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8階の透明人間

※お願い:Spotify再生時の音量には、十分ご注意ください。


1.朝のルーティーン


 毎朝のことだが、寝ぼけたように、玄関のドアを閉めてから、部屋の洗面台の電気消したか?なんて考えたり、エレベータに向かう途中で、玄関の鍵かけたかな?なんていつも考えてしまうような性格。毎日部屋に戻っては、電気は消えてる!鍵は掛かっている!と指差呼称するのがくせになっているみたいだ。最初からそうすればいいのに。。。

 その日も、いつものルーティーンのようにエレベータの下▼ボタンを押してしばらく深呼吸をしたとたん、鍵をかけ忘れたかな?という思いが頭に浮かんで、玄関前まで戻った。

 今日も、いつものように、鍵は掛かっており、頭をかきつつ、エレベータ前まで戻ると、呼んでおいたはずの、エレベータは、すでに下降していて、「ちっ!」と舌打ち。我が家のある12階という中途半端に高いところから、この暑い中、非常階段で降りるなんて考えることもなく、もう一度、目を細めながら下▼ボタンを押した。

 「ローリン!ローリン!回り続ける・・・」なんて、脳裏で口ずさんでいたら、誰も乗っていないエレベータがやってきて・・・・「てか、電車間に合うかな?」なんて思いながら、1階行きのボタンを押した。

 にしても、誰も乗っていないのは、ラッキーだった。タイミングが悪いと、朝から元気な小学生達に囲まれてしまうからだ。「帰りは、一緒に帰ろうよ!」とか「今日は塾だよね?」だとか・・・まぁ、未来が長い君たちには、張り切って頑張ってくれたまえ!というしかないのだけれど・・・

 とわ言え、今日はラッキーと思っていた矢先、8階でエレベータが止まった・・誰もいないのに・・・・

誰だよ・・・
この階の住人にも鍵をかけ忘れた人がいるのかな。




2.子供の目線


 仕事が忙しいことになってきている。今朝は、いつもより早く仕事に行くことになったので、急いで、玄関のドアを閉めようと思ったけど、TVを消し忘れた気がする・・・「もぉーなんだよ」と言う前に行動せねばと、言い聞かせ、靴ベラなしでは履けない靴を脱ぎ部屋まで戻ったが、やはり・・・TVは消えていた。

 ここは、慌てず再度、常に靴ズレを気にしながら、靴を履いてエレベータへ・・・何のことない、時間ロスが、いろんなタイミングを逃していく。

 ようやく、12階に無人のエレベータが来た・・・ホットしない間に、11階で止まった。「おいおい、1階下で止まるって・・・どうよ」「そりゃあるでしょ・・・」なんて思ったら、低学年の小学生が乗ってきたのだが、どうやら、同じ階の友達を待っている感じで、エレベータのドアが開いたまま・・・「早く来いよ!」だなんて言ってるもんだから、ここは、少々急いでいるとは言え、どうした?俺ものってんだぞ!ってな感じの心の声を浴びせかけつつつ、余裕の自分でいるよう、マスク越しに笑みを浮かべていた。

 ようやく友達とそろってエレベータに入ってきたものの、二人でしゃべるのに一所懸命で、こちらの顔を見るわけでもなく・・・自分は、二人のランドセルを見ながら、「俺のランドセルってどんなだったけ?あれ、いまどこにあるんだろう?実家の押し入れにあるんだろうか?捨てたかな?」なんて瞬間的に頭の中の、無駄なメモリを使った・・・

そんな時にも、誰もいない8階でエレベータは停止した。
小学生達の話は続いていた気がするが・・・気にならないのか?





