塩田潮

政治リーダー“失敗の研究”第1回 溢れる仕事への執念、黙っていても分かってくれる
発信と説明を欠いた「仕事師」菅義偉の誤算

政治リーダー“失敗の研究”第1回 溢れる仕事への執念、黙っていても分かってくれる 発信と説明を欠いた「仕事師」菅義偉の誤算

権力闘争を生き抜く生命力は政界一 自民首相5番目の短命政権に終わる 9月3日の昼前、菅義偉首相は自民党本部での臨時役員会に出席した。党役員人事を行う計画の菅は、午後の総務会で人事一任を取り付ける予定と見られたが、役員会の冒頭で「総裁選不出馬、役員人事撤回、コロナ対策専念」を表明した。  不出馬表明は当然、首相辞任、退場の決断である。総裁選の投開票は9月29日で、新首相の国会指名に伴って菅内閣は総辞職となる。菅の首相在任日数は 380日余で終わる。自民党の首相では、石橋湛山(

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日本維新の会は再び輝くことができるか
純化路線に転換し、「野党第1 党」を叫ぶ
多弱打破「新型野党」の牽引力のカギは「人」

日本維新の会は再び輝くことができるか 純化路線に転換し、「野党第1 党」を叫ぶ 多弱打破「新型野党」の牽引力のカギは「人」

2度の都構想否決で命運尽きたか 「日本大改革プラン」で捲土重来狙う 「自民党政権には明らかに緩み、たるみ、おごりが見られる。一方、野党は政治信条などを横に置いて数合わせをしている。われわれは政策で勝負し、政権をぴりっとさせる。現政権に代わる選択肢となる政策を示し、野党第1党を目指す」  日本維新の会の松井一郎代表(大阪市長。前大阪府知事)が党大会で表明した。  菅義偉首相が訪米してアメリカのジョー・バイデン大統領と初の日米首脳会談を行った2021年4月17日、日本維新の会

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松井一郎・日本維新の会代表(大阪市長)
聞いてほしい僕らの「日本大改革プラン」
野党第1党を目指し、説明を尽くし、理解を得たい(聞き手:塩田潮)

松井一郎・日本維新の会代表(大阪市長) 聞いてほしい僕らの「日本大改革プラン」 野党第1党を目指し、説明を尽くし、理解を得たい(聞き手:塩田潮)

掲げた公約は全部やりました 任期満了の23年4月で退任、政界引退  塩田 昨年、大阪市長として、新型コロナウイルスの襲来という危機に直面しました。  松井 初めての体験で、疫病の怖さを身にしみて感じたというのが僕の感想です。憲法で基本的人権が保障されていて、人の行動は自由という中で、難しい対応を迫られたと思います。緊急事態条項の新設など、憲法改正かどうかという点も含め、危機のとき、国民に義務の要請、指示・命令ができるような法の立て付けが必要ではと感じています。  塩田 大

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10年10カ月で都構想挑戦劇は幕
地域発の分権型発展シナリオは日本を変えるか
「大阪モデル」の実験は緒についたばかりだ

10年10カ月で都構想挑戦劇は幕 地域発の分権型発展シナリオは日本を変えるか 「大阪モデル」の実験は緒についたばかりだ

都構想再挑戦まで辞められなくなった松井 菅の一言で辞意撤回して続投を決意  大阪都構想をめぐる1回目の住民投票での敗北以来、低迷を続けていた日本維新の会が、2018年11月23日の国際博覧会(25年開催の大阪・関西万博)の誘致成功で息を吹き返した。1カ月余が過ぎた12月28日の夜、党代表の松井一郎(当時は大阪府知事。現大阪市長)と前代表の橋下徹(元大阪府知事)は、官房長官だった菅義偉(現首相)と東京で会食した。  当時の安倍晋三首相を含む4人の年末の夕食会は第2次安倍内閣発

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17年衆院選敗退で「沈没の危機」の維新 大阪都構想と成長戦略で再浮上に賭ける
起死回生の「逆転ホームラン」万博誘致成功

17年衆院選敗退で「沈没の危機」の維新 大阪都構想と成長戦略で再浮上に賭ける 起死回生の「逆転ホームラン」万博誘致成功

🔸渡辺喜美が「小池さんのところへ行く」と宣言     維新と希望の党は総選挙で「すみ分け」  2016年7月の参院選は維新の党の分党で、発足したおおさか維新の会(16年8月に党名を日本維新の会に変更)にとって最初の大型選挙だった。同時に橋下徹(元大阪府知事・大阪市長)の政界引退による初の「橋下抜き国政選挙」となったが、何とか議席増を果たした。  維新は計7議席(選挙区3、比例代表選挙4)を獲得した。比例代表では、元みんなの党代表の渡辺喜美(元行政改革担当相)が片山虎之助(現

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橋下引退の直前に維新の党分裂
「小さな政府」勢力を糾合、第2極を模索
「ゆ党」か「隠れ与党」か、冬の時代が続く

橋下引退の直前に維新の党分裂 「小さな政府」勢力を糾合、第2極を模索 「ゆ党」か「隠れ与党」か、冬の時代が続く

🔻橋下抜き・「松井・吉村体制」が始動   維新の党の分裂劇が同時進行  橋下徹(元大阪市長・元大阪府知事。現弁護士)が政界から退場したのは、5年半前の2015年12月であった。「不成立なら引退」と公言して臨んだ5月の大阪都構想の住民投票(第1回)で敗北を喫し、前言どおり、12月の市長任期満了で市長選に出馬せず、おおさか維新の会(16年8月に日本維新の会に党名変更)の代表も辞任して、引退を実行した。  住民投票否決の後、党の浮沈が注目を集めていた維新の党で、橋下引退の3カ月前

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公明党の方針転換で住民投票実施へ
「民意に強い維新」も崩せなかった反対の壁
都構想の牽引役の橋下は政界引退を実行

公明党の方針転換で住民投票実施へ 「民意に強い維新」も崩せなかった反対の壁 都構想の牽引役の橋下は政界引退を実行

区割り案をめぐって他党と対立 公明党の背反で出直し市長選実施を決断 2014年9月、維新の党が発足した。旧日本維新の会から石原慎太郎(元東京都知事)のグループが分党した後の残留組と、江田憲司(現立憲民主党代表代行)が率いる結いの党との合体による新党結成であった。共同代表に大阪市長だった橋下徹と江田が就任した。  3カ月後の12月、安倍晋三首相の下で衆院選が行われた。維新の党は、「大敗」の事前予想を覆し、1議席減で踏みとどまったが、橋下は選挙後、党の執行役員会で申し出る。

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