【小説】ペトラの初陣 77

 流れるような動作で窓際に積み上げられた瓦礫の山を、


 片手でゴッソリとかきだした。


 その陰に隠れていた兵士が一人、捕まる。


 言葉にならない悲鳴が上がった。

 ミュンデは食いつかない。


 そのまま握りつぶした。


 何度聞いても受け入れがたい音。


 無慈悲に命が消える音。


 巨人の指の間から、赤い液体が飛び散る。

「やめるんだ、ミュンデ!」


 エルヴィンの声だ。

 団長が突然、砕けたシャンデリアの背後から姿を現した。

 巨人に向かって大きく手を広げている。


 武器は何も持っていない。

(エルヴィン団長!)


「お前の狙いは、私とリヴァイぐらいではないのか?


 いたずらに兵士たちの命を奪うのはやめてもらいたい」


「ねえ、ミュンデ!」


 続けてもう一人、破壊された柱の影から、現れた。
 


「あなた、ミュンデなんでしょ? 


 巨人化してもそんな機敏に動ける奴なんて、ミュンデしかいないもん」

 ハンジだ。


 叫びながらエルヴィン団長の近くへと走っていく。


「ロン毛はロン毛のままなんだねー。面白いね。


 ねえ、さっきどうやって巨人になったの? 


 大きくなる薬でも飲むのかしら?


 ていうか、まさか、喋れるんじゃないわよね?」


「ハンジさん、下がって!」


 モブリットもヤケクソで飛び出し、ハンジを引き下がらせようと腕を引っ張る。

 だがハンジはそれを振りほどいた。その場にとどまったままだ。

(どういうこと――?)


 巨人化してしまった以上、意志疎通はできない。

 
 それは母さんをひと目見て分かった。


 突然、昔教えてくれたダンスを踊り出したのも、


 ナナバさんにうなじを突き刺され過去の記憶が蘇っただけで、


 奇跡的な偶然に過ぎない。


 それはわかっていた。


 私のために踊ってくれたなどと、


 感傷的に都合よく解釈することはできない。


 もはや人間ではないのだ。


 今さら説得など、できるわけがない。

 エルヴィンやハンジの行為はどう考えても自殺行為だ。


 ぺトラは2人の意図を図りかねて、リヴァイの顔を窺った。


 リヴァイは静かに片腕を伸ばした。


 ぺトラの方角に向けて。


(あ――)


 そうか。


 モブリットを含めた3人が立っている位置を確かめる。


 ぺトラと、リヴァイの、ほぼ一直線上だった。


 最初に姿を現した団長は、きちんと狙ってここまで移動したのだ。


 命を懸けて。


 つまりは、巨人をそのラインから逸らさないための、陽動。

 ハンジさんもそれを理解して、飛び出してきた。

(みんなが、協力してくれている)


 ぺトラは、兵長のサインを思い出す。

 チャンスは、一度きり。


 巨人はエルヴィンの姿を目で捉えているが、動かない。


 囮だと気づいているのだろうか。

 いや、本能のままに動く巨人。

 それはないはずだ。

 だが、元が聡明なミュンデさんだけに、


 巨人となった後でも、


 
 無意識に、何か引っかかるものを感じているのかもしれない。

 発砲音。


 信煙弾だ。


 再びエルドが撃った。2発あったのだ。

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