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『未来』月詠2024.3月-2024.8月まとめ

2024.3
甕星へあくがるるがに蜉蝣はさやかに狂(ふ)れむわが夏のさき
水銀毒鎮むる丘ゆ見晴るかす不知火あをくしてさざめきやまず
火が根より崩るるごとき日の没りに鶏の産卵の真似ごと
永き階(きざはし)上りつつ思ふ御仏の拇趾なるはつかあかるむ指紋
恋人の頭(づ)のおもたさを肩に享けダアリア群に汽車は停まりぬ
王ゐます雨後なる陵に沿ひながら川は伸びゆく 千の青鹿
朴の花支ふる枝に朴の花散りたるのちの空(くう)はありたり
なゐふりし夜半の風鈴盗みたしこの土地のあえかなる憂ひのために
貸荷車にをのこひとりの家財載せわれは牽きゆく花合歓の道
いづれ日照雨のごとくわれらは消え失せむ延延たるハ行転呼を了へて

↑ふだん口語で月詠を出していて、気が向いたので文語で出したら「いままでで一番いい」と評をもらった。うれしさとせつなさ。


4 榠樝の時
あづさゆみ音なく星のひかりふる末(うれ)に榠樝のおもりゆくなり
激情にあかして虫は大腮をうち振るふなりそらみつ大和
かきわくる汝の御髪にくらくらとひかりは迷ふ愛しむごとく
此界われらが肉叢なれば痛みゐる心をパレスチナと呼ぶべし
戦争のいづくまである冬の日を遮るもののなき植物園
 詞書:ベルイマン『冬の光』、タルコフスキー『ノスタルジア』
Ingmarは銃をAndreiは焼身を択びぬすべて変へ去らむため
冬落暉あかく一指の罅の奥に痛みは魚の生るるがにあり
もらひきし榠樝をながる据ゑおける窓辺を幾度こほしみたるか
かの夜の榠樝に満ちてゐしもののうちに父母まぐはひたまふ
曼荼羅の夢より醒めて朝かげに船尾はうすく霧を曳きゐつ

↑このころ、ひとに榠樝をもらってうれしかった。未来では気が向くと月詠にタイトルをつけられるのだけど、たぶんその嬉しさが高じたのだと思う。

5
ひとんちのトイレこわごわ借りながら鳥になりたいってつよく希った
眼科医は目が好きだから眼科医になったんだろうなっ ガムのガチャ
三人前の回鍋肉ぜんぶ食べちゃった ぼくって・ほんとうに・ばかだなー
雨が降りはじめてみんなうっすらと哀しい気持ちをすぐに忘れる
 詞書:イスラエル、一四〇万人を一カ所に追いつめ陸海空から空爆開始
なんか、えっと、なにも、もう、もはや、なにを、なにを、なにを、
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↑サムネ この回だけ欄のいちばん後ろだった


6
秋めかないで、もとい、あきらめないでほしい 二〇世紀の力のままで
セーターをかぶって頭が抜けるまで超高速のイメージをイメージ
ドライヤーしたけど髪の芯にまだ湿った感じ なんか春っぽ
一生の動きにひときわ輝いてまだ長かった昼のブリッジ
キキララはそれぞれ月の半分の大きさ ぐっと脳をピンチアウト
PAPARAZZI なんかかっこよかったから言ってみただけ PAPARAZZISM
犬パワーでバズってこーぜ いぇいいぇい 蟹パワーってのもあるっちゃあるぜ
天皇が知り合いの知り合いになる短歌を短歌しつづけてると

↑いぇいいぇい 久々に歌を落とされた


7
うろうろと樹に触れながら真円へ近づいていく奇蹟の話
読むあとを蛇口の水が次次と崩れるようについてくる声
ライターの火から煙草をひき上げて月のベランダ まだ点いてない
AVの夜に白んでいく空のもっと喘いでいるこの夜も
見えにくい係わりのまま男優と女優がセックスする虧月の夜
エアコンの下に竜胆生ける早夜まくらはねむるときがピローだ
なんとなく死を眩しむと硝子瓶が瓶の象(かたち)にふかしぎに立つ
しわがれたままの声でも朗読が天国の光沢におちいる
アコーディオンが雨といっしょに人生をかるくまとめていく 泥の星
藤房のあまりに垂れて手のとどくあたりが夏の動きのままに

↑徹夜で後輩と映画を観てるときに本歌取りバトルがはじまって、「それでゐてわたしはあなたをしなせるよ桜は落ちるときが炎だ/藪内亮輔『海蛇と珊瑚』」の本歌取りでピローを披露。勝利した。


8
マツモトキヨシぽい看板が遠くから近づいてくる どきどきしてる
灯りのない時代だったら天国と思うだろうなマツモトキヨシ
マツモトキヨシ死後もはるばるかがやいてその一様の春夏秋冬
マツモトキヨシのバイトがレジを閉めてから出てくる春のだるい一面
あかるくてマツモトキヨシかと思う夏の夜明けを吐きおわらない
シャンプ―が首を並べて立っているマツモトキヨシの細い暗がり
マツモトキヨシの店舗を少しはみだして正露丸の壜傾いており
マツモトキヨシのポイントカード まっきっき ポイントカードのマツモトキヨシ
マツモトキヨシ、マツモトキヨシと呟いて心に浮かんでくる狭い庭
マツモトキヨシのシャッター少し開いていて朝の光は滑り込みゆく

↑うちの近所には「マツモトキヨシ中野通り店」と「マツモトキヨシ中野Part2店」がある