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【劇評327】細川洋平の『センの夢見る』が、永遠に問いかける「夢見る力」。

 私にとって、2022年は『レオポルトシュタット』の年だった。トム・ストッパードは、ウィーンの裕福なユダヤ人家族が、1899年から経験せざるをえなかった流転を描いていた。ナチスの台頭、戦争の激化、そしてユダヤ人虐殺が扱われたこの舞台を、九月にNYで、十月に東京の新国立劇場で観た。ヘヴィーだけれども、二十世紀を振り返るために、どうしても必要な体験だったと思う。

 けれども、この『レオポルドシュタット』を、ガザ地区でのジェノサイドが現実に進行している今、再演された舞台を、観たとしたら、当時とはまた、別の感慨があるだろうと思う。

 細川洋平作・演出の『センの夢見る』は、今、現在、私たちが直面している苛酷な状況と、1945年のオースウトリア、レニッツを交錯させる。
 ハンガリー国境近くの町で、ルイズ、アンナ、アビーが、それぞれ将来を夢見る居間と、なにか困難をかかえつつも、泉縫と伊緒が暮らす居間が、接続させる。どうやら、どちらの家も、そばには川があるらしい。

 私はこの俊英の新作を観て、さまざまな思いに捉えられた。もっとも強く感じたのは、能登の地震の被害がいっこうに解決されないにもかかわらず、東京での日常は淡々と続いている事実である。

 この舞台は、単にナチスドイツの残虐的な犯罪を告発するために書かれたのではない。
 むしろ、世界中のそこかしこで、人間の尊厳を踏みにじるような事件が、絶え間なくつついているにもかかわらず、平穏な日常をむさぼっている私への告発であるように思われた。

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年々、演劇を観るのが楽しくなってきました。20代から30代のときの感触が戻ってきたようが気がします。これからは、小劇場からミュージカル、歌舞伎まで、ジャンルにこだわらず、よい舞台を紹介していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。