vol.10「喫茶店」夏至 6/21〜7/6
私たち夫婦が三春で暮らすようになって、度々遊びに来てくれる東京の友人、また蔵前でお店を営んでいた頃のお客様がいる。そのほとんどの人が「三春に来るのは初めて」そう言っていたというのにもう何度、足を運んでくれていることだろう。
私がお店を営業している間、それぞれ思い思いに三春の町を散策したり、町内を走る循環バスに乗ってみたり。駅前で電動自転車を借りて滝桜まで行った友人もいるし、温泉でひとっ風呂浴びてさっぱりした後、in-kyoに戻ってコーヒーをなんて楽しみ方をする人も。いつの間にか町の人と名前を呼び合うほど親しくなっていたりして。みんな実に自由。回を重ねるうちに、勝手知ったるやのごとく町に馴染んでいく様子がたまらなく可笑しく、そして嬉しい。
そんな友人のうちの一人がいつ頃だったろう?
「あそこの喫茶店に行ってみたんだけど、ナポリタンが美味しかったし、水槽にかわいいナマズがいたよ」
「あそこ」とはin-kyoから歩いて2~3分ほどの距離にある喫茶店「メロディー」のこと。近すぎてそれまでなかなか行く機会がなかったのだ。東京からやって来た友人に、私が知らない三春のことをこうして教えてもらうとは。しかも歩いて数分の場所。灯台下暗し。まだまだだなぁ。
きっかけはそんなことで通い始めた「メロディー」。メニューは7種のスパゲティ(パスタと言わないところがまたいい)、ピラフにトースト、ピザなど。飲み物やケーキだっていろいろあるのだけれど、私が注文するのは大抵、ナポリタンセット。ドリンクが付いて税込¥550というこの価格は、創業から変わらないというからびっくりだ。
玉ねぎにピーマン、水煮のマッシュルームとベーコン。新鮮な材料を使って、しっかり煮詰めた甘みのあるトマトソースが全体によくからまった、懐かしく私にとって正しいナポリタン。もちろんタバスコとパルメザンチーズも振りかけて。コーヒーは食後にサイフォン式でいれた熱々をご主人が出して下さる。正しい、正しくないというものでもないのだけれど、真っ当という言葉がしっくりくるのかもしれない。
店内はこざっぱりとキレイに掃除が行き届いていて、壁に飾られた数枚の三春の風景写真は、季節に合わせて掛け替えられる。小さく流れ聞こえてくる音楽は店主ご夫妻が好きなクラシック。その程よさが心地いい。そして友人が言っていたナマズはというと、店内にある水槽の中でゆったり構えて出迎えてくれるのだ。はしゃぐように?暴れている姿を稀に見ると心配になったりもするけれど、しばらくするといつものように平和な姿でじっとしている。ナマズをこんなに近距離で、しかもじっくり見たことなどこれまであっただろうか。水槽横の座席が空いていれば、そこに座るのも今ではお決まりのようになっているが、ナマズは私のことなど覚えてもくれていないのだろうけど。英名キャットフィッシュという名の通り、猫のヒゲのような長い口ひげが生えていて、大きな口は常に口角が上がって笑っているようにも見える。なんとも言えないユニークな顔立ちは、見ているだけで和まされる。東京の友人からは「ナマズは元気?」とメールが届くこともある。密かな人気者だ。
友人から「メロディー」を教えてもらい通うようになり、今では三春にやって来た別の友人や、in-kyoで展示を行う作家の方の設営時などに一緒にお昼ごはんを食べに行くようになっていて、再び三春を訪れた際は「あそこに行きたい」という声も多い。
ちょうど今頃だったろうか。ある蒸し暑い夏の日、気まぐれで「バジリコスパゲティ」を注文したことがある。玉ねぎの甘さと控えめに入れたピーマンのシャキッとした食感が、ドライバジルとピリリと効いた黒胡椒にぴったりの組み合わせ。そこに細く刻まれた生の大葉がたっぷり乗って、味も見た目の緑も爽やかで夏空がよく似合う。私の夏の期間限定気まぐれ注文メニューに加わった。
自分が暮らす町に、日常の中でホッとできる普段着のような味わいのお店、そんな場があるというのはしあわせなこと。三春出身の方が帰省すると、お昼ご飯は家族みんなで「メロディー」へという話も聞く。それはきっと味だけではない空気のようなものに触れたいから。それをずっと日々積み重ね、作り続けているのはやっぱり人なのだ。