【小説】ペトラの初陣 69

 巨人に揺さぶられた勢いで天井から切り離され、


 そのままぺトラめがけて飛んできた。


 なんというタイミング。


(――!)

 ブレードで防ごうとしたが、それごと腕にぶつかる。


 弾かれるようにして一回転し、ペトラは壁に激突した。


 衝撃で息ができない。


 視界も飛んだ。

 その音に気付いて、巨人が走って近づいてくる。


 もう、潰れた片目も両足も回復し切ったのだろう。


 痛みで目も開けられないが、足音のリズムでそれが分かる。


 だがぺトラの体は、激痛と痺れで動かない。


 巨人は、すぐ目の前。


 ぺトラは見上げる。


 兵長の雄たけび。


 何か言葉を叫んだ。

 だが意味は入ってこない。声だけが、ぼんやりと頭の奥の方で響く。


(そうか)

 初めてこの部屋に入った時、エルヴィン団長も気にして見上げていた。

 長い間使われていない廃屋のシャンデリアなど、


 一度衝撃を受けたら、いつ落ちてくるか分からない。

 巨人が飛びついた時点で、この事態を想定すべきだった。

 これは私の判断ミスだ。

 目の前に、長い髪を振り乱した巨人の手が迫る。


(アデーレさん――)


 20年以上も、自分を押し殺して苦しみ続けたアデーレ叔母さん。

 できればお母さんと同じように、私の手で、苦しみから解放してあげたかった。


(ごめんなさい)


 ぺトラは覚悟した。


 アンカーの射出音。

 ブレードが抜かれる音。


 それから叫び声。


 ただ「わー」というだけの情けない奇声だったが、それはなじみのある声だった。


 肉が、ひと息に削がれる音が続く。

 巨人の背後を、誰かが一瞬で通り過ぎた。

 その人物が、壁際に着地する。

 が、足元がもつれたらしく、転倒した。

 壁に顔面からぶつかり、ようやく動きが止まる。


 
 オルオだった。

 立体起動装置を身に着けている。

(私、生きてる――)


 ぺトラはまずそれを認識した。


 そして、巨人に目を移す。


 ブレードは見事に巨人のうなじを捉えている。

 無駄のない、綺麗な切り口だった。
 

 巨人はすぐに全身から煙を噴き上げて、蒸発を始めた。


 長い髪を振り乱すこともなく、静かに直立したまま、


 蒸気に紛れるように徐々に消え去っていく。


(さよなら、アデーレ叔母さん)

 人間だった頃の顔を見たこともなかったが、


 ぺトラは胸の内で、別れを告げた。

「なんだ。

 お前、使える奴なんじゃねえか」

 意外そうな顔で、リヴァイ兵長が言った。


 オルオが立ち上がり、顔を上げてリヴァイを見つめる。


 転んだせいだろう、つぶれた鼻から血を流していた。

「なら、もっと早く本気出せ」

 オルオはうつむいたまま、それに応えなかった。

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