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天下無双、漢、海老蔵

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市川海老蔵が、不当な非難を受けていることを、残念に思います。役者は舞台がすべてです。海老蔵について書いた劇評を集めました。野性、暴力性、破天荒が評価されてきた海老蔵に、市民社会の…
年末に團十郎襲名を控えていると噂される海老蔵を応援するマガジンです。
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記事一覧

【劇評307】古典を着実にアップデイトさせる團十郎の構想力。

古典をいかに現代に向けてアップデイトするか。  團十郎は、歌舞伎座七月大歌舞伎の夜の部で、この永遠の課題にまっすぐに取り組んでいる。猿翁が三代目猿之助時代に提唱した「3S」が、すぐに思い浮かぶ。  猿翁は、STORY(物語)とSPEED(速度)とSPECTACLE(視覚性)を、歌舞伎が生き残るための必須条件と考えていた。  古典は、見巧者や歌舞伎通のためにあるのではない。初心者が無条件で楽しめるための工夫を、團十郎もまた心がけている。  まずは、『神明恵和合取組 め組の

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【劇評301】歌舞伎役者の一員として責任を果たす。初代尾上眞秀の初舞台。

 上演年表を眺めて飽きることがない。  もっとも手軽なのは、歌舞伎座の筋書で、戦後ではあるにしても、上演年月、配役、備考、上演時間がコンパクトにまとまっている。幕間に、年表を眺め、自分が観てきた舞台を思い出すのは、歌舞伎見物の楽しみだと思う。  團菊祭五月大歌舞伎。昨年の團十郎襲名によって、十五年振りに團十郎、菊五郎が同じ舞台に乗る。今を盛りの松禄、團十郎、菊之助に、大立者たちがからんで大顔合わせとなるのが期待された。  まずは、『対面』。こうした定型の役柄の複雑な組み

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【劇評287】目に焼き付けておきたい玉三郎の揚巻。

 師走の襲名披露は、一年の締めくくり。しかも夜の部は、配役を一新した『助六由縁江戸桜』が出た。  今月が待ち遠しくてならなかったのは理由がある。先月、玉三郎の揚巻を観ることが出来なかったからである。  これはもちろん私の推測にすぎないけれども、玉三郎の揚巻は、これが最後になるのではないかという予感がある。衣裳が重いのは周知のことだ。藝域が頂点に達すると、揚巻のような体力的に厳しい役がむずかしくなる。私は、見納めのつもりで、歌舞伎座へ向かった。  私が観た日の配役は、團十

【劇評286】觀玄改め、八代目新之助の『毛抜』は、荒事の本質に届いていた。

 堀越勸玄は、ひとかどの役者へと進み始めた。  十二月の歌舞伎座は、八代目市川新之助襲名、初舞台の演目として歌舞伎十八番の内『毛抜』が選ばれた。新之助は、弱冠九歳。大らかな荒事ではあるし、家の藝とはいえ、役と本人にあまりにも落差があるのではないか。演目と配役が発表されたとき、危ぶむ声があがった。  現実の舞台を観て、いらぬ取り越し苦労だとわかった、新之助は、現在ある力を振り絞りこの役に取り組んでいる。その誠実さに胸を打たれた。  以前、故十代目坂東三津五郎の聞書きをした。

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【劇評284】技藝を追求する團十郎の弁慶。『勧進帳』で幸四郎と猿之助が襲名を盛り上げる。

気力体力が充実したところに、未来を見据えた技藝が宿る。  さて、『勧進帳』である。  新・團十郎の弁慶、幸四郎の富樫、猿之助の義経。意外なことにこの顔合わせは、はじめてである。

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【劇評282】團十郎襲名の『助六由縁江戸桜』。成熟か、それとも野性か。

 成熟を取るか、野性を取るか。  もちろん、二者選択ではないが、十三代目市川團十郎襲名披露の『助六所縁江戸桜』を見て、私の考えがすぐにはまとまらなかった。  今回の『助六所縁江戸桜』は、令和の歌舞伎界の役者をほぼ総動員した演目である。ただし、この芝居は、なにより助六役者の出来によって成否が決まる。  まずは「出端」である。  揚幕から出たときの姿が勝負であるが、私はめでたい襲名の團十郎の面差しに憂いを見た。花道の七三に進むが、下駄の音も低く抑えて、力感を放出するのを控えて

