【小説】ペトラの初陣 80

【16】


 
 空が、青白んできた。

 もう雨の気配は微塵もない。

 馬上にいたせいでもないのだろうが、誰も何も話さなかった。

 生き残った兵士たちを乗せた馬の足音と、

 もう動くことのない兵士たちを積んだ荷馬車の音だけが、響いている。

 ペトラにとって、あまりにも長すぎる一日だった。


 あまりにも濃すぎる一日だった。


 多くの仲間の死。


 母、シビラの失踪の真相。

 ミュンデの裏切りと、巨人化。


 まだ、ほんの一日の間にすべての事が起こった。

 何をどう受け止めたらいいのか。

 気持ちの整理がまだ、できない。


「さすがぺトラちゃん!」  

 乗馬したまま、背中を叩かれる。


「オシッコちびっても、やる時はやるねえ!」


 ハンジだった。

「隠しても無駄だって、言ったでしょ? 


 

 大丈夫。


 新兵にはよくあることだから」

「え?」

 ぺトラは思い出した。

 大広間で初めて会った時、意味深なことを耳元で囁かれたのだ。

(そのことだったんですか)


 なんということだ。


 なんて思わせぶりなの?


 てっきり、私は――。


 いや、もうなんでもいい。

 私の杞憂だったんなら、それで。

「今度から下着の替えは多めに持って来た方が、いいかもね!」

 先輩からのためになるアドバイスとでも言いたげに得意げに微笑むと、


「あ。あっちに巨大樹、一本発見!」


 と指さして、ハンジは集団を離れて行ってしまった。

 ペトラは胸の内でため息をついた。


 とりあえずそのことはもう絶対に広めてほしくないのだけれど、

 無理なんだろうな。

 調査兵団って、変な人ばっかりだし。


 空はますます明るくなっていく。

 いまだに松明を持つ兵士もいたが、

 もう明かりがなくても行軍には支障がないだろう。

 ぺトラは疲れ切っているはずだった。


 普通ならもう指一本、動かせない状態だった。


 だが、不思議と気持ちは落ち着いている。

 いや、落ち着いているどころではない。


 むしろ、高揚していた。


 多くの犠牲を払った。


 だが、得るものもそれ以上にたくさんあった。

 まるで世界が変わってしまった。

 まるで。


 
 そういう一日だった。

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