【小説】ペトラの初陣 74

 巨人化してしまった以上、ミュンデさん自身の意識はおそらくない。

 でも、身体能力の高さや発想の柔軟さが残ったままだ。

 となると。

 生半可な方法では、絶対倒せない。

 装置を身に着けているぺトラの不安は高まった。

 また、天井を破壊されて気づく。

 さっきよりも弱まっているが、雨はまだ止んでいない。

 残り香のような雨が、ぺトラの髪を濡らしていく。

 手元や足元は滑りやすくなっているだろう。

 悪い条件だけが次々と頭に浮かんでくる。


 誰の動きもなく、業を煮やしたらしい巨人のミュンデが、


 ついにぺトラに向かって屋根の破片を投げた。


 
 同時にぺトラは大広間の中央に走り出す。

 目が合った時、こっちに投げることは予想がついた。

 縦横1メートルほどの正方形の屋根の断片が、凶器となって飛んできた。

 床に、深々と突き刺さる。

 出遅れた女性兵士の胴体を、真っ二つに引き裂いた後で。

 目を見開いて、口を大きく開けたまま、


 兵士は言葉にならない声を発した後、絶命した。

 本能のままにぺトラは中央にできた残骸の塊の陰に隠れた。

 それは、偶然の産物だった。


 大広間の真ん中にある地下に通じる穴に、大量の残骸が次々とはまり込み、

 さらにその上にレンガ片が積み重なっていた。


 安全な死角とは言い難いが、それでも身を隠せるくらいの高さはできている。

 巨人は天井付近の壁際に張り付いたまま、動きを止めた。

 どうやら、女性兵士を引き裂いた破片、


 それが巻き起こした土煙が静まるのを待っているようだ。

 そして残りの兵士がどこに散ったかを見極めようとしている。


 ふと、体が少しだけ軽くなっていることに気づく。

 だが自分自身を見回してみると、それは状況の悪化を意味していた。

 
 おそらくどこか尖った場所に体をぶつけて、


 左側のブレード用のストッカーがほぼ丸ごと破壊されていたからだ。

 辛うじてワイヤーは射出できるようだが、ブレードは当然一本もない。

 慌てて、右のストッカーに手を当てる。


 そこにも、ブレードは残っていない。

 
 午前中の戦闘で使い切ってしまっていた。

 ぺトラは今、丸腰だった。


 瞬時に周りを見渡す。


 もう自分以外に、装置を付けている兵士は、いない。

 それに気づいて、愕然とした。


 息が止まった。


 自分ではしているつもりだ。


 が、空気が肺に入っていかない。


 苦しい。


 気が動転している。

 その自覚があった。


 自覚はあっても、対処はできなかった。

 今、自分がいるこの場所。

 残骸の塊に遮られて、ミュンデからは見えていないはずだ。

 だが、巨人となったミュンデにとっては、


 人がいようといまいと、上から飛び降りて踏みつけてしまえばいいだけの話だ。


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