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「さいたま国際芸術祭2023」、作品と作品外の境目が曖昧になり、アートと日常のあわいが生まれる

今年、3回目の開催となる「さいたま国際芸術祭2023」に行ってきたレポートです。

さいたま国際芸術祭は、さいたま市で3年に一度開催される芸術の祭典です。開催期間は、12/10(日)まで。

今回、メイン会場のディレクターを務めているのが、現代アートチーム「目 [mé]」。テーマは「わたしたち」、仕掛けるのは「すべてを見ることができない芸術祭であること」

用意されたものでない『本当の〝気づき〞や〝体験〞には、観客がそれを見逃してしまう可能性が不可欠』とする本芸術祭。

いつ来場しても同じ体験がキープされているのではなく、あえて観客が〝見逃す〞機会を多くつくることによって、そこで出会った体験の固有性を裏付ける。いつ、どこで、誰と、どんな状態でそれを体験をしたか。

その日の天候、下車した駅、歩んだルート、ふとしたきっかけで目に止まった景色に至るまで。

『何気ない経験の数々を、いつもより少しだけ積極的に見つめることで、誰にも奪えないような固有の鑑賞体験につながっていく』そんな状況が生まれる芸術祭を目指し、65日間さいたまに展開される。

公式サイト

メイン会場は、旧市民会館 おおみや。もともと市民会館として使われていた建物が、芸術祭の会場として使われています。

会場内は、順路はあるが迷宮のようになっています。すぐ隣の行けそうな展示は、透明な壁で遮られています。

周りをうろうろしますが、見えている空間に行くための道が見つかりません。まったく別の入り口から入る必要があります。

すぐ近くにあり繋がっているように見えているが、分断されています。

建物の外から中へ設置された透明板による”導線”は、そのまま内部へと侵入し、時に展示空間を分断/接続させながら会場全体に展開されています。

“導線”を構成するフレームの1つひとつは、「窓」の機能を持ち、その向こう側の何気ない光景、廊下に射した光や、使われなくなった椅子など、鑑賞者も含めた会場空間の至るところを「景色」としてわたしたちに対峙させます。

会場内掲示のあいさつ文より

会場内を進む中で、当時の控え室・管理室のような場所や、現在の芸術祭スタッフの常駐する控え室を垣間見ることができます。

それは、かつての、さいたま市の様子を追体験することでもあり、自分が「芸術祭の内部」に取り込まれてしまったような錯覚を与えます

会場内には、タイトルがついた作品以外にも、イースターエッグのように、題名のないオブジェクトたちが転がっています

それを作品と呼ぶべきなのか。テーマの説明どころかタイトルさえなく、作品かどうか疑わしい。

置かれているオブジェクトが、落とし物なのか展示なのか備品なのか作品なのか。意図なのか無作為なのかトラブルなのか偶然なのか。

観測された瞬間、アートは生まれる

くわえて、目[mé]の仕掛けているのが「SCAPER(スケーパー)」というプログラム。

「SCAPER(スケーパー)」とは、例えば「絵に描いたような画家」の格好をした風景画かだったり、まるで計算されたかのように、道端に綺麗に並べられた落ち葉だったり。パフォーマンスなのか、偶然そこに居合わせただけなのか見分けがつかないような光景を仕掛ける企画。

公式パンフレットより引用

会場外でも、「SCAPER(スケーパー)」の仕掛けがあるとされています。そう言われると、こういったものも怪しく見えてきます。

落とし物?それとも?

一方、自分も「展示物として見られているのでは?」という意識が次第に生まれてきます。

見る見られるが逆転し、自分も作品の一部になっている感覚を生まれ、「作品であろうとする」意思の芽生えを感じるようになります。ちょっと怪しい行動とか取ってみます。

「SCAPER(スケーパー)」を見つけたら、目撃情報を報告することができます。

目撃情報は、会場内のSCAPER研究所に掲示されます。

その情報を見ると、多くは「偶然では?錯覚では?」と私の目からは感じるものが少なくありません。真偽さまざまな情報が何十枚を貼り付けられています。

それは都市伝説のような様相です。

小雨の中、ずっとイチャついているカップルがいた。これも企画?

作品と作品外の境目が曖昧になり、アートと日常のあわいが生じています。ただ、それは「非日常」ではなく、もっとグラデーションがかった「よくわからないもの」です。

メイン会場内とその周辺(さいたま市内の各所を含む)では、SCAPER”というプログラムを実施しており、例えば、「道端であまりに綺麗に並ぶ落ち葉」や「絵を描く姿さえ絵になっている風景画家」といった、“つくられたものとそうでないものの差が曖味になる光景”がたくさん仕掛けられます。毎日、各所に現れる”SCAPER”は、場所を超えて、芸術祭と日常との間に新たな鑑賞の視座を見出そうとする試みです。

会場内掲示のあいさつ文より

観測し、発見し、それでも見逃す。

目[mé]は、展示のテーマのひとつに、「見逃す体験」を挙げています。

見逃す体験。たしかに、それは、会場を巡っていると何度も味わわされることになります。

別の順路から、あるいは迷って元の通路に戻った時、不意に見つかるアイテムがあります。

よく乾きそう
どうやって置いた

帰りに迷って建物の側面に行ってしまった時、そこに怪しい売店が開いているのを見つけました。それは、密売所のような雰囲気で、鉄格子の外観となっています。

(売っているものも怪しい。ガラクタが100円で売っていたりする。)

発見。それは「注意深く見る」だけで達成されるものではないし、「何度も見る」、「立場を変えて見る」、「力を抜いてぼんやりと見る」という形でも達成されます。

それでも、ほかの方のツイートで挙げられていたもので、自分が発見できなかったオブジェクトがいくつもあります。

市民会館の館内地図が消されているのも、企画の一環か?あるいは?

さいたま国際芸術祭2023は、他の芸術祭に比べると、企画の規模は大きくなく、見どころはメイン会場に寄っていますが、自分も近所に住んでいたら「SCAPER(スケーパー)」として参加してみたい、と衝動的に思わせる企画でした。


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