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#東鳴子温泉 #ひとにやさしい温泉地プロジェクト 中間報告

宮城県の東鳴子温泉には、宿泊者が無料で入り放題の貸切風呂をもつ旅館が多く、人目が気になって温泉を楽しめずにいたマイノリティの人も安心して温泉を楽しめるのではないかと考えている。それが「ひとにやさしい温泉地プロジェクト」のきっかけだ。

その思いつきから始まったプロジェクトで何ができて、何ができなかったか、今後は何をするか。こんなタイミングになってしまったが、僕が昨年度1年間取り組んだことを報告したい。

1. "ひとにやさしい" 温泉地とは?

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「裸のつきあい」というように、みんなで一緒に温泉に入るのは良いことだとされてきた。僕も仲のいい友達や地元の人とお風呂の中で話すのは大好きだ。

しかし、他人と一緒に温泉に入れない人がいることも忘れてはならない。
たとえば、乳がん手術を経験した人。
たとえば、性的マイノリティで「男湯」も「女湯」も入りづらい人。

それに、誰だって一人きりで温泉に入りたい時はある。
「一人で温泉に入れる」という選択肢を手軽に選べるのは、マイノリティはもちろん、「すべての人」が嬉しいのだ。

それが「ひとにやさしい温泉地」の趣旨である。

そんなことを考えていた僕は、真っ先に東鳴子温泉を思い浮かべた。

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宮城県北部・鳴子温泉郷の一角を占め、手ごろで伝統的な長期滞在「湯治」ができる宿がたくさん残っている。
どの宿も自家源泉をもち、石油の香りからヒノキの香りまで個性豊かなお湯も楽しい。
それに、家庭的な宿が多くフレンドリーな地元の方々との交流も心地よい。大学生活を通して十数回通った第二のふるさとであり、今の僕を形作ってくれたところだ。

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東鳴子温泉に11軒ある宿のうち6軒が、宿泊者は無料で貸切風呂に入り放題なのだ。
多くの温泉旅館で、貸切風呂は1時間2,000円程度の有料オプションだが、ここは違う。有料ではなかなか使いづらいが、東鳴子なら好きなだけ使える(もちろん他の宿泊客と譲り合いながら、だが)。

ではどうすれば、人目が気になってこれまで温泉に入りづらかった人にも温泉を安心して楽しんでもらえるだろうか。プロジェクトをはじめることにした。

プロジェクトの趣旨について詳しくは上のnoteをご覧ください。

2. マイノリティが抱えている課題

プロジェクトの取り組みとしては、実は大きなことをしていない。
なぁんだ、と思わないでほしい。わざわざ僕が言うまでもなく、貸切風呂があることで、これまでも多くの人が温泉を気楽に楽しめてきたからだ。
わざわざ事情を説明しないと選べない選択肢はハードルが高すぎる。貸切風呂があるだけならば、どんな人も普通に温泉に入れる。

そこでこのプロジェクトでは、東鳴子温泉をマイノリティも安心して楽しめる温泉地としてとらえ直すために、
①人目が気になって温泉に入りづらい人はどんな課題を抱えているか
②すべてのひとにやさしい温泉地であるために何が必要か
を調べることにした。

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貸切風呂があるとうれしいのは「すべての人」だが、ひとにやさしい温泉地プロジェクトでは、トランスジェンダーなどの性的マイノリティの方と、乳がん手術を経験された方を主な対象として調査を進めた。

性的マイノリティの方を対象に行ったアンケート調査では、
「トランスジェンダーなので本来入りたくない方に入らざるを得ない」
「Xジェンダーなので女湯に入ることに抵抗があった」などの意見を頂いた。やはり、貸切風呂のニーズは高いといえる。
また、性的マイノリティの利用を想定していないアメニティや接客を不快に感じるといった意見もあった。
乳がんの患者会にヒアリングを行ったところ、禁煙・分煙や食事の相談、送迎などのニーズを教えてくださった。

乳がん手術を経験された方に向けては、湯あみ着などの認知も広まっているし、「ピンクリボンのお宿ネットワーク」に全国100以上の宿泊施設が参画している。しかしこのプロジェクトでは、対象を絞らずにすべての人に温泉を楽しんでもらおうと考えている。貸切風呂は大きなカギを握っているし、当事者の方々のニーズも高い。一方で、マイノリティは貸切風呂以外の面でも宿泊にあたって課題を抱えていることが分かった。

なお、性的マイノリティの方を対象とした調査では、東京大学TOPIA(性的マイノリティ当事者と支援者の団体)に多大なご協力をいただいた。この場を借りてあらためて御礼申し上げたい。

3. 東鳴子温泉は "ひとにやさしい" のか

東鳴子温泉がどのようにマイノリティの抱える課題にこたえられるか。幸いにも環境省「チーム 新・湯治」の「新・湯治 コンテンツモデル調査」に採択され、当事者の方・非当事者の方、つまり東鳴子温泉を利用したあらゆる方を対象に調査を行った

