【小説】ペトラの初陣 70

「ありがとう、オルオ。助けてくれて」


 ぺトラは命の恩人に感謝を伝えた。


 考えてみれば、オルオは訓練兵時代、常に成績上位者だった。

 特に刃の振りの早さと正確さでは、群を抜いていたのだ。

 だがオルオは、なおも突っ立ったままだ。


 かなり辛そうな表情をしている。


 出血した鼻が痛むという様子でもない。


「ぺトラは……気づいてたよね?」


 怯えたような目で問いかける。

 ぺトラがなんのことか尋ねようとすると、


 耐えられなくなったように、いきなり


「申し訳ありません!」


 と大声で叫んだ。


 そこからは一気にまくしたてる。

「僕が、大広間に巨人が現れたことをいち早く知らせていれば!

 それなのに、みんなで集まった部屋でモタモタしている間に、

 地下から巨人の叫び声が聞こえて、慌てて大広間に向かったんですけど、


 やっぱり昼間のことを思い出して、足がすくんで、動けなくなって、

 大広間のすぐ手前の部屋に、引っ込んでしまいました……」

 声に嗚咽が入り混じってくる。


(あ、そっか)


 あの時感じたのは、オルオの気配だったのか。

「そうやって部屋の隅で震えていたら、


 誰かが入ってきて、


 上半身だけで這うような姿を見て一瞬巨人かと思ったんですけど、


 人間の、ナナバさんでした。

『装置着てるなら早く行け!』って足首を掴まれながら言われて


 それでやっと目が覚めて、ここに飛び込んできたんです。


 ちょうど扉も開いてたし」


(ナナバさん……)


 あの状態から、さらに動いて移動したとは。

 しかも、オルオを奮起させるだなんて。

 どこまでタフなのだろうとぺトラは思った。

「気にするな。


 初の実戦で恐怖心を抱かない新兵など、まずいない」

 エルヴィン団長が優しく声をかける。


「むしろ君が立体起動装置を付け続けていたおかげで、この巨人を倒せたのだ」

「それでも、僕が真っ先に大広間に来て、


 ミュンデさんが、いえ、ミュンデが裏切者だと団長に伝えていれば……」

 
 エルヴィンはリヴァイの顔を見る。


 リヴァイが無言でうなづいた。


「やはりミュンデか」


 団長の反応に、驚きはなかった。

 兵長が地下室で語った通り、

 団長はミュンデがこの屋敷にやってきた時点で、内通者だと確信したのだろう。


 リヴァイ兵長はいまだ燃えているカーテンへと近づいていく。


 巨人に踏まれた多数の立体起動装置の塊の中に、

 まだ使えるものがないか、物色しているようだった。

 団長が再びオルオに言う。

「どのみち我々に立体起動装置を身に着ける暇はなかった。

 これまで壁外調査に出た場合、どこかの建物内に泊まる時は、


 外での見張りの兵士以外は、建物内では装置を解除するのが通例だったのだ。

 確かにミュンデが君を連れてやってきた時、


 奴が内通者だという疑いは確信に変わったのだが、


 指導者として常に君のそばを離れようとしなかったので、

 我々も奴を尋問なり監禁なりをするチャンスがなかった。

 もし強引に大人数の前でミュンデを告発したり、別室に呼び出したりすれば、


 我々の疑いに気づき、すぐ近くにいる君を人質にして逃走を図るかもしれない。

 その場合、君の命を危険にさらすことになる。

 それは避けたかった。

 とにかくあとはミュンデが一人になる時を狙えばいいと考えていたのだ。

 だが、まさかこの建物内で巨人が現れることになるとは」

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