【小説】ペトラの初陣 78

 同じ手は通用しない。


 今度は巨人はそれを手でつかむ。


 そのまま握りつぶす。


 さっきまで血まみれだった手のひらの中から、


 今度は黒い煙がもくもくと膨れ上がった。


 そして巨人はエルヴィンめがけて腕を伸ばす。

 エルヴィンが逃げる。

 そこでぺトラは撃った。


 アンカーを射出。


 しかしそれは、ミュンデの体から逸れていく。

(もう一つ!)


 別のアンカーを、撃ち放つ。

 ミュンデの背中に突き刺さる――。


 ことはなかった。

 巨人は突然、振り向いた。


 背中ではなく、胸に突き刺さった。


 信煙弾を掴んだのとは反対の左手で、胸に食い込んだそのワイヤーを握りしめる。

 その勢いにつられ、ぺトラは体ごと引っ張られた。

 体が宙に浮き、ものすごい勢いで巨人に手繰り寄せられる。

 しゃがんだ姿勢のミュンデの、煙が上がっている手が、ぺトラを待ち構えていた。


(そうか)


 狙いは。


 最初から。

 私だった。


 張り詰めたワイヤー。

 宙に浮いて。

 抵抗できない。

 今度こそ本当に。



 死。



 自ら飛び込むように、

 ミュンデの手のひらの中に、

 吸い込まれる。

 握る前の大きな人差し指の先が、頬を掠めた。


 そして、闇。


 全身を強く、締めつけられる。


(ごめんね、お母さん)

 でもそれは一瞬。

 感じた痛みも一瞬。


 ブレードの音。


 えぐられる音。


 うなじが、えぐられる音だ。

 すぐに、体の締めつけは、緩んだ。


 


 ぺトラの視界は再び開けた。


 巨人の手のひらが、力が抜けて開いたのだ。

 ミュンデは、無表情のまま大広間の中央の瓦礫に、ゆっくりと倒れていった。

 巨体に押しつぶされるように、瓦礫の山が崩れた。

 大きな音と共に、土埃が派手に舞う。


 

 ぺトラには、何が起こったかわからない。

 ただ、自分が破壊しつくされた床の上で、座り込んでいることだけは分かった。


(あれ?)


 私まだ、生きてる?


 

 やがて、土煙が収まった。

 それと入れ替わるようにして、巨人の体から、一斉に蒸気が上がり始めた。


 徐々にその姿が消えていく。

 視界の片隅で、その消滅を眺めていると、


 床に亀裂が走った。

 地面が傾いて、ぺトラの体が、沈む。

 壁の崩落で、大広間の骨組みにゆがみが生じているのだろう。

 身の危険を感じて立ち上がろうとした。

 が、膝に力が入らない。


 よろけて、転んでしまう。


 もはや動く気力が残されていないのだ。


 もう、指一本も動かせない。


 ぺトラは膝をつく。


 そして地面に手をついた。


(さすがに、もう無理)



「よくやった、ぺトラ」


 頭の後ろから、突然、声をかけられた。

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