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『ダンキラ!!!』椿賢人が右腕にこだわる理由は?八重歯と名前から考察してみた

口を開くたびに見え隠れする八重歯。これがたまらなく愛おしい。

少年ダンサー育成ゲーム『ダンキラ!!! - Boys, be DANCING! -』に八重歯ダンサーが追加されると知った当時は、嬉しさのあまり友人に布教したものだ。

さて、本日8月4日はそんな八重歯がトレードマークのダンサー・椿賢人の誕生日。
ダンキラチーム「B.M.C.」結成のきっかけとなったメンバーで、ダイナミックなパフォーマンスや地球をもカチ割る熱量で道を切り開いている。

そんな賢人はなぜ八重歯がこんなにもかわいい……もとい、印象付けられているのだろうか。
理由を考察してみると、右腕にこだわる理由や、新たなはじまりを担う者としてふさわしい意味が見えてきた。

※このnoteは100%個人の趣味で書いたものであり、公式とは一切関係ないためご了承いただきたい。

八重歯に隠された犬との関係性

八重歯は前歯と奥歯の間にある、牙のようにとがった部分。
「犬歯」や「糸切り歯」と呼ばれることもある。

犬といえば、賢人が苦手なもののひとつ。
同級生の紫藤晶が飼っている犬・ローザンヌから追いかけられ、悲鳴を上げる姿がたびたび目撃されている。
苦手なものにもかかわらず、犬を連想させる特徴をあえて与えたのはなぜだろうか。

酒と犬を結ぶ神社

賢人と犬の関係性を考えるうえで欠かせない要素が神社だ。その理由は賢人の名前の由来を探ると見えてくる。

賢人の実家は酒屋。そのため兄の椿聖人と同様、酒にちなんだ名前が付けられている。

賢人(けんじん)は濁り酒を意味する言葉。賢人の私服に書かれた「unrefined sake」は濁り酒の英訳でもある。
対して聖人(せいじん)は、濁り酒の麹などをろ過して作る清酒のことだ。

こうした異名の由来は『魏志』徐邈伝(じょばくでん)に記されている。
いわく、禁酒令に耐えかねた人物が清酒や濁り酒の呼び方を変え、舌鼓を打っていたらしい。
この故事から派生した四字熟語として、酒を意味する「清聖濁賢(せいせいだくけん)」という言葉もある。

一方で日本における酒の歴史は、神社と切り離すことができない
酒は神事に欠かせない供物として、古来から神聖視されてきたためだ。

神社でよく目にする要素は酒だけではない。
たとえば境内で参拝者を待ち構えている狛犬
その姿は犬というよりは獅子を思わせる迫力があり、神を守る番人のように鎮座している。

2体の狛犬のうち、1体は中国や朝鮮半島から伝わってきた獅子をもとにしているらしい。そのため正式名称は「獅子・狛犬」
神社によって差があるものの、口を開けたものと閉じたものが左右で対になるように置かれている。

なぜ右腕にこだわるのか

狛犬は阿吽、つまり宇宙のはじまりと終わりを示すと考えられていた。
一般的には向かって右側に阿形、左側に吽形を配置する。
阿形は正確には獅子であるため、立派な牙が見えることも。
対する狛犬の吽形は、歴史が古くなると頭に角が付いたものもある。

ここで『ダンキラ!!!』ダンサー紹介に登場する賢人のビジュアルを思い浮かべてみよう。
挑戦的な表情と大きく開けた口、そして牙にも似たするどい八重歯が目に入る。

一方で逆サイドにいるB.M.C.の愛宕蓮太郎は、口を真一文字に閉じている
2人の配置は、まるで神を守護する一対の狛犬のようだ。
(蓮太郎に関しては天狗信仰とも関係が深いと思われるが、話が長くなりそうなのでまた別の機会に考察する。)

おそらくリーダーの破走ギンコは、神の眷属とされる動物・狐と関係あることからも、B.M.C.の配置は神社を模しているといえなくもない。

賢人は口を開けているため、役割は阿形、つまりはじまりを意味していると考えられる。

B.M.C.は、はみ出し者ダンサーたちの居場所を作ろうと、リーダーであるギンコを中心に結成された新生ダンキラチーム。
新メンバーとして加入した賢人が「はじまり」を担う狛犬と共通点を持っているのは、偶然ではないかもしれない。
また、阿形は右側に配置される場合が多いため、賢人がギンコの右腕にこだわる点にも納得がいくのではないだろうか。

おまけ:椿と宇宙

余談ではあるが、賢人のキラートリックは、宇宙人が襲来したり地球を砕いたりと宇宙に関係した壮大なものが多い。
兄の聖人も並々ならぬ興味があるようで、自ら宇宙を創ったこともある。

椿兄弟と宇宙にはどのような関係性があるのか。まだまだ考察の余地があるが、ヒントのひとつになりそうな著書を紹介しておきたい。

作家であり物理学者でもあった寺田寅彦の随筆集に、『椿の花に宇宙を見る』がある。
収録作品のひとつ「思出草」の中で、寺田は夏目漱石が詠んだ句「落ちざまに虻(あぶ)を伏せたる椿かな」について物理学者的な視点で考えていた。

椿の花は枝から離れると空中で回転し、高確率で仰向けになって地面に落ちるという。とくに高い木から落下したとき、仰向けの傾向は顕著になる。

しかし椿の花にアブがしがみついていた場合、たとえ高い木から落ちてもアブの重さで重心がずれるため、うつぶせの状態になることが多い。
その結果、アブも着地したときには椿の花の下敷きになっているという。

ささいな現象であっても考えを巡らせれば自然の摂理が見えてくると、寺田は考えていたのだろう。

この現象や著書が椿兄弟と関係あるかは定かではないが、少なくとも椿の花から宇宙について考えた人が実在したことはたしかである。

ほかにも三重県の椿大神社(つばきおおかみやしろ)が祀っている猿田彦大神など、宇宙と関連がありそうな要素を探り始めるときりがない。
聖人の誕生日である5月12日までには、なんとか解明したいものである。

参考:
https://www.kikusui-sake.com/home/jp/fun/taste/taste05/
https://serai.jp/news/15456
https://www.kyohaku.go.jp/jp/dictio/choukoku/komainu.html
http://www.pref.nara.jp/miryoku/ikasu-nara/komainu/iroha/
https://www.jinjahoncho.or.jp/omairi/jinja_no_namae/kooainu
https://www.aozora.gr.jp/cards/000042/files/2490_11025.html

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