3.ゴミ出しの時間


 ゴミ出しの時間は、前日の夕方くらいから、当日の朝8時くらいが定番だろうけど、自分が出す時間は、出勤前だ・・・つまり、朝。当然のことだが、前日に出るゴミを当日に残したくないからだ。だからと言って、早く起きるわけでもないので、それなりに焦る朝なのだ。

 特に焦るのは、エレベータだ。タイミングを外せば、人ごみの中、我が家のごみをもって乗り込まなければならない。いわゆる、ごみごみしてしまう・・・なんて(しょーもないダジャレ)ことは、自分の性格上嫌なので、階段を使う。階段と言っても、12階にある我が家は、少々長めの非常階段を降りなくてはならない。でも、そのほうが無人のエレベータを待つより早いのだ・・・

 軽快にぐるぐると階段を下りる。なんだか、目が回る感じがする。朝から気持ち悪くなるのは、よくないけど・・・と思っているうちに、ちらっと、踊り場から「7」の文字が見えた。

 あっ、いつもの8階は過ぎたのか・・・と思いながら、引き続き、止まらず階段を、降りて行った。何も起こらない日もあるんだな・・・

 だけど、少し眩暈がした。




4.続・ゴミ出しの時間


 少しあたりが暗くなるくらいまで残業をした。大したことのない残業だったのだが、成果はあったので、それはそれでよかった。バブルの後期に、無駄に居残ってたり、ダラダラと休憩をはさみながら夜中までやってた昭和の残業方程式は、今やもうありえないくらいカットされてしまった。遠い目をしてしまう自分が自慢にもならない虚しさを感じていた。

 マンションのエントランスに入ると小さめのTシャツで腹が小太鼓くらいのおやじ(同い年くらいかもしれないが・・・)が、クロックスでエントランスとは別の入り口から入ってきた。明日のゴミ出しを今日やってんだねと思いつつ男と同じエレベータの方向へ向かっていった。ちらりと見た男の顔は少し怖かったが、ご一緒にエレベータに乗ることになった。

 彼は15階を押し、自分は12階を押した・・・特に、息が上がることなく、静かな感じで、彼は、エレベータのボタンの前に立っていた。少しばかり威圧感を感じていた。

 シンとした空気のエレベータの中、登りだというのに・・・また、無人の8階で止まった。

 「ん??」と、二人して顔を見合わせたが、8階は押していない。そそくさと、彼は、「閉」のボタンを押した。何もなかったかのように・・・

 当然のことながら、自分は12階で降りたのだが、降りたとたん、なぜか?正面の壁に見える「12」と貼られていたプレートの「2」の文字が下に落ちていた・・・

「ん?」・・・

 5分以内に2回も「ん?」って思った。少し笑いそうになった。




5.密室


 エレベータは、他ならぬ密室だ。できれば、一人の時間でいたい。特に、女性との二人きりは苦手だ。

 鍵をかけたか?と指を差した朝は、軽快にエレベータ前まで向かえる。しかも、タイミングよく上階から自分のいる階にエレベータが来たとなれば、さらに気分が良いものだが、ただ、そんなときに限って、女性が一人で乗っていたりする。

 嫌ではないんだけど、なんか、ごめんなさいと思ってしまう。

 何も起きないしね。起きちゃいかんからね・・・何の話だよ・・・と、そう思っている自分がキモいよね。そういうことを一瞬で頭によぎりながら、エレベータに乗った。

 エレベータに、今日はいつもより速く降りてくれよ。と思いながら、11階、10階と下がってくが、女性は、自分をどう見ているのか?なんて・・・どうでもいいことを考えた瞬間に、エレベータが止まって扉が開いた・・・8階だ。

 誰もいない・・・この、ぬるい感じの空気感が苦手だ。




6.制御されてる?


 会社から帰ってきて、1階のエントランスでエレベータの前に向かった。誰もいないので、なんだか気分がよい。今日の仕事がハードだったのか、どうだったのか?忘れそうになりながら、2台あるエレベータの前までたどり着いた。2台とも動いていないが、左のほうは、1階でライトもついてなく真っ暗だった。右のほうは、8階で止まっていた。

機械は常に制御されている。そういうものだ・・・なんて思いながら、2台のエレベータの真ん中にある上▲ボタンを押したら、左のエレベータの室内ライトがついて、扉が開いた。1階と8階が定位置なんだなと、彼らエレベータの守備力を感じていた。その瞬間、名前は忘れたけど、ファミコンのエレベータのゲームを思い出していた。

ほんと、何もかも、うろ覚えだ。
無意識に12階のボタンを押してる。

そう言っているうちに、8階を通過した。誰も乗っていない、もう一台のエレベータが、何気に動いている気がした。自宅のある12階を降りると、案の定、もう一台のエレベータは1階に降りていた。

誰かが乗るのか?
それとも、彼らの守備なのか?

