水野しず『きんげんだもの』を読んだ

水野しず・著『きんげんだもの』(幻冬舎、2021年)から、気に入った金言を順不同で紹介していきます。なお引用するのは金言のみです。金言よりもありがたい内容が書いてあるコラム?エッセイ?のほうは敢えて引用しないので本を買って読みましょう。あと金言に添えられたイラストもGood!なので買って読みましょう

この世で最もありがたいのは 水

これは真理ですね。僕は糖尿病予備軍なのか心因性多飲症なのか知りませんが、とにかく水を飲み続けないと死ぬタイプの人間なのでなおさら。水不足の土地では水をめぐって戦争とか起きたりしますし。
眉村ちあき「荻窪選手権」の「人生賭けた選手権より大事なもの 愛とか言うと思うなよ Ah 水分」という歌詞を思い出します。眉村さんはこの歌詞を書いてから間もなく、水分を取らなかったために駅で熱中症みたいになって、通りかかったファンに助けられたりしているのですが。

事実は 小説より奇なり…
ケース・バイ・ケース

偉そうに「事実は……」と言ってる文学青年っぽい男の読んでいる小説が、割と事実寄りな漱石の『三四郎』なのが笑えます。『三四郎』って、田舎から東京の大学に出てきた青年がいろんなギャップにびっくりしたり、よくわからんけど偉そうな先生を尊敬したり、これもよくわからんけど大変そうな実験をしている理系の先輩と出会ったり、思わせぶりな女性に惑わされたりする話です。時代背景はだいぶ違うのでアレですが、基本いまの世の中にも似たようなことは普通にありふれています。吉田修一が三四郎の現代版として『横道世之介』なんて小説を書いたぐらいですし、普遍性のある話です。たぶん『三四郎』より奇妙な出来事、普通に世の中にたくさん溢れてると思う。

「きもちの問題」だからと言うが、きもちの問題が一番どうにもならない

また真理ですね。読んでいて泣きそうになります。僕の場合きもちの問題でうつになり、きもちの問題で無職になってるので。極端な話、大切なひとが死んでしまってなかなか立ち直れずにいるときに「きもちの問題だから」などと言われたら、余計に立ち直れなくなりそうです。

IQ180を信じるな

天才として日本でもてはやされた台湾のオードリー・タン氏のことでしょうか。ちなみに彼女はIQが高かったせいで特別教育クラスみたいなところに入れられて、そこで死ぬほど過酷な競争をさせられるので人間関係がグチャグチャになり、学校に行くのが嫌になって不登校になったそうです。

仮面ライダー本郷猛は改造人間である

そのまんま、初代仮面ライダーOPのナレーションですね。このあと「彼を改造したショッカーは世界征服をたくらむ悪の秘密結社である。仮面ライダーは人間の自由のため、ショッカーと戦うのだ!」と続きます。ナレーションは「トリビアの泉」でも有名な故・中江真司さん。隣のページにかなりカッコよく、仮面ライダー時代の藤岡弘が変身ポーズを取る姿が描かれています。水野さんよくヘタウマとか言われますけど、普通に絵うまいですよね。
ところで、そんな仮面ライダー本郷猛のIQは600です。180どころではないですね。石ノ森章太郎先生の発想は現実を超えてくる。なんと改造人間にされる前からIQ600。信じるな。
ちなみにOPナレーションの「人間の自由のため」というフレーズは「正義のため」だと、戦争中はお国のために死ぬことが正義だったように、何が正義なのか考えようによっては危険なので「人間の自由」になったらしいです。まさに、

戦争最悪!!! 心広いほうがオシャレ

ですね。戦争はオシャレじゃない。「パーマネントはやめませう」とか言ってくるし、戦争したがるメンタリティはオシャレとは相性が悪いのでしょう。いまだに学校現場でツーブロック駄目とか、地毛証明書とかやってるし、むかしは男子は全員坊主強要とか当たり前だったらしいんですが、そういうのって大体ぜんぶ、なんとなく戦争につながる考え方のような気がします。オシャレで戦争を回避していくスタイル。……というと花森安治みたいになってしまいますが。

