出口の目線・31

『皆さまに集まっていただき、主人も喜んでいると思います…』

献杯の前に母が挨拶をしている。目の前にはご馳走が並んでいる。全て、他人事である。きっと食べても味がわからないであろう。

主人?誰?…あ、お父さんの事か。母も外ではお父さんの事を主人と呼ぶのか。なんか変な…仰々しくておかしな事を言っている。

献杯が済み、食事をしながらその場なりの歓談の時間になった。私たち家族は勿論、出口に近い側にいる。

母がしきりにすきま風を寒い寒いとぼやいている。私は兎に角、寒さよりも"この空間"がしんどかったので、母と席を変わって一番隅に居るようにした。

和食の定番、お刺身や何やらをアレルギーのために食べることのできない弟の奥さん…葉子さんは、目の前のすき焼き鍋を美味しそうに食べている。

この人がガンガン場を進めてくれなかったら弟が何とかしただろうけど、弟も葉子さんが居たからできたことも有るだろう。

そして、これら一連の流れを私が同じようにできただろうか。

『うちは本家でこういう行事は子どもの頃からなんとなく見てますし、親も色々と知ってるので訊いたりできるから私も知識有りますから遠慮無く頼ってください!』

疲れきった私に【実の父親が死んだのにぼんやり何もせずにこっちに押し付けてんじゃないよ!】という思いをぶつけて来るような人もいるだろうが、私は義理の妹にまで恵まれていた。

しかし、そう安堵しながらも不思議と黒い気持ちも沸々と沸いてくる。

誰か、この人の悪い部分を見抜いて悪口を言ってくれないか…彼女がよい人であれば有るほど、私は能無しダメ人間になってしまう。

すき焼きの鍋を食べ終わるところ、親戚の誰かが彼女に挨拶に来て何かを誉めて明るく笑っている、弟は基本あまりおどけたりするタイプではないので横で誉められてもぼんやりしている姿を私は見て、面白くない気持ちになっていた。

母はまだ寒いと言っていたので、お店の人に膝掛けを借りていた。夫は自分の両親のところにビールを持って行き、お酌をしていた。

食事も味がしない、誰かに責められているような気分。母はまだ寒いと言っている…もう、この空間が落ち着かなくてたまらなかった。

【【続く】】







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