なんとなく…
「いつも、ご苦労様」と言いたい気がした。




7.落書き


  今日も仕事が遅くなった。「なんで、俺ばかり仕事で冷や汗をかくんだろ・・・」なんて思いながら、ワイヤレスイヤホンでクラフトワークを聴きながら、自宅マンションのエントランスへ入っていった。

 エレベータの前まで来ると、なぜか1階にあった無人のエレベータが、俺を待たずに、締まり上階へ動き出した。「ついてないな・・・」なんて思いつつも、「ゆっくりでいいんだ」と心で言葉を変換しながら、▲ボタンを押した。

 片方のエレベータの入り口は、引っ越しするためか、養生壁がしてあった。よくある、プラダンが壁に貼られてあったのだが、子供が、いたずら書きをしやすい透明なタイプのものだった。

 そう思っていると、こんな夜遅くの時間なのに、中学生くらいのうつむいた少女がエレベータの前へ現れ、エレベータから少し距離をとっていた自分より前についた。髪はショートだったような・・・くらいの印象で、塾か何か習い事の帰りなのか?鞄を持っていた。学生諸君も大変だな・・・と、別世代のストレスに同情してしまった。

 上階から降りてきたエレベータの内部は、案の定、透明なプラダンで養生してあったのが見えた。ショートヘアーの少女が先に入り込み、奥の位置についた。自分は、階数を押すボタンの前に立って行先を押した。彼女は、すでに、8階を押していた。

 一瞬ぼーっとした空気が流れた後、ショートヘアーの少女が後ろでプラダンの壁に何かをしているのが、目の前にあるエレベータの窓に反射して映った。イヤホンをしていたこともあって、書いているのか?なぞっているのか?わからなかったけど、明らかに壁に向かって何かしているのが見えた。

 8階が来ると、彼女は「さようなら」と早口で降りて行った。自分はゆっくり目に「さようなら」と声をかけたが、彼女に聞こえたかどうかは、わからなかった。

 扉が閉まった後、彼女が何を書いたのか?見てみた。「∞」のような形だが、スムーズな円形ではなかった。プラダンの段差に負けて8bitのような象形になっていた。「え?」なんとなく拍子抜けだった。相合傘とか、ハートマークとか書いているのかと思っていたのに・・・

 と、その時、ふと反対側の壁を見ると、「8」と「∞」が、いくつか書いてあった。「なんだろう?なんか、反射的な衝動なのか???」と思いつつ、12階で降りた・・・




8.酔って帰る


 その日はずいぶん酔って帰った、何年も前の話。終電を逃したので、タクシーを拾ったが、引っ越したばかりで住所が言えなかったため、近くのスーパーの名前を言って下車した。

 どうにか見おぼえのある風景を、街灯だけで進んでいたが、どうやら、相当酔っていたらしく、気が付いたらスーパーの前の植木に、すっころんでいた。酔っていると、とにかく痛みがないわけだけど、スーツの汚れが見えただけで少し酔いがさめかけた・・・「明日のスーツ」・・・「いやいや、明日は休みだ」・・・なんて、意外に冷静に思いながら、自分のマンションが見えて、逆になぜかシャキッとした姿勢になった。

 マンションの明かりが近くになるにつれて少し安心したのか、マンション前の信号で立ち止まった時、少し目を閉じてしまった。片目を開けると、青のシグナルだったので、横断歩道を歩き始めたまでは覚えているが、気付けば、エレベータに乗っていた。「あれ、エントランス入り口の鍵開けたっけ?俺」とおもった瞬間エレベータが開いたので、迷わず降りた・・・

 ふらふらと部屋の前まで来たら、何かが違う・・・なんだろう?違和感を感じながら・・・「あれ?」「うちの玄関こんなだったけな???」「あれ?あれ?」と思いつつ、部屋のドアにカギを入れようとした瞬間・・・「あ、ちがう。」と、真顔で気が付いた。

<ここ何階?俺、ボタンを押し間違えた?>

 すこし、冷や汗をかいて、慌ててエレベータの前についたら、壁には「8」の文字が。。。「8階やん」エレベータを降りると必ず見える位置にある階数の文字が見えていない・・・「酔ってるな・・・」なんて思いながら、自宅のある12階へ上がっていった。