我慢できるかどうかを考えている場合それはもう限界

わかります。僕は我慢してるうちに限界を突破してしまい壊れました。これは自分のことも含めて言えることですが、

バカは休まない

のです。休むことを計算に入れてないやつはだいたいバカ。あと単純にはしゃいでるだけの「バカであることを休まないバカ」もいますね。これに添えられたイラストの男性、最高にバカっぽい。とにかく生きていくうえでは、

(無理のない範囲で)がんばります

というのが、まあ落とし所なのでしょう。生きていくうえにおいて。「がんばります」と言っているイラストの人物が、日の丸のハチマキを巻いて「JAPAN」とプリントされた服を着た男性なのが気になるところですが。なんとなく、この人は無理のある範囲になってもがんばりそう。もしくはこんな身なりをしていて、意外と無理のない範囲にとどめておく冷静さを持ち合わせていたりするのか……?

最悪の事態 やめてOK!!!

できれば最悪の事態に陥る前にやめておきたいものですが(いま流行りの「プランB」ってやつ?)、最悪の事態になったら続けなくていいです。最悪の事態になっても続けそうな人たちとかいますけど。オリンピック関係のあれこれとか。

実はみんな変だから 思ったほどマジメにやらなくて大丈夫

救われます。だいたい頑張りすぎたり我慢しすぎたりする人ってマジメをこじらせてるんですよね。そのこじれた部分をほどくというか。マジメなデキるビジネスパースンと見せかけて、みんな実はどこかしら変なのです。
相田みつををもじった悪ふざけ的な、あるいはブラックジョーク的な本と見せかけて、普通に真っ当なことを言っている著作です、『きんげんだもの』

いやな場はすぐに帰るに限るね

こういうスタンスで生きていきたいものですよね。僕も大学生のころは無理して学科の懇親会とか、ゼミの飲み会とか合宿とか参加してたんですが、あまりに嫌だったので、途中からそういう場に行くのをやめました。そのせいかゼミの成績は微妙に低くされたのですが、ゼミ論(卒論)の成績が良くて学科の卒業生総代に選ばれたので結果オーライです。
あと添えられたイラストの、メガネをかけた細身の男性がさわやかに\bye/と言っているのがカッコいい。

元気があっても何にもできない

マジメすぎて心や体がぶっ壊れた人が何にもできなくなるのは当たり前です。元気があっても人間なんて基本なんにもできないのですから。
添えられたイラストの、真剣な顔でオカリナを吹いている女性がいい味を出しています。元気があっても仕事とか何にもできなくて、オカリナを吹くぐらいしかできない時期なんてのもあっていいと思うんですよね。関係ないけど、AKB48全盛期、ブイブイ言わせてたマリコ様こと篠田麻里子にも「エアオカリナ」という黒歴史があって、それを突かれるとそこそこダメージを受けていたのを思い出しました。

生きてる方がマシ

がんばりすぎて死ぬことなく、元気があっても何もせず、そしてついにはこういう境地にまでたどり着きたいものです。絵恋ちゃんの今月のコラム、タイトルはここから採ったのでしょうか。偶然かも知れませんが。
地獄の鬼に金棒で拷問されて、汗か涙か鼻水か血か、とにかくよくわからない液体を顔から垂らしている男性がページいっぱいに描かれています。やっぱり死ぬと地獄に落ちてこういう目に遭うんですかね。僕、しょっちゅう死にたくなるタイプの人間なので割と気になります。今日も池袋の名画座で「ダイナマイトどんどん」という大好きな映画がかかるから観に行こうと思っていたのに、昼夜逆転していて寝過ごしてしまい、普通に観に行けなかったので、きわめてカジュアルに「死んだ方がマシ」と思ってしまいました。「生きてる方がマシ」という境地に達するにはまだまだ修行が足りないようです。

