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インナーワールド

「はしもっさんはこれからも俺たちを驚かせてください」

自分の人生で唯一僕のことを「はしもっさん」と呼ぶ、高校時代の親友。
そんな親友から久しぶりにメッセージが来た。

当時、憧れるほどの才能と魅力のあった男。
今となっては、互いに別々の世界を歩いているが、それでも羨むほど魅力的な親友であることに変わりはない。

メッセージが来た時、少しばかりあれこれ考えていた。
確か去年の5月も同じことを考えていたかもしれない。

進歩のないやつだと、自分のことを思っていた矢先のことだった。
久しぶりすぎるほどの親友からのメッセージに少し気持ちが晴々した。

音楽をかけようとパソコンを開くと僕たち高校時代の先輩だった「サカナクション」の一郎君が〝リハビリ大歌唱大会〟とタイトルを打ってライブ配信を行っていた。


久しぶりに高校時代の親友からのメッセージと、一郎君の姿がリンクした僕の記憶は一瞬で高校時代にフラッシュバックした。



唐突に

「今日、はしもっさんに似た人生を歩いている人と会って、なんか懐かしくなったわ」

そんなメッセージが送られてきた。

高校時代の親友とはいつの頃から会ってないだろうか。
部活のマネージャーだった先輩女子と結婚した彼は、仕事も順調に良い家庭を築いている。

当時から「はしもっさん」と呼ぶ癖は変わることなく、彼以外そう呼ぶ友達も他にいない。
いつも彼の周りには人が集り、高校生の自分にとって良き友であり、憧れのような存在だった。

高校時代の先輩、一郎君が地元が一緒だった彼を可愛がり、その流れで僕も一郎君と繋がることができた。

あの時、高校一年生の自分。
先輩だった一郎君との一学年の差はとても高く、一郎君もまた親友とは違った憧れるような存在で、特別な輝きを放っていた。

学校祭でライブをやれば、生徒はもちろん教員ですら彼の音楽に酔いしれ、女子生徒はこぞって一郎君の虜になっていた。

色々な才能の持ち主が集まっていた、札幌のメガ高校。
僕にとっては刺激的な高校生活だったかもしれない。


一郎君の苦悩


「サカナクション」
日本のロックシーンを変えたバンド。
音楽界ではそう呼ばれることも少なくない。

いつの頃だったか「情熱大陸」に出演していた一郎君を見た。
自分の好きな音楽を生業にし、音楽シーンさえ変えてしまう一郎君の凄さをまざまざと見せられ、さぞとても華やかな生活だと思っていたが、現実の一郎君は違った。

企業イメージなどのタイアップで曲を生むことへの葛藤や、プレッシャーから来るストレスで音楽自体をやめようとしていたことを吐露していた。

僕たちにとっては、途方もない世界に行った憧れの先輩。
テレビやネットで見ることのしかできない、遠い人。


そんな一郎君の苦悩は画面越しから隠すことなく映し出されていた。


自分にとって好きなことをやり続けている。
しかし、あれだけ華やかな世界で走り続ける一郎君でさえ、必ずしも全てにおいて順調なわけではなかった。

そして、一郎君は大きなストレス性の病気を患い長期の休養に入ったのを僕はネットのニュースで知った。


タイミング

高校時代の親友からの唐突な連絡。
そして、パソコンを開くと先輩、一郎君のリハビリライブ。
これらは高校時代の記憶を呼び戻すタイミングの合図だったのかもしれない。

僕が憧れていた親友とは、互いに別々の人生になった。
似ても似つかないような互いの人生。


「いつまでも憧れの存在でいてよ」


そう送ってきたのは彼の方だった。

僕は彼に憧れ、彼は僕に憧れ、そして僕たちは先輩の一郎君に憧れた。
そんな親友が高校を卒業して20年以上経った自分に送ってくれたメッセージは、心の離れた僕を引き戻してくれた。

確かに彼は家庭を持ち、会社を持ち、破天荒なチャレンジはできないかもしれない。
でも、背負うもののない僕はまだまだ人生を攻めることができる。
そんな彼が、僕を通して自分にはできない楽しみを託した。

どことなく心が守りに入ろうかとしていたところ。
目を覚まされた感覚があった。

なぜだか時々、絶妙なタイミングで誰かが僕に声をかける。

「ハッシーはそのままハッシーを貫いてほしい」

そんなことを言われることが何度かあった。
僕にとっては、嬉しさと不思議さを感じる魅惑の言葉。


インナーワールド

一郎君はリハビリライブで代表曲のひとつ「インナーワールド」を、ちょうどライブの動画配信で歌っていた。
数万人規模のライブを行っていた先輩が〝リハビリ〟と称して、ネットライブで肩慣らしを行っていた。

やつれていた顔は、幾分ふっくらとしただろうか。
目元はだいぶ穏やかに見えた。

肩の力が抜けているライブは、どこか当時の学校祭でのライブを思い出させてくれた。

「音楽で食っていく」

そう語っていた高校生の一郎君は、見事にそれを体現していた。
インナーワールドは彼らのバンドでも初期の頃の曲。
おそらく10代後半、遅くても20代前半の曲だったはずだ。

そんな曲を、久しぶりにライブで聴いた。


高校時代、一郎君にもらったデモテープはどこかで消えたが、そのテープに入っていた曲もプロとなってアレンジされて発売されたものもある。

僕も何度も口ずさんだ曲。
インナーワールドは、当時の一郎君が何を感じて作曲した曲なのか。
そんなことを考えていた。


スクショ

なぜだか、嬉しかった。
半ば疎遠に近くなっていた、高校時代からの親友のメッセージに。

いきなり来たことではない。
もちろんそれも嬉しかったが、彼が僕の人生に憧れてくれたことが。
そして、僕の人生を今でも離れたところで楽しんでいてくれたことが。

そんな時に飛び込んだ、一郎君が底から這い上がる姿。
彼は彼らしく、プロとしての背中を僕に見せてくれた。
一郎君らしさの詰まった、自分らしいライブ。


一郎君の自分らしさと眼差しが好きだ。

高校時代憧れた、僕たちにしか分からない、昔と今の一郎君の姿。


僕は、親友とのメッセージをスクショして壁紙にした。

これからも憧れていた、親友に憧れてもらえるような人生を歩けるように。
これからも、遠く離れた親友を驚かせれるように。

そんなことを、いつも自分自身に言い聞かせれるように、と思いを込め。

インナーワールドが流れるその夜に。

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