 汚れたスーツで、深夜に、他人が玄関の鍵をガチャガチャしてたら・・・これやばいよね。何も起こらなくてよかったよ。しかも、8階でさ。くわばらくわばら・・・と思った瞬間・・・

 その後、自宅の部屋に入って風呂に入ったか?シャワーを浴びたか?あまり覚えていないまま、朝を迎えたのだった。



9.雨の日の足元


 その日は梅雨のど真ん中だったと記憶しているけど、ちょっとした買い物に出かけた土曜の午後に、いわゆるゲリラ豪雨に見舞われてしまった。

 ゲリラ豪雨がどう定義されるかは知らないんだが、30分程度はぐずぐずしていた空が急に真っ暗になったかと思うと、ザーっという音と共に私の体と、買ったものを濡らしていった。まぁまぁ、ついていない土曜日。そんなときはいつも「はじまりはいつも雨」がなぜか頭をよぎるのだった。

 ようやく、マンションの一階についたが、休むことなくエントランスに向かうと、先人たちが付けた傘をひきづった雨跡が無数にエレベータまで続いていた。

 「この時期は、傘を持つべきだな・・・」なんて、今さらながら反省したような、しないような気持ちで、エレベータに乗り込んだ。エレベータの中も傘のラインが続いていた・・・

 自宅の12階を押したのだが、案の定、無人の8階で止まった。「案の定ってなんだよ・・・」とりあえず、誰かいたら困るので、扉が開ききるまでは、横目で周囲を見渡した。

 確かに誰もいない・・・<閉>を何度か押して扉を閉じている間、8階の床に雨でついた長靴の足跡が見えた。ただ、片足の1っ箇所だけだった・・・なんか、不思議な感じを覚えたが、そのまま、自宅の階まで上がってしまった。

 エレベータから降りた後、12階から階下に少しだけ見える、8階付近の廊下を見降ろしながら歩いた。「片足は乾いて消えただけだよ・・・それだけだよな」と思いながら、見降ろした頭には、雨が降り注いでいた。

 蒸し暑い梅雨に早く終わってほしい気持ちには変わりなく、部屋に入り、すぐさまシャワーを浴びたのだった。




10.UNKnown


 真夏も終盤にさしかかってきたが、終電近くに帰宅する日々が増していたある日。

 その日も、エアコンの切れたマンションのロビーでエレベータを待つ間に汗をかくという、なんとも、つらい状況となって・・・ようやくエレベータに入り込むも、エレベータ内も送風という事態に、ほんと、目の前がかすみそうになった。

 「あぁ、ほんと、疲れる・・・」と言葉に出しながら、自宅のある12階のボタンを押した。

 動き出したエレベータと同時に、少しつめたいシャワーを想像し、テンションを取り戻そうした瞬間。8階にエレベータが止まった。

 誰もいない・・・

 「なんでかね・・・いっそghostでもいてくれたら・・・」と思ったとたん開いた扉から、なぜか涼しい風が、すーっと入ってきた。ゾワっとしたので反発的に<閉>をカタカタ押して扉をしめた。

 すると、目の前に何か数ミリほどの浮遊するものが見えた。埃か何かだと思って、少し顔を傾けてよけたのだが、なぜか、目の前に止まっている。しかも、なんというか・・・動いているのだ。

 空中に静止して動いている物体が、目の前にいるという意識はあるのだが、クリオネのように透明で、外形だけがぼんやりとしていた。水の中にいる様な景色だった。

なに・・・・?

これは・・・

と、その瞬間・・・・

 閉じたエレベータの足元から風船が膨らむような圧力が首元までキューッと締め付けられ、一瞬宙に浮いた…気がした。

 なぜか冷静ではあったけど、声はでなかった。ただ、なんとも心地よい感覚だった。

エレベータは動いてるのか?

あの物体はどこだ?

と、気を向けた瞬間、圧力は消え、12階のトビラは開いた。

視界が開け、物体は、いなくなってしまった。

エレベータのドアにつまずきながらも
気が抜けたように廊下を歩き
自宅の扉を開けた。

「うん、何もなかったよ・・・・何も・・・」と、ため息をついた。

でも・・・・

なんだったの?

あれは・・・



 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


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