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長編評論『儀式の日常化』十八枚。2006年に初演された『THE BEE』。その軌跡を辿ります。

 評論 長谷部浩『儀式の日常化』(『野田秀樹の演劇』河出書房新社 2014年)を、ここに再録します。

 2006年に初演された『THE BEE』から、2012年の一月から三月まで、イン グリッシュ・バージョンは、ニューヨーク、ロンドン、香港をめぐるワール ドツアーまで、この作品の軌跡を辿ります、。

 暴力が極限にまで行き着くとき、人は何を聴くのか。 野田秀樹が二○○六年六月、ロンドン、ソーホーシアターで発表した 『THE BEE』は、芸術性と大衆性の綱渡りによって、現代演劇の前線を走っ てきたこの劇作家・演出家にとって、新境地ともいえる舞台となった。

 この舞台は、筒井康隆が一九七六年に刊行した『メタモルフォセス群島』 に収録された短編小説「毟りあい」を原作としている。野田は英国の劇作家 コリン・ティーバンの協力を得て戯曲化し、通訳を介さず英語で演出を行っ た。 二○○三年にやはりロンドンのヤング・ヴィック・シアターで上演した 『RED DEMON』が、日本語で書かれた旧作『赤鬼』を英訳した英国版で あったのに対し、この作品は、日本では未発表の新作であり、ロンドンでの 四回のワークショップのために、はじめから英語で書かれた。

 主演にローレ ンス・オリヴィエ賞を受けたキャサリン・ハンターを迎えての上演であった。 『RED DEMON』が、現地のジャーナリズムに酷評を持って迎えられたの を考え合わせると、もはや失敗は許されない。本格的な英国進出の企ては、 重要な分岐点に立たされていた。

 平凡なサラリーマンのイド(ハンター)が家に戻ってみると、脱獄した犯 罪者のオゴロ(グリン・プリチャード)によって、六歳の息子と妻が人質に されている。すぐさま警察とマスメディアに取り囲まれるが、傲岸な警部 (トニー・ベル)の対応に不信感を抱き、強引なレポーターたち(野田、ベ ル)に辟易したイドは、オゴロの妻(野田)の家に向かう。夫への説得を拒絶する妻に苛立ったイドは、妻と息子(プリチャード)を人質にして立てこ もり、オゴロと電話で直接交渉をはじめるが、事態は暴力的な「儀式」へと 転がり落ちていく。

 野田は、今回の演出で舞台上の物に二重三重の意味を持たせている。

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年々、演劇を観るのが楽しくなってきました。20代から30代のときの感触が戻ってきたようが気がします。これからは、小劇場からミュージカル、歌舞伎まで、ジャンルにこだわらず、よい舞台を紹介していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。