パトリシア・コーンウェル/相原真理子・訳『検屍官』 (原書1990)

初めて海外ドラマの「ER 緊急救命室」を見た時、衝撃を受けた。医者という職業の過酷さのみならず、個々人のプライベート問題や仕事にかかわってくる社会問題までを幅広く、徹底的にリアルに扱っていたからだ。リアルというのは、実際にこういう人がいるだろうな、と強く思わせるという意味だ。たとえばジョージ・クルーニーが演じた小児科医ダグラス・ロス。一つだけネタバレすると、ある患者の少年が、どういう流れか忘れたけど(しかも以下、うろ覚え)、自分はゲイだとカミングアウトしたことに対して、ロスは少年が退室した後、どっかに電話して「彼は心の病気だ。自分をゲイだと思い込んでる」と、その告白をあっさり全否定してしまう。ロスはこの病院きってのプレイボーイなので、(そうか、この人は同性愛に対して全く理解がないんだ)と見ていて納得した。そうやって「トラブル」が発生して、物語が動いていく。

でも日本のテレビドラマはいまだに主人公のキャラ立ち一辺倒で引っ張っていこうとしている。たとえば「ドクターX」の絶対手術を「失敗しない」大門未知子とか。そんな人、世の中にいる?

という長い前置きを踏まえての、往年のベストセラー推理小説、「検屍官」ですが、さすがに大ヒットしただけあって面白かった。驚くほど残忍な連続殺人事件が起こるのは定型として、検屍官という仕事の特殊さ、過酷さ、そして、警察を含む司法組織全体を巻き込んだ政治権力争いの徒労感がてんこ盛りで、これじゃ普通にプライベートとか崩壊するわな、と思わせる。実際、主人公の女性はバツいちの一人暮らし。なついている10歳の姪っ子がいるが、それは、その母親(つまり自分の妹)がどうしようもないだめんずウォーカーだから、という設定はリアル。

《「ラルフの前のボーイフレンド。くず物置場に行っては、空びんを銃で撃ってた。すごく遠くからでも当たるんだから。おばさんなんかできないでしょう」》

この二行だけでもうダメすぎる。10歳の女の子にそんな行為を自慢するラルフも、そんなんと付き合う妹さんも。でも、いるでしょ、こういう人たちって。すごく、いる。いそう。

さらには一連の事件を通して、職場における女性差別問題、メディアの倫理問題、アメリカの連続殺人犯の闇の心理など、幅広い社会問題に触れている高コスパ推理小説でもあります。残念ながら、その諸々の問題は25年以上経った今も未解決のままだけれど。

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