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2023年Giro d’Italia 第106回ジロデイタリア プリモシュログリッチの勝利

2023年に開催された第106回「ジロデイタリア」を制したのはチームユンビヴィスマのプリモシュ・ログリッチ選手でした。

近年、グランツールを中心に多くの勝利をあげているログリッチの勝利は見慣れた光景の一方で、ここ数年のログリッチとユンボヴィスマが経験した勝利と敗北を顧みると、今回のジロデイタリア総合優勝はログリッチファン、ユンボヴィスマファンにとっては特別なものとなりました。

積み重ねた勝利、敗北、度重なる不運

2013年、22歳の時にスキージャンプ選手から自転車ロードレースに転向したログリッチは、2016年にロットNLユンボ(現・ユンボヴィスマ)に加入して以来、短期間で着々と実力をつけながら実績を重ね、2018年のツールドフランスでは総合4位に入り、有力な総合系ライダーの仲間入りを果たしました。

そして2019年、総合優勝候補の一角としてジロデイタリアに挑み、ステージ序盤からタイムトライアルの強さと安定した登坂力を見せてマリアローザも着用しましたが、後半に体調不良により失速し、悔しくも総合3位に終わりました。

翌2020年、Covid-19によるスケジュールの混乱と、それまで長く続いたチームスカイ(現・イネオスグレナディアーズ)の一強支配の終焉によりグランツール総合争いの覇権が定まらない中、着実に実力をつけてきたログリッチは、マイヨジョーヌ最有力候補の一人としてツールドフランス制覇に挑みました。

ユンボヴィスマは前評判通りに集団を支配しながらステージを進め、ログリッチは総合優勝をほぼ手中に収めたと多くのファンが思っていましたが、第20ステージ・個人タイムトライルでログリッチと同じスロベニア出身のタディポガチャルに衝撃的な敗北を喫し、総合2位となりました。

その後、マイヨジョーヌ獲得から一層の力をつけて連覇を狙うタディポガチャルの最大の脅威であるとともにマイヨジョーヌ候補の本命の一人として、ログリッチはかつてないほどのチーム力を持ったユンボヴィスマのエースとして2021年、2022年のツールドフランスに挑みましたが、2年連続で無念の落車リタイア、両年とも最終日のパリに到達することができませんでした。

一方でユンボヴィスマはチームとして、2021年には絶対的エース・ログリッチを失った後に「プランB」に切り替え、ワウトファンアールトを中心にステージ勝利で大きな存在感を示すとともに、ヨナスビンゲゴーがタディポガチャルに対抗できる力の片鱗を見せ総合2位となるなど大きな存在感を示しました。

さらに2022年にはログリッチが落車して大きくタイムを失ったその直後、ヨナスビンゲゴーを唯一の総合リーダーとするプランを選択し、UAEエミレーツ・タディポガチャルに攻勢をかけ、若きデンマークの総合リーダーがマイヨジョーヌを獲得するという快挙を成し遂げました。

チームとしてはログリッチを失ったあともツールドフランスの舞台で意地と実力を見せ栄光も手にしましたが、どこか喪失感は拭えないと感じるファンもいたものと思います。

他方、ログリッチ個人としても、ジロ・ツール敗北の失意に沈む間もなく、2019年、2020年、2021年にはいずれの年もブエルタアエスパーニャの総合争いを制し、スペインで行われる灼熱のグランツールで3連覇という偉大な実績を積み重ねてきました。

総合系ライダーとして世界トップ選手の一人でありながらもツールドフランスとジロデイタリアで最高の結果に至らない一方、必ずその年のブエルタアエスパーニャで実力を証明することで「やはりログリッチは強い」という印象を与え続えてきましたが、2022年にはそのブエルタアエスパーニャでも不運が起こります。

この年のブエルタアエスパーニャでは、ログリッチはツールドフランスで負った怪我からの回復の影響もあってか、1週目、2週目は抑え気味で、3週目に向けて徐々に総合ライバルとの実力差を見せ始めていた中で落車し、無念のリタイアとなりました。

タディポガチャル、レムコエヴェネプール、同僚のヨナスビンゲゴーなど若い総合系ライダーが益々存在感を高める中、度重なる落車による怪我、33歳を迎える年齢を考えると、ログリッチはこのままピークを終えるのではないかと思うファンも多くいました。

