「悪いインターネット」と持続可能な社会を目指して
久しぶりにTwitterで悪いインターネットをしてしまいました。暫く離れていたとしても悪いインターネットは友達のフリして近づいてきて、軽い気持ちで1回でもツイートをキメると際限なくツイートしたくなってしまう。一説によるとSNSにはコカイン並の依存性があるとも言われていますが納得です。私もnoteでは何度か距離を置く宣言をしてきましたが...
この依存性の強さは何なのかを考えると結局のところ自己顕示欲が刺激されるからなのでしょう。なんだかんだ言っても自分のツイートが拡散されると気分良いし、フォロワーが増えるとレベルが上ったかのように錯覚する。実社会においてはなかなか味わえない感覚です。ただ、この快楽こそが昨今の炎上問題にも繋がっているということは私も霊感レベルでは理解していて、炎上に加担してはいけないと思いつつも頓馬なツイートには突っ込まずにいられないという悪循環。これはもう詰んでいるのでは。
■ピーキー過ぎるTwitter
「西浦みかん大使」ポスター炎上の火種となった華月氏のツイートに関しても、元々は軽い気持ちで「見てみて〜こんなの発見したよ〜褒めて褒めて!」程度のものだったと思います。それがここまでの炎上に繋がるとは本人も思っていなかったのではないでしょうか(太田啓子弁護士は意図的でしょうけど)。もちろん最初のうちはお仲間のRT/Favによって拡散されたのでしょうけど、皮肉なことに私も含めてこのツイートを袋叩きにする批判側が現れたからこそ、この泡沫アカウントの何気ないツイートが物議を醸す展開となり、今回の炎上に繋がってしまったとも言えるのです。
華月氏のこの発言が本心なのかどうかはともかく、話し合いで落とし所を探っていくこと自体は悪いことではない(何様かとは思いますけど)。ただ気化したガソリンが充満しているかの様なTwitterにおいては、こういう問題提起によって火花が散ると一気に爆発炎上してしまうのですね。
とは言え悪質な勘違いツイートを放置するのが正しいとも言い難く、自由闊達な意見を出し合えるのが健全な世の中なのでしょう。異常なのは「音を立てたら、即死」状態であるTwitterの環境の方であり、個々の意識はそこまで悪意に満ちていなくて、難癖をつけるクレーマーたちも実はそこまで狂人では無いのではないか。などと少し性善説的に捉えるようになっています。
このように殺伐としたTwitter界隈において、自身のツイートに噛み付いてくる人たちをクリーチャーに仕立て上げ「一騎当千したった」本を昨年末に出版した石川氏が興味深い記事を投稿しました。
■感情のエクササイズ
一部において物議を醸した記事で、私もTwitterで軽く批判しましたが、色々と考えさせられる内容ではあります。「私(女性)は本当に感情的なのか?」「相手(男性)は本当に論理的なのか?」「お気持ち表明は悪いことなのか?」という問題提議自体は有意義であり個人的に共感出来る部分もあります。石川さんと直接お会いしたことはありませんが、彼女の動画や討論会の記録などを見た印象では感情を出すことが苦手というのは事実なのでしょう。ただこれは私が以前から述べてきた「ツイフェミの怒りは見せかけ」説を強化する内容でもあります。
私は職業柄若い女性と絡むことが多いのですが、彼女たちの多くは感情的なタイプではありません。むしろ人前では無表情で何を考えているのかわからないケースが多い。顔面偏差値の高い子でも(むしろの顔面偏差値の高い子ほど)男性経験が少なく、過度に健全で不謹慎ネタや下ネタなどは嫌う傾向があり、一見すると「良い人で従順」っぽい。ただSNSやLINEにおいては上司の愚痴などを、それはもう口汚く罵るわけです。グループLINEなどの閉ざされた領域ではそうやって党派の結束を固める努力はするのですが、上長に直談判するなどの具体的な行動には移さないため、職場環境の改善には一向に繋がらず、それどころかセクショナリズムが蔓延し悪化の一途を辿ってしまうのです。最近のフェミニストや石川さんもこれと似たような状況に陥っていますよね。
まあこれが本音なのでしょう。フェミニストは一人一派とはいえど、概ね「女性だけの街」を作るベクトルになっているという私の認識に狂いは無さそうです。実際の職場などにおいても環境改善のために上司(男性)と交渉のテーブルにつこうものなら党派から「私達の居場所を無くすようなことをするな!」「空気を読め!」とパージされかねないのです。個人的にはこの構造こそがジェンダーギャップを維持させているのだろうなと思うのですが、その方が彼女たちにとって都合(略
