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【劇評274】その身を捨てるほどの祖国。文学座『マニラ瑞穂記』の問い。

 信ずるべき国とは、どこにあるのだろうか。

 秋元松代作、松本祐子演出の『マニラ瑞穂記』は、大きな問いを投げかける。人間ひとりひとりの身体感覚の大切さについて雄弁に語りかけてきた。取るに足らない人間など、いつの時代も、どの世界にも、いるはずもない。

 本作は、題名の通り、フィリピンの首都マニラにある日本領事館を主な舞台として展開される。

 時は明治三十一年(一八九八年)。スペインの支配が崩壊しつつある騒乱のなかで、この公館に、フィリピン独立運動を支援する日本人の運動家岸本(上川路啓志)平戸(小谷俊輔)、日本から追われるようにして海を渡ってきたからゆきさんのもん(鈴木結里)、はま(鬼頭典子)いち(下池沙知)、領事館の武官をつとめる古賀中尉(駒井健介)らが、夜明けの倦怠のなかに時間をやりすごしている。

 領事の高崎(浅野雅博)とは、シンガポール時代から宿縁の女衒秋岡(神野崇)が、ふたりのからゆきさん、タキ(鹿野真央)とくに(増岡裕子)をともなって、この領事館に現れたところからドラマは動き出す。


 第一幕の焦点は、この地の暑い太陽が、理想や欲望に取り憑かれた人間たちを、いかに蝕んでいくかにある。明治天皇に対する忠誠さえも揺らぎ始める。秋岡だけが「今日これだけ日本人が方々の島々に拡がったとは、そんお陰じゃ。あん女(おなご)どもと、おれたちは、日本の南方発展の人柱なんじゃと、そう云うちやってもらいたか」大言壮語している。

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年々、演劇を観るのが楽しくなってきました。20代から30代のときの感触が戻ってきたようが気がします。これからは、小劇場からミュージカル、歌舞伎まで、ジャンルにこだわらず、よい舞台を紹介していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。