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vol.13「盆踊りと三春太鼓」立秋 8/7〜8/22


 もうずいぶん前に誂えたお気に入りの浴衣がある。東京にお店があった頃は、浅草が近かったという土地柄、着物姿の方もちらほらと見かけることもあり、着物を気軽に着る機会が案外と多かった。特に浴衣はお祭りなどの特別な行事以外の時に着ていても、街で浮いて目立ってしまうこともなく、それでいてその日はどこか晴れがましくもあった。
 今でもお世話になっているある方が、毎年夏になると企画してくれた「浴衣の会」には、20人ほどは集まっていただろうか。みんなが浴衣を着て隅田川から水上バスに乗りながらワイワイとランチビール。水上バスの中から眺める東京の街並みは独特で、川と海とが混じり合う風と潮の香りや風景が、記憶の中を泳ぐように心地よく過ぎ去っていく。
 
 三春町は春からあちこちでお祭りが始まり、夏になると今度は盆踊りが毎週のように各地区で行われる。町の盆踊りの始まりは字八幡町にある八幡神社境内で行われる。「ではさっそく浴衣でも着て」なんて思ってはみたものの、その勇気が出なかった。最初はおそるおそる、まずは様子をうかがってからにしようと普段の洋服のまま出かけてみることにした。
 三春の盆踊りが大好きだというAさん姉妹が踊りの輪の中にいるのを見つけ、その後ろに加わった。静かでしなやかなお二人のように踊りたいけれど、なかなかそう簡単には踊れない。ご年配の方々の年季が入った動きも美しい。私は初めてなんだからそりゃ踊れないわと思いつつ、それでも次第に盆唄と太鼓に合わせてようやく手足が動くようになってきた。と、そこで気づいたのだが三春の盆踊りは「三春盆唄」一曲が延々と生で唄われ、その唄に合わせた笛と、やぐらの上では特有のバチさばきをしながら叩く三春太鼓の音が響き渡っているのだ。ここには炭坑節が流れることもなければ、子供向けにアラレちゃん音頭が聞こえてくることもないけれど、この町だけの盆唄と踊りと太鼓がある。ましてやスピーカーから聞こえてくるのは全て生の音、ライヴではないか。そのことにハッとしながら踊りの輪に混じって何周も何周もしているうちに、頭の中の考えは浮かんでは消え浮かんでは消えていった。あれが踊りトランスとでもいうのだろうか。浴衣かどうかということもその時にはもうどうでもよくなっていた。
 in-kyoがある中町の盆踊りは普段は駐車場になっている場所で行われる。このときは屋台が出て抽選会も行われるがそれも全て町内の方々の手づくりによるもの。大きな鉄板で焼かれる焼きそばやフランクフルトだって、見知った人たちが作ってくれたものはやっぱりおいしく嬉しい。抽選会の景品は町内のお店の品々が並ぶ。それがなんとも言えずあたたかなのだ。やぐらでは盆唄と笛に合わせて中町の太鼓保存会に所属している小学生から大人の方々が順繰りと太鼓を叩いていく。太鼓の音ひとつでも響きと叩き方で踊り手に伝わる熱が違ってくる。太鼓のいい音が響くと「おぉ」とやぐらに目を向ける人もいる。この町で太鼓を叩く子供たちはそうやって成長を見守られてもいるのだろう。
 中町の太鼓保存会にはin-kyoがあるご縁で夫も参加させて頂くことになった。夫は仕事で練習にもなかなか行けず、あのバチさばきをしながら太鼓を叩くことなど果たしてできるのだろうか?と心配にもなるけれど、町の法被を手にして嬉しそうにしているのを見ると、それだけでも保存会に入ったことはまんざらでもなさそうだ。それに飲みの席が楽しそうで何より。いつかくるくると回しながら叩くバチさばきを見ることができるのでしょう。
 
 毎年旧盆の頃に開催される三春町盆踊りは、江戸時代から300年続く三春町の夏の風物詩だ。町の中心地、大町の通りにやぐらが建ち、踊りの輪が道沿いにできる。昔は通りの端から端まで踊りの列ができていたと地元の方にお話を伺った。その頃はさぞかし賑わって城下町らしい華やかさだったのだろうと風景を想像するけれど、自分がいったん踊りの輪に加わってしまうと、そんなこともすっかりと忘れてしまう。ただただ輪の内側へ、外側へ、少し歩みを進めて手拍子をポンと踊りを繰り返す。ここでもA姉妹の姿が目の端に止まり、踊りながらニコリとご挨拶。こちらは下手ながらも同じなんとかなら踊らにゃソンソンとばかりに踊り続けていたが、まだまだ浴衣を着て踊りに加わるほどの勇気はなく、浴衣は数年眠ったままだった。
 それが昨年、暑さにまかせて昼から飲んだビールの勢いだろうか、気まぐれがはたらいて浴衣で盆踊りに出かけることにした。

「あぁ。今年も着る機会がなかったなぁ」

などと、恨めしそうにブツブツ言いながら虫干しでもしようと、浴衣を収納棚から引っ張り出しているのを見て「着て行けばいいでしょ」と夫がひと言。私も私でそれまであんなにどうしよう、どうしようと思っていたというのに「そうだね」とあっさりそうすることにした。
 久しぶりに浴衣に袖を通すと気持ちよく、パリッと糊が効いていて背筋がしゃんとする。大袈裟かもしれないが、浴衣を着ることでようやくここで夏を迎えることができたような気がした。いざ出かける段になって知っている人に合うかと思うと、浴衣を着て出かけるのが少々照れくさいし、やはり尻込みをする。そんなところは人見知りというか引っ込み思案だった幼い頃とまるで変わっていない。それでもいざ踊り始めたら細かいことは忘れてしまうのはさすがに年の功ともいうべきか。
 私の前にはお隣さん、内側の輪にも知っている顔がいくつもある。中町、八幡町、大町のそれぞれの太鼓の音が鳴り響く中、踊りながらじんわりと嬉しさがこみ上げていた。そんなときにYちゃんのお母さんに「あら、あんた!」と言いながら浴衣の上から笑顔でたすきをかけられた。そのたすきはどうやら盆踊りコンテストの受賞者に選ばれたしるしらしい。おそらく努力賞?商品は地元で採れたピカピカの夏野菜たちだった。
 ふとしたときに三春太鼓の音とリズムを思い出す。今年は浴衣の出番はあるのかしらん。