フェミ批判をしたいわけではないので話を戻しますが、最近の若い人たちの多くは保守的な教育のせいか、石川さんが仰るように非常に抑圧的で自己肯定感が低く、感情を表に出すことを拒んだり性嫌悪の傾向があるのは事実だと思います。感情や性欲が無いわけではなく無意識的に押し殺しているのでしょうけど、そのリビドーの解放先として匿名性の高いSNSが選ばれているのでしょう。感情の表出のさせ方が歪んでいるといいますか、時代に合わせて変容したのだろうなと。ただそうやってSNSで感情のエクササイズを行うほど、自分の中にある純粋な「お気持ち」からは遠ざかってしまうのではないかと懸念しています。
■「お気持ち」よりも自己顕示欲
怒りの種類には大きく分けて私憤と公憤があり、MeTooムーブメントやSNSの炎上は主に公憤にあたるわけですが、私はこれがどうも信用出来ないのです。自分の利害を超えた怒りなんて頻繁に発生するものではないし、殆どは利己的な自己顕示欲のために公憤や炎上を利用して正義棍棒で殴っているだけではないかと見ています。本来公憤とは私憤から社会の問題点を見出し改善へと繋げるための手段であるはずなのですが、その手段が目的化しているのではないかと。
そう考える理由は、炎上に乗じて感情的かつ攻撃的なツイートを行うほどバズることが出来るからです。逆に個人の体験をベースとした私憤的なツイートは共感を呼べるネタが少ない上に身バレなどのリスクも高い(当たるとバズりますが)。こういう私的な「お気持ち」によるカタルシスよりも、炎上ネタを見つけてポジショントークを行い承認欲求を得る方が気楽に快楽が得られてしまうとなると、無意識的にそちらの方がモチベーションの中心になるのではないかと考えています。そしてこういう「悪いインターネット」を続けていると、石川さんの思惑とは裏腹に、自分自身の「お気持ち」は押し殺されることになり、サイバーカスケードも相まって付和雷同性が強化され自然と自我の無いゾンビ状態に陥っていくのではないか。と考えています。これはフェミニストに限らずSNSの利用者全体に言えることですが、それだけ「悪いインターネット」の依存性は強いのです。
■炎上の実態はソシャゲの定期イベント
分かりやすい例が堀ちえみ氏のブログに誹謗中傷を行った50代主婦です。ファンでもアンチでもないのに「(堀を)たたく人が多いので、なんとなく…」という動機のみで誹謗中傷を行ったとのことですが、昔ながらの2ch的「祭り」感覚ですね。この主婦が特殊なのではなく、誰もが自我のないゾンビ状態に陥る可能性があるのが群集心理の怖いところ。近年は「私達の怒りは本物」だの「私達の怒りと向き合え」などと自分たちのムーブメントを正当化するケースも多々見られるようになりましたが、所詮は炎上騒ぎに過ぎず、娯楽や悪ふざけの要素が強かった2ch的「祭り」と本質はそれほど変わっていないと思います。SNSの登場によって自己顕示欲が付加されて加速がついただけで。
以前にも述べましたが、フェミニストたちは萌え表象自体に本気で怒ってなんかいません。誰かによる重箱の隅をつつくような指摘をきっかけにしてソシャゲのように定期イベントを起こしているだけです。今回の沼津みかん騒動においても過去に散々萌え表象に難癖をつけてきた某ツイフェミが、実は熱心なラブライバーであることが判明しました。私的にはラブライブなんて典型的な萌え系で、いつ燃えてもおかしくないコンテンツだと予予思っていたのですが、まあ、この方も今まで叩いてきたラブライブ以外の萌え表象は「たたく人が多いので、なんとなく…」と、何も考えずにゲーム感覚で便乗しただけなのでしょう。
この方だけではなくTwitterでは美少女アニメアイコンのアカウントが萌え表象を叩くという、私から見れば自分で自分の首を絞めているとしか思えないような光景を目にすることも珍しくありませんが、ゾンビが音の鳴る方へと群がるのと同じで、そこに自我なんて無いのでしょう。あるのは男(オタク)に噛みつきたいという加害欲とそれによって伴う承認欲求のみ。性的モノ化だの不自然な描写だのと様々な理由をつけていますが、祭りを正当化するために全て後付けでこじつけているだけです。宇崎ちゃんも高海千歌も炎上をきっかけに倫理的にNGと判断するようになっただけのくせに、こういう後出しジャンケンでイキれる人として軸のブレまくった連中が「私が監修すれば炎上しなかったのに!」とか噴飯物です。「コロンブスの卵」って知ってる?聞いたことはあっても理解出来ていないのでしょうね。だいたい製作側の意図は受け手側にもくまなくダイレクトに伝わるものだと本気で考えているような頓馬に炎上コンサルなんて務まるわけがないでしょうが。
石川さんが実社会において侮辱的な発言に対して反射的に怒れないのもディベートの技術以前の問題として、自我が未熟で怒っていいのかどうかジャッジする人が側に居ないからなのでしょう。Twitterで「怒る練習」をしたところで単純に迷惑だし適切に怒れるようにもなりませんよ。仮に怒れるようになったとしても、それはフェミニズム等の教義による外発的動機付け(洗脳)に過ぎず、石川さんの自我はどんどん削られていくだけだと思いますけどね。それよりもヒトカラに篭って大声を出すとか、ノートに自分の考えをまとめるとか、瞑想でも行ったりする方が自分自身の「お気持ち」と真摯に向き合えるのでは無いでしょうか。とにかく現代人は情報過多で自分自身の「お気持ち」や自我を研磨するための孤独が足りない。見せかけのお気持ちによって結束された党派もまた見せかけに過ぎないのですよ。
