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【劇評164】十三世仁左衛門追善興行。 菊五郎の至芸。☆★★★★

 今月の歌舞伎座は、十三世片岡仁左衛門の二十七回忌。故人ゆかりの狂言が、我當、秀太郎、仁左衛門三人の子息によって演じられる。
 私は一度だけ、十三世の素顔に接したことがある。
 といっても、南座の楽屋口。昼の部が終わって、人を待っていると、十三世仁左衛門がひとりぽつねんと立っていた。ベージュのステンカラーコートがよく似合って、まるで京都大学の学者さんのような佇まいだった。 一九九二年の二月。資料を調べてみると、十三世は、賑やかな『江戸絵両国八景(荒川佐吉)』で、相模屋政五郎を勤めている。佐吉は、孝夫(現・仁左衛門)第九の辰五郎は、十八世勘三郎(当時・勘九郎)の配役である。底冷えのする京都が思い出される。
 
 さて、二月大歌舞伎夜の部の追善狂言は日本。
 まずは、我當による『八陣守護城(はちじんしゅごのほんじょう)』が出た。
 この芝居は、十三世仁左衛門から受け継いでいる。加藤清正の忠誠を描いた短い幕だが、大船の上に座して、我當はほとんど動かない。義太夫は泉太夫。新之介、萬太郎、片岡亀蔵、魁春らで運ばれていく。我當は短い台詞を振り絞るように語る。生きていること、舞台にいることがひとつになる。歌舞伎俳優にとっては、舞台上にいること、それが芝居になると思わせる。それがまた、悲運の武将、加藤清正の無念と重なり合う。
 珍奇を追うだけが歌舞伎ではない。命のゆらめきを観た。

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年々、演劇を観るのが楽しくなってきました。20代から30代のときの感触が戻ってきたようが気がします。これからは、小劇場からミュージカル、歌舞伎まで、ジャンルにこだわらず、よい舞台を紹介していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。