何者でもないのでは? これはレン話叩きいじめふざけを

もちろんね、こういう場合だったら、あり得ると思うんですよ。自助グループで、みんな自身の悩みを聞いているうちに、なんだか自分の悩みのほうがちっぽけでばかばかしく思えてきたし、なんだ、こうすれば解決できるかもしれないという道すじが、なんとなくひらけてきた。それを、他者を侮辱せずやる。

たぶんこうだ、人によって価値観や悩みの重さのとらえかたはそれぞれであり様々であるのだから、どんなに他人の持つ悩みや苦悩の大きさがちっぽけでばかばかしいのだと思えてきたとしても、決してあざ笑ったり指さしてばかにしたりしてはならない。これ、大人なら当たり前かなぁ。