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2019年9月23~29日に行われた「湯治ウィーク」を機にプロジェクトを本格始動し、この間に宿泊した方にアンケートをとった。

アンケートにご回答いただいた46名中36名がプロジェクトに「理解できる」または「賛同できる」と答え、貸切風呂を利用した30名全員が「貸切風呂は利用しやすかった」と答えた。

さらに、
「乳がんを患った友人にも勧めたい」
「高齢になると共同浴場を避ける人もいる」
「性的マイノリティでも乳がん患者でもないが、無料の貸切風呂はありがたい」
といった意見も聞かれた。

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アンケートでは大きな手ごたえを得たが、当事者の方の意見をもっと聴きたかった。6名の方に新・湯治のモニター調査にご協力いただき、ご意見を伺った。

チーム 新・湯治のニュースレターでもご紹介いただいた▼
https://www.env.go.jp/nature/onsen/pdf/NewsLetter_05.pdf

「このようなプロジェクトがあることを知り、とても嬉しく思いました」
「プロジェクトの内容は高く評価されるべき」
といった肯定的なご意見をいただいた一方で、プロジェクトとしての広報や情報整理、宿の課題などもいただいた。
ご協力いただいた方々にあらためて御礼を申し上げ、今後の取り組みにつなげていきたい所存である。

4. ひとにやさしい温泉地プロジェクトのインパクト

大きなことはしないと言ったが、情報整理と広報、当事者の声を宿に届けることなどが僕の使命である。動き出したばかりのプロジェクトだが、多くの方に興味を持っていただけた。

湯治ウィークで始動するにあたって、東北のブロック紙『河北新報』に取材していただいた。

河北新報の記事はYahoo! ニュースにも載った(現在は削除されている)。
また、2020年1月にはTBC東北放送ラジオの取材も受けた。

湯治ウィークにあたってパンフレットを1,000部作り、旅館に置いていただいたほか、宮城県内の乳がん患者会にもお送りした。

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湯治ウィークで選書サービスを行った「平井の文庫」さんとも知り合い、合同で報告会を兼ねたワークショップも行った。

東京大学TOPIAにご協力いただいた縁で、東大の学園祭「駒場祭」の展示の一角を借りて展示も行った。

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ささやかな展示ではあったが、「確かに性的マイノリティの人も安心して楽しめる温泉がもっと広がるといいね」など話しながら足を止めて見てくれる方がいて手ごたえを感じた。

駒場祭で展示したポスターはこちらからもご覧いただけます▼
https://utgender.files.wordpress.com/2019/11/e381b2e381a8e381abe38284e38195e38197e38184e6b8a9e6b389e59cb0e38397e383ade382b8e382a7e382afe38388_topia-web.pdf

5. 今後に向けて

さて、プロジェクトについて長々と報告をしてきたが、ここからは今後の取り組みを考えたい。

※プロジェクトの報告書は、新・湯治事務局の許可を頂ければ転載します。

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コロナが深刻化する前は、2020年は「はじめて訪れる人にもわかりやすい温泉の案内」を作ったり、前年に作ったビラをパワーアップさせていろんなところで配りまくったりするつもりでいた。また、あらためて当事者研究の方法やジェンダーとセクシャリティ、乳がんなどプロジェクトに関わる基礎的な勉強もしようと考えていた。

これらの計画を放棄したわけではない。温泉に入りづらい人を一人でもなくしたいという思いは変わらないし、このプロジェクトは僕がお世話になった東鳴子温泉に対してできる数少ない恩返しでもある。
ひとにやさしい温泉地プロジェクトは一生かけて取り組んでいくつもりだ。

外出自粛がゆるめば、4月のような全面的な自粛要請ではなくなり、混雑や至近距離での会話などを避ける条件付きの外出が解禁されるだろうと思っている。もちろん完全に自由に外出できるにこしたことはないが、終息まで時間がかかりそうな状況の中では段階的に人の移動や経済活動が再開されていくのだろう。

もちろん今は、家で大人しくして感染(うつ)らない・感染(うつ)さないよう最大限の努力をすべきだ。僕も今、自宅でこれを書きながら東鳴子に行きたい思いを必死にこらえている。

しかし同時に、終息後の世の中を考えて湯治場の新しい価値も考えていきたいと思っている。対面でのコミュニケーションや直接的な体験が制限され、温泉宿に泊まって地元の人と交流する湯治の意味合いも変わってくるのではないだろうか。風呂も食事も一人きりで過ごせる貸切風呂つきの湯治宿の価値は高まるかもしれない。
またテレワークが普及したことで、文豪さながら温泉宿にカンヅメになって仕事に取り組むのも夢ではなくなるかもしれない。

色々と考えてはいるが、今は家で過ごそう。一日でも早く旅に出るために。
何もできずもどかしい日々が続いているが、今更ながら昨年度のことを総括した次第だ。
終息後に安心して温泉に出かけられるように、感染しないよう最大限の努力をしているし、危機にさらされている旅館を応援しようと思う。

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