どっちでもいいなら やらない方がいい
ない方がマシな物は捨てた方がいいよ

『きんげんだもの』は相田みつをの「にんげんだもの」のパロディなわけですが(こんなわかりきったこと解説するのも恥ずかしい)、このふたつの金言は意外とみつを本人のスタンスに通じるところがあるかも知れません。
僕も別にみつをに詳しいわけじゃないのですが、そのわずかなみつを知識の中から蘇ってくるものがあります。子供のころ夏休みの読書感想文を、なんかミーハーな親が買ってきたみつをの自伝みたいな文庫本で書かされたことがあるんですが(よく反抗しなかったな)、その文庫本の中にこの金言と似たようなフレーズが出てきたような記憶があるのです。
みつをはもともと短歌をやっていたらしいのですが、初めて参加した歌会(みんなで自作の短歌を持ち寄って、どれがいいか投票したり、お互いに批評し合ったりする地獄みたいな集いのこと)の席で言われた言葉が自分の人生を決定付けた、みたいなことを書いていました。それによると、みつをの詠んだ短歌は、師匠として尊敬していた偉い人(お坊さんか何かだったような気がする)から、
「あってもなくてもいいものは、ない方がいいんだなあ。……この歌、下の句いらんなあ」
と言われたのだとか。短歌は57577で575が上の句、77が下の句なわけですが、そのうち77はあってもなくてもいいような出来なので、いらん、と。ただの575、俳句か川柳にしてしまえ、というわけです。短歌をやりに来ている人に対して言うには残酷なワードですが、みつをはこれが妙に腑に落ちたらしく、「あってもなくてもいいものは ない方がいいんだなあ」というスタンスで生きていくことに決めたようなのです。結果、仕事を辞めて今でいうフリーランス(当時で言うプー太郎)になったりして、けっこうな極貧生活を送ることになったりするのですが、それはまた別の話。
この本家みつをの(正確にはみつをの師匠の)「あってもなくてもいいものはない方がいいんだなあ」という言葉は、『きんげんだもの』の「どっちでもいいなら やらない方がいい」や、「ない方がマシな物は捨てた方がいいよ」といった金言に通じる考え方かも知れません。基本ない方がいいし、やらない方がいいし、捨てた方がいい。引き算の思考ですね。(←なんかいいこと言った気になってる)

最後に、基本うつで笑えなくなってる僕が、比喩でもなんでもなく声を出して笑った金言を紹介して終わりにします。

ジョブズはまだ成仏していない雰囲気があるね

なんともいえないタッチで描かれた在りし日のジョブズ(の幽霊?)の隣に、人魂のように浮かぶ2つのアップルマーク。笑わずにはいられませんでした。アップルが新作を発表するたびに思い出され、そして何よりいろんなビジネス書とかで死ぬほど引き合いに出されるジョブズ。確かに成仏してるヒマがなさそうです。

一介の労働者なのになぜか経営者マインドを植え付けられてしまった人びとが、ビジネス書とか意識高い系メディアとかを読み続ける限り、ジョブズの霊は成仏できずにこの世とあの世の境を行ったり来たりしなくてはならないでしょう。かわいそう。
我慢せずに、無理のない範囲で、元気があってもなくてもできるだけ何もせず、あんまりマジメにならずに、嫌だなと思ったら帰ったりやめたりして、休み休み生きていく。サウイフモノニワタシハナリタイ。
ビジネス書とかでやたらと持ち上げられて成仏できていないジョブズも、もしかしたら案外この本の金言のような生き方をしていた人なのかも知れません。もしくはそういう生き方に憧れていたかも。

だから世の人びとよ、ジョブズがどうのこうの書いてあるビジネス書より(あるいはジョブズのこととか特に書いてなくてもビジネス書より)『きんげんだもの』を読みなさい。ここには敢えて引用しませんでしたが、金言だけでなく途中に挟まれるエッセイ?コラム?でも普通に、というかかなりいいこと言ってるから。世の中の生きづらさの原因、その一端がわかるような文章になってるから。無理して背伸びしてないで読みな。単行本よりちょっと安いKindle版もあるから。ね?

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