■炎上との共生
と、こういうことを「悪いインターネット」を行っている人たちに訴えたところで無駄なのは分かっています。私の身の回りにいる若い子たちに関してもSNSで承認欲求を得ることが最高の娯楽になっている以上、私が「SNSを控えて自分自身と向き合い、彼氏/彼女と濃厚な性愛関係を築いた方が有意義な人生を送れるのではないでしょうか。」などと説教じみたことを提言したところで歯牙にも掛けないでしょう。かくいう私もこうやって依存しているわけですから土台無理な話なんですよね。
自称フェミニストやクレーマーたちのデタラメな主張を地道に反論していくことも意義のあることだとは思いますが、ロジカルに反論してそれなりにダメージを与えられるのは学者先生たちの信用くらいのものでしょう。鼠蹊部の影が卑猥だの何だの言ってる匿名の野良フェミをフェミニズムの文脈で殴ったところであまり意味はないですし、炎上を沈静化させるどころか、むしろ炎上やサイバーカスケードを加速させている側面もあるのです。
個人的には泡沫アカウントの一挙手一投足に過剰反応するのは控えて、おかしなことを言う人とは一歩距離を置くように心がけた方が良いんじゃないかなとは思うのですが、Twitterのシステム上、泡沫アカウントであろうと伸びるツイートは伸びるので一部の人が腫れ物に触るように接したところで無駄な足掻きなのでしょう。つまり炎上は予測不可能な自然現象と同じで「起きるもの」と捉えた方が良い。
炎上は避けようがないとなると「音を立てるな!ウォーカーが寄ってくるぞ!」という風に、身を潜める世界が健全だとも思えないので、今はもう加速主義的に炎上覚悟で言い争った方が世の中の摂理的にも正しいのかも知れません。だとすれば企業や団体も炎上が起きない様にビクビクと配慮するのではなく、防壁を築いて炎上とうまく付き合う方向にシフトした方が良いのではないでしょうか。
クレーマー自身が「私達にだって批判する自由はある!」と主張しているのだから勝手に批判させておけば良いのですよ。確かに本音で語れる批評の場は今のところSNSぐらいしか無いわけですから、批評の場は維持しつつもそこから派生する業務妨害や誹謗中傷などを行うゾンビからの攻撃を防ぐ防壁を築けば良いのです。──念の為に申し上げておきますが炎上商法を推奨しているわけではありませんよ。そんな事しても信頼を失って後々痛い目見るだけですからね。
■配慮よりもソフト・テロ対策を
ここで「西浦みかん大使」ポスター炎上の話に戻りますが、今回のららぽーと沼津でのコラボ展示中止は、本家本元のJAが折れたわけでは無いので正直に言うと楽観視しています。あくまでレンタル会場への電凸というシステムの脆弱性を突かれただけの事故であり、今回の経験を今後の対策に役立てて行けばいいのかなと。
JAが折れずに「西浦みかん大使」を継続する方針を打ち出したことは、宇崎ちゃん、いや、あいトリの件以降、企業や団体側に炎上に対する耐性がついてきたのかなと前向きに捉えています。
もちろんコラボ展示中止だけでも悔しいことは悔しいのですが、今はクレーム処理などによって業務の支障を来さない新しいシステムが構築・普及されるまでの過渡期なのだろうなと見ています。コールセンターのAI化など技術面においてはまだ先の話になりそうですが、テクノロジーに頼らなくても、会話録音の事前告知や連絡先の確認を行うだけでもクレーマーのトーンを落とすことは出来るんですよね。とにかく今は「不当なクレームによる表現の取り下げこそ公共の福祉に反する」と企業や団体側に地道に啓蒙していくのが重要なのでしょう。
ここで私たちが気をつけるべきことは、今後炎上騒ぎが起きて仮に企業や団体が表現を取り下げたとしても、あまり彼らを責めないことだと思います。私も以前は炎上に屈する企業側を批判していた立場なのであまり強くは言えないのですが、SNSの炎上が電凸などのソフト・テロに発展するまでのハードルが低くなっている傾向もありますし、「クレームによる表現取り下げに対するクレーム」という泣きっ面に蜂状態に追い込むのは、今後リスクの高い企画が避けられるような萎縮する空気を生み出してしまうだけで建設的な行為ではないと思います。それよりも、今回の件のように炎上に負けても応援を続けるくらいの気持ちが大切なのでしょう。
私も今後は「悪いインターネット」とうまく付き合いつつも、炎上の結果に一喜一憂するのではなく、粛々とした態度を心がけたいと思います。
おわり
(2020.2.28加筆・修正済)
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