永田和宏『タンパク質の一生 生命活動の舞台裏 』(2008)

自分の知らないことを知っている人はすごい。その知らないことを説明してくれる人はもっと素敵。しかも、わかりやすいだなんてさらに感動。あまつさえ、それが面白かったらもう尊敬のまなざし。この本の筆者はそういう人。『自然のおもしろさ、あるいは科学の醍醐味は、ひとつのことがわかると、それ以上に多くの謎や疑問が湧いて出てくるところにあると私は考えている。〈わかったこと〉以上に、〈わからないこと〉が湧き上がってくるのである』とあとがきでも書かれている通り、タンパク質のことなど何一つ知らない僕にいろいろと教えてくれて、さらなる興味を持たせてくれた。本の中でだけど、出会えてよかった。

興味を惹かれた部分は数多いが、いくつか取り上げると、ミトコンドリアはかつて人間とは別の生物だったとか、「分子シャペロン」と呼ばれるタンパク質を一人前に完成させるためのサポート役のタンパク質も存在しているとか、最近話題のヒートショックプロテインの一つはこの筆者が発見したとか、トリビア知識までも知的興奮に満ち満ちていて、最後までまったく飽きさせない。人体のタンパク質に限っているのに、それでもなんという神秘の世界なのだろうと思い知らされた。

疑似科学への批判もサラッと簡潔かつ明瞭な論理で惚れ惚れしてしまう。『コラーゲンを摂取することで、それがそのままコラーゲンの補充(サプリメント)ででもあるかのような宣伝をよく見かけるが、食品として摂取したところで、それは消化器官を通じていったんアミノ酸へと分解されたのちに栄養素として再利用されるので、コラーゲンの形のままで吸収されることはありえない』。なるほど。こう言われれば健康食品業者もぐうの音も出ないだろう。

適宜挿入される図や表もわかりやすさを補強しており、何よりイメージしやすい比喩(タンパク質の凝集を青少年の非行に例えるなど)を筆頭に文章力がとにかく秀逸すぎる。単純に、美しい文章なので読んでて心地いい。それにしても『タンパク質の世界では貴種流離譚は存在しない』だなんて、ちょっと科学者にしては文学に造詣が深すぎやしないか? といぶかってプロフィールを見たら、なんと歌人としても活躍している人だった。奥様も河野裕子という、その名を冠した賞があるくらい有名な歌人である。納得。ちなみに奥様の歌では『ブラウスの中まで明るき初夏の陽にけぶれるごときわが乳房あり』とかの、ポスト与謝野晶子ばりのフレッシュエロなのが好き。

最後に余談だけど、僕自身罹患している難病の筋ジストロフィーも、最終章で取り上げられているフォールディング異常病の中に含まれていて、世界中の科学者がどういう方向でその治療薬を研究をしているかをごく簡単にだけど想像できたという意味でも、非常にためになった。

岩波新書、健在、と思いました。

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