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vol.8「三春の油あげ」小満 5/20〜6/4


 ついこの間まで朝晩は寒かったというのに、季節の変化のスピードは、日ごとに勢いを増して駆け抜けていく。一面にタンポポが咲いていた広場はあっという間に綿毛になり、椿や山吹の鮮やかな花の色が山を彩っていたはずが、今はもう木々の緑のグラデーションが目に眩しい。自然はタイミングを見逃すまいと、日々成長を続けている。庭の野の草花もぐんぐん育って、そろそろ草取りを始めないと大変なことになってしまう。大きく成長し始めたヨモギを摘んで乾燥させ、簡単な蚊除け線香を作ってみたり、どくだみ化粧水を作る作業もそろそろだ。季節仕事は案外と忙しない。歩調に追いつきたいけれど、その速さには振り払われそう。そんな私をクスクスと笑うかのように、若葉が陽の光を照り返してキラキラと輝いている。

 暑くもなく寒くもなく、吹く風もカラッとしていてとにかく気持ちがいい。梅雨など飛び越えて、このまま夏が始まるような気さえしてくる。in-kyoでもそのくらいの気候になってくると、途端に冷たい飲み物のオーダーが増えてくる。自分が夏でもあまり冷たい飲み物を飲まないものだから、ついうっかりしてしまいがち。早め早めに氷の準備をしておかないと。と、毎年同じように焦っている。
 冷たい飲み物と同じように、季節によっていつの間にか味覚も変わってくる。味覚というよりも、季節の食材がどんどん変化していくのだからそれも自然なことなのかもしれない。一年中食卓にのぼるお豆腐だって、味わい方が変わってくる。普段は、お味噌汁や鍋料理、湯豆腐に炒め物と火を通すことが多いけれど、

「あぁ。冷奴が食べたいな」

気温が上がってくると、ふと頭をよぎる。冷奴にするなら本当はまだまだ先の、真夏の盛りがいいのだろうけれど、体は正直なもので、食べたいと思ったときに食べるものは大抵体にしっくりくる。上に乗せるものも、薬味たっぷりは夏のお楽しみ。今頃だったら季節の野菜、たとえば炒めた葉玉ねぎとか、サッと茹でたおかひじきをオリーブオイルと塩で和えたものとか、梅干しとお味噌をすり鉢で練り合わせてごま油をたらり、なんていうのもいい。真夏の頃とはまた少し違って、新緑の味とでも言ったら良いのか。そんな食べ方を楽しんでいる。
 
 お豆腐といえば、江戸時代の頃には、三春藩領内には100軒以上ものお豆腐の製造・販売をしているお店があったのだとか。その確かな理由はわからないけれど、おそらくお寺が多いこととも関係しているのだろう。お寺の食事といえば精進料理。そこで欠かせないのがお豆腐だったから。そうだとしても、100軒以上ものお豆腐屋さんがあったとは。当時の街並みはどんな様子だったのだろうと思いをめぐらしてみる。あちこちから大豆を茹でるいい香りが漂っていたのだろうか。店先には竹ザルや水を張った木桶に入った出来立てのお豆腐が並んでいたのだろうか。それとも天秤棒を肩に担いで、ラッパを吹きながら売り歩く商人がいたのか。想像しただけでワクワクしてくる。
 そしてその頃から食べられていたという三角形の油あげが、今では三春名物となっている「三角あげ」だ。一見、厚あげのようにも見えるけれど、厚みがありながらふんわりとした食感はやはり油あげ。三春で油あげといえばこの形だ。どうして三角形だったのかについては諸説あるようだが、定かではない。
 
 三春で暮らすようになって初めてこの姿、形、そして美味しさに出会った。自分が実は油あげが大好きなことに気づいたのもここ数年のこと。
 移住をして間もない頃はしつこく食べ続け、冷蔵庫に切らさないように常備していたほど。切り込みを入れて、納豆やねぎ味噌、チーズなどを挟んだりして、網やトースターで焼いてもいいし、煮物に入れても味にコクが出る。網で炙ったものを刻んでお味噌汁や混ぜご飯に入れても美味しい。
 in-kyoにいらっしゃるお客様に教えて頂いたのが揚げ焼き。少し多めの油をフライパンに引いて揚げ直すように焼くと、中は柔らかいまま、まわりがカリッとして気に入っている。稲荷寿司にするには半分に切って、中のお豆腐の部分をスプーンなどですくい取り、小さな三角に酢飯を詰めれば、上品に仕上げた稲荷寿司が出来上がる。すくい取ったお豆腐の部分も、細く刻んだ生姜やゴマを入れて出汁で炊けばご飯のお供になるわけだ。これもお客様から教えて頂いた。
 三角あげを買うことができるお店はいくつかあるが、私はin-kyoからも歩いて10分ほどの「朝日屋」さんに行くことが多い。朝日屋さんの三角あげ(朝日屋さんでは「三春あげ」の名前)は大きすぎず程よいサイズで、しっとりしていてお豆腐の美味しさも味わえるのがお気に入り。ここでごくごくたまに販売されている「がんも」は、あればラッキー。店頭に「がんもあります」の札がかかっていたら、何かクジにでも当たったようにいい気分になって必ず買って帰るようにしている。
 一見、お豆腐屋さんとはわからない外観。店内へ入っても目の前にお豆腐や三角あげは並んでいない。工房も扉の奥で見えないが、大豆を茹でるいい匂いが清潔な店内にふんわりと漂っている。おあげを○個、お豆腐○丁と数をお願いしてお豆腐は水槽から、三角あげは冷蔵庫から取り出してもらう。そのやり取りで、いつも子どもの頃のおつかいの記憶を思い出す。水槽の中から静かにすくい上げられたお豆腐。青いパックにスルリとおさめられた、瑞々しい白さ。それも子どもの頃にあった、近所のお豆腐屋さんと一緒だ。実家の近所のお豆腐屋さんは、ラッパを吹きながらたまに売りに歩いて出る時があった。
「プ〜パ〜♪」の響きが「と〜ふ〜♪」と聞こえたな、なんてことも。ラッパの音が聞こえると、母が表の通りまで小走りで行って呼び止め、お豆腐屋さんがお豆腐の入った台車を引きながら我が家まで来てくれたのだった。
 朝日屋さんの店内の壁には、その昔三春町内にあった100軒以上ものお豆腐屋さんの屋号と、真鍮でできたラッパが飾ってある。そのラッパも私の記憶のスイッチを入れるひとつなのかも知れない。