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仁左衛門と玉三郎の永遠。

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歌舞伎を長年のあいだ支えてきた片岡仁左衛門と坂東玉三郎の舞台を集めたマガジンです。ふたりが競演した『桜姫東文章』はじめ、近年の作品について書いた劇評を網羅しています。永遠の二枚目…
仁左衛門と玉三郎の舞台を、永遠に見たい。そんな気持でマガジンを作りました。
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#坂東玉三郎

【劇評175】現世の人の身の背後に、亡霊が。玉三郎の『口上 鷺娘』にこぼれる悲しみ。

 一九八六年にアンドルー・ロイド・ウェバーによるミュージカル『オペラ座の怪人』が誕生した。ガストン・ルルーの小説を原作とした舞台は、世界を席巻した。才人、加納幸和は二○○一年に福島三郎との共同台本で、『かぶき座の怪人』という自由な翻案を作り上げたのを思い出す。  この九月、第四部に用意されていたのは、映像×舞踊 特別公演と副題がついた『口上 鷺娘』である。  襲名でも追善でもないから、「口上」は地方巡業でよく行われるようなご当地での挨拶と思っていた。  この予想は見事に裏切

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役者人生に微妙で、重大な影響を与える「代役」。玉三郎、三津五郎、海老蔵、菊之助について。

 代役という言葉にひかれる。  歌舞伎の世界に留まらず、代役によってチャンスを得た人は多いに違いない。  私が一九九九年から五年ほど、日本経済新聞で現代演劇の批評を書く機会を与えられたのも、代役だったと聞く。  予定していた筆者に不都合があって、亡くなった文化部編集委員の川本雄三さんが推薦して下さった。川本さんとは芸術祭の審査委員でご一緒していたときに毎日のように劇場でお目にかかった。その決め手になったのは、「観劇態度がよい」だったと周囲から聞いた。姿勢を崩さずに観ていたのが

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【劇評197】玉三郎が上代の神秘をまとって歌舞伎座に帰ってきた。

 玉三郎が帰ってきた。  十二月大歌舞伎第四部『日本振袖始』は、初日から七日まで、菊之助の岩長姫実は八岐大蛇、彦三郎の素戔嗚尊、梅枝の稲田姫の代役でまですぐれた舞台を見せていた。  八日の休演日をはさんで、玉三郎の岩長姫、菊之助の素戔嗚尊、梅枝の稲田姫という本来の配役で、ふたたび幕を開けた。  九日の舞台を観て思った。 この『日本振袖始』は、源頼光や安倍晴明が登場する平安時代の怪異譚ではない。  時は上代、文字や仏教思想が到来する前の混沌たる日本の物語なのだと思った。ここに

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【劇評206】仁左衛門と玉三郎。見交わす目と目の陶酔。

 番組が発表されたときから、舞台への思いは始まる。その期待が自分の予想どおりに満たされたとき、観客の満足は、いよいよ高まる。  二月大歌舞伎第二部は、二本とも仁左衛門と玉三郎の出演。特に『於染久松色読販(おそめひさまつうきなのよみうり)』は、昭和四十六年六月に新橋演舞場で上演されてから、「お染の七役」として、ずっと当たりをとってきた「とっておき」の出し物である。  昭和の歌舞伎が懐かしい古老も、伝説の舞台をこの目で確かめておきたい若手にも期待された舞台だった。  今回は

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【劇評213】第三部Aプロ。玉三郎の『隅田川』。これは夢かあさましや

 役者が積み上げてきた技藝と伝承は、どんな関係にあるのか。  歌舞伎座第三部Aプロを観て、そんな疑問が浮かんだ。まずは吉右衛門、幸四郎の『楼門五三桐』である。 石川五右衛門という世紀の盗賊のイメージを極端に拡大した演目である。南禅寺に楼門に陣取り、天下を見下ろしている。その気宇壮大さがテーマの演目である。  吉右衛門は時代物での大きさを見せる英雄役者である。国崩し、辛抱立役の第一人者であるが、こうした役者の大きさを見せる芝居でも無類の大きさで舞台を圧する。 この大きさ

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【劇評214】玉三郎の後に玉三郎はいない。歌舞伎座Bプロ。『雪』と『鐘ヶ岬』の藝境。

 歌舞伎座第三部、偶数日、奇数日という演目変更ではなく、玉三郎がふたつのプログラムを出して、みずからが構築した舞踊の総決算を行っている。  Aプロの『隅田川』が、六代目歌右衛門に対する返歌であるとすれば、Bプロの上『雪』は、故武原はんに向けての献花に相当する世に思った。  玉三郎は、文学座の杉村春子の当り役を継承する試みを長年にわたって行ってきた。地唄舞の『雪』をはじめて手がけたのは平成十二年の九月、ル・テアトル銀座での公演である。武原はんは、平成十年に亡くなっているから

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【劇評227】仁左衛門、玉三郎、エロティシズムの根源。『桜姫東文章』の秘法。

 四月の歌舞伎座を満席にした『桜姫東文章』(四世鶴屋南北作 郡司正勝補綴)の下の巻が、六月の第二部に出た。  上の巻は、前世の因縁と清玄と桜姫の墜落を描いた。下の巻は、ふたりの流転と、仁左衛門二役の釣鐘権助の荒廃ぶりに焦点が合う。  序幕は、岩淵庵室の間から。歌六の残月と吉弥の長浦は、上の巻にも増して、嫉妬と憎悪に貫かれている。美男美女と対になる醜悪な悪党ぶりで、場内を沸かせる。歌六、吉弥、仁左衛門、玉三郎の対比が、人間の諸相を現しているかのようだ。  孝太郎のお十は、

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【劇評236】仁左衛門、玉三郎。『四谷怪談』は、観客を地獄へ連れて行く

 急に秋雨前線が停滞して、底冷えのする天気となった。怪談狂言を観るには、いささか寒すぎるせいか、四世南北の描いた冷酷な世界が身に染みた。  今年の歌舞伎座は、仁左衛門、玉三郎の舞台姿が記憶されることになるだろう。  玉三郎に限って言えば、二月の『於染久松色読販』、三月の舞踊二題『雪』、『鐘ヶ岬』、四月、六月の『桜姫東文章』上下、そして今月の『東海道四谷怪談』と舞踊を交えつつも、孝玉の真髄を味わうことができた。  かつての孝夫、玉三郎時代の淫蕩な舞台を思い出す古老もいえれば、

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【劇評256】仁左衛門、玉三郎の名品『ぢいさんばあさん』を読む。

 宇野信夫は、六代目菊五郎に数々の名作をもたらした劇作家として知られる。  この『ぢいさんばあさん』は、昭和二六年七月、東西同時期に初演された。二世猿之助の伊織、三世時蔵のるんは、歌舞伎座。また、大阪歌舞伎座で十三世仁左衛門の伊織、二世鴈治郎のるんの配役である。猿之助と時蔵は六十代半ば、仁左衛門と鴈治郎は四十代後半である。  森鴎外の原作によると、後半、ふたりが三七年の間を置いて再会し、江戸の麻布竜土町で暮らすようになったのは、伊織七二歳、るん七一歳とされているから、初演の

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