野田秀樹の劇場 その4。夢の遊眠社解散からシアターコクーン、そして新国立劇場へ。
すべての集団には終わりがある。
九二年の九月、『ゼンダ城の虜』をシアターアプルで上演して、夢の遊眠社は解散した。歌舞伎町の深部にあるこの劇場は、どこか陰気で、ここで解散公演かと溜息をついた。
このときも、ゲネプロに呼ばれたのをおぼえている。長年、ともに走ってきた評論家への配慮だったのろうか。久しぶりに芯となる主役を勤めた野田が、場面を終えると舞台から降りて、廊下にそなえつけたモニターへと走り、自分の演技をチェックしていた。暗い廊下が悲しげに思えた。
解散の理由については、先のインタビューで野田は以下のように答えている。
「今稽古していて、まだ二日か三日ですけれど、やっぱりいいですよね。集団としてはいい劇団だったなと思うし、ちょっとよぎりますよね。おれ、なんでこんなところを解散しようとしているのかって(笑)。でも、解散すると言ったから、つくづくいい劇団なんだなと今稽古しながら思うんだかけど、解散していなければ、今この稽古場にいて、やっぱりずっと何かひっかかりがあったと思うんですよ。本当にこれを繰り返していて自分は満足するんだろうかというのが絶対ある。今解散して、つまり今死ぬと明言したから、すごく生きているんだと思うんですよ。そういうことって、すごく集団には必要なことだと思うんですよね」(前掲書 四六四頁)
年々、演劇を観るのが楽しくなってきました。20代から30代のときの感触が戻ってきたようが気がします。これからは、小劇場からミュージカル、歌舞伎まで、ジャンルにこだわらず、よい舞台を紹介していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。