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【劇評265】「観客はおれを見に来ている」。みじんも揺るがぬ海老蔵の自信。

 海老蔵の当たり狂言となった『夏祭浪花鑑』。六度目の上演である。  今回は、鳥居前、三婦内、長町裏の三場が出た。海老蔵は団七役を十八代目勘三郎に教わったが、勘三郎は串田和美の演出のもとに、発端、お鯛茶屋からはじめて、長町裏のあとには、団七内に戻り、屋根上を出す半通しと比べると、今のご時世に合わせて、万事が簡潔に、この芝居のエッセンスを伝えている。  勘三郎は、団七の心理をリアルに伝えることに主眼を置いた。海老蔵は回を重ねるごとに、『夏祭浪花鑑』の様式美を重く見る。善し悪しを

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【劇評259】海老蔵の復活。歌舞伎座で炸裂する『暫』の大きさ。

 六月歌舞伎座は三年ぶりの團菊祭。三部制を取っているために、大顔合わせは限定されるが、第二部は、菊五郎、海老蔵、菊之助が出演して令和歌舞伎の水準を示す舞台となった。  まずは海老蔵による『暫』。團十郎家成田屋は、荒事の家だけに、海老蔵はなにより舞台で大きくあることを大切にしてきた。七ヶ月ぶりの歌舞伎座で気力体力ともに充実し、客席を圧する。  江戸の顔見世には、なくてはならなかった演目であり、柿色の素襖、車鬢と呼ばれる鬘、白い奉書紙がぴんと張った対の力紙、すべての要素が「力

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新マガジン「天下無双 漢 海老蔵」を立ち上げるにあたって

新しいマガジンを立ち上げる。紹介のために、以下のような文章を書いた。 市川海老蔵が、不当な非難を受けていることを、残念に思います。役者は舞台がすべてです。海老蔵について書いた劇評を集めました。野性、暴力性、破天荒が評価されてきた海老蔵に、市民社会の陳腐な常識を押しつけても、私は意味がないと思います。スキャンダルは、歌舞伎役者の勲章です。  海老蔵についてスキャンダルめいた報道がなされている。  私はワイドショーや週刊誌を見る習慣はないので、詳細を知らない。けれども、扇情的

【劇評233】海老蔵の「北山櫻」。超特急なれど、実質あり。

 海老蔵の行方が気になっている。  團十郎襲名が、コロナウィルスの脅威によって延期になり、まだ予定も発表になっていない。歌舞伎座出演から遠ざかって、二年。海老蔵が第三部に用意したのは、『通し狂言雷神不動北山櫻』である。  筋書によれば、昭和四十二年一月、二代目松緑による復活では、五時間二十一分。平成八年一月、十二代目團十郎による通しでも、五時間一分。現行にもっとも近い平成二十一年一月の海老蔵による短縮版でも三時間四十二分だから、三部制を取っての公演には、大胆なカットが必要に

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【劇評201】海老蔵一年ぶりの演舞場公演。『毛抜』で家の藝を大らかに勤める。

 昨年の春、三か月の團十郎襲名興行が予定されていた。  演劇界のだれもが今回のコロナ渦では、甚大な影響を受けているが、襲名が延期になってしまった海老蔵の心中を思うと実に切ないものがある。二○二○年のオリンピックに出場予定だったアスリートと海老蔵は、運命を狂わされたといっても過言ではない。さぞ無念だろう。  昨年一月に同じ新橋演舞場で座頭を勤めた『新春歌舞伎公演』から一年。東京での公演は久し振りで、どのような狂言建てになるか期待された。  これまでの座頭公演で取り上げてきた

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團十郎襲名記者会見の不思議

 海老蔵の十三代目團十郎襲名についての記者会見が行われた。  いくつか驚いたことを書き留めておく。  海老蔵が、十四代目を名乗るにあたって、市川團十郎白猿という名前にこだわっているとわかったこと。  白猿は、團十郎の雅号であり、歌舞伎の名跡と俳名を同時に名乗ることになるのではないか。菊五郎家でいえば、尾上菊五郎梅幸と名乗るのと同じ理屈になる。  また、今回の記者発表では、「團十郎白猿」と「新之助」が勤める狂言だけが発表されたこと。  つまり、『勧進帳』や『助六由縁江戸桜

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