2020年ツールドフランスの時でさえログリッチは「Sometimes we win, sometimes we lose」と言い、総合2位という結果を誇るとともに、勝負は時の運だから負ける時もあると言わんばかりの気持ちの整理を見せていました。

ここまで輝かしい勝利、衝撃的な敗北、不運なアクシデントを繰り返すスポーツ選手は稀有でありながら、当の本人自身が達観したコメントを発するところが魅力でもあるログリッチですが、2022年シーズンになると、毎年のように不運に襲われるログリッチに期待し続けるのはさすがに難しいのではないかと思う瞬間も出てきました。

ログリッチは再び戻ってきた

しかし、やはりログリッチは帰ってきました。

かつて苦しんだジロデイタリア。そして、2020年のツールドフランスを彷彿せざるを得ない最終日前に行われる山岳個人タイムトライアルという舞台。

2020年ツールドフランスの山岳タイムトライアルでは追われる立場でしたが、この日は今回のジロデイタリアでは一度も山岳ステージで遅れを取ることもなく安定したコンディションを見せていた首位のゲラントトーマスを29秒遅れで“追う立場”でした。

最終出走のゲラントトーマスとその直前にスタートしたログリッチ。序盤の平坦区間は大きなタイム差は無かったものの、登坂区間に入り後半になるほどタイムを伸ばし、ゲラントトーマスを逆転できるペースで最終版を迎えます。

しかし、多くのファンがログリッチの逆転勝利が現実味を帯び高揚を高める中、絶対に起こってほしくない、起こってはいけないタイミングでログリッチにメカトラブルが発生します。

登坂の途中でログリッチのバイクのチェーンが外れ、ログリッチは地に足を着いてしまったのです。

この瞬間はログリッチファンならずとも思ったことでしょう。「またしてもログリッチとユンボヴィスマは不運に見舞われた。」

それでもこの日のログリッチには、この状況を乗り越えるだけの力と運を持ち合わせていました。

バイク交換を行うかどうかサポートスタッフが一瞬戸惑う中、ログリッチは自らチェーンをはめ再び走り出し、さらにタイムを伸ばし、最終的にはステージ2位に入ったゲラントトーマスに40秒差の首位でフィニッシュ、逆転でマリアローザを手にしました。


多くの人に愛される選手

ログリッチは勝利を決めた後のコメントで「We did it together」「皆で一緒に成し遂げた」と発しています。

今回のジロデイタリアでは、ログリッチが落車をした際にすぐさま自らのバイクを差し出したクーンボフマン、登坂でゲラントトーマスとジョアアルメイダから遅れを取った際にタイムロスを最小限に抑えるために牽引したセップクスなど象徴的なシーンも見られました。

しかしそれらはあくまでも象徴であり、ステージ全体を通してログリッチはチームメンバーに堅実に守られ、マリアローザを決める個人山岳タイムトライアルに良い状態で臨めるシチュエーションが作られたように見えます。

ツールドフランスのディフェンディングチャンピオンのユンボヴィスマは、当然7月のグランツールに注力してスタートリストを組むこととなり、ジロデイタリアはアシスト勢の経験値やこれまでの実績が薄くなる感は否めません。

さらにジロデイタリア開幕前にCovid-19の影響で、ヤントラトニックとウィルコケルデルマンという強力なアシストがスタートリストから外れることとなりました。

そのような中で最終日直前の個人山岳タイムトライアルでマリアローザを狙える形でエースを送り出したチームメンバーの功績は大きく、ログリッチ自身もチームメンバーが成してくれた事の大きさを身にしみて感じていたのではないかと思います。

「年齢は若い方ではないが、自分は他の選手より自転車を始めてからのキャリアが短い。まだ伸びしろはある。」以前このようにログリッチは自身のキャリアについて語っていました。

母国スロベニアでも多くの人に愛され、尊敬されていると言われるログリッチ。改めて、応援し続けたい選手であることを世界中のファンに示してくれました。

ジロデイタリアを終えたログリッチは「2023年シーズンの一番の目標はクリアした」と語りました。文字通り苦楽を共にするチームメートとともに次に彼が見せてくれるスペクタクルなシナリオは、果たしてどのように描かれるのでしょうか。

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