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童話集『水曜日のクルト』より「血の色の雲」レビュー

西の空を染める夕焼けに何を思いますか?
きれいやなぁ。明日もいい天気……というか暑いんやろなぁ。
今日も暮れていくなぁ。自分なりに頑張ったんちゃうかな?
それとも美しい色合いに見入ってしまうか。
でも、もしかしたら、どこかで誰かが流した血の色なのかもしれない。読了後、そんなことを思いました。

「ぼくたちをつつむ雲は、もう、うすべに色じゃない。血の色の雲なんだ。やがて、ぼくの血も、その雲をそめるだろう。もっと、こい色に」

大井三重子「血の色の雲」P132

大井三重子著『水曜日のクルト』の中で唯一ファンタジー色を持ちながら、他の5編の収録作のような心温まる話とは趣の違う作品です。若干ネタバレしますので、ご注意下さい。
うすべに色の雲の縁で出会ったリリと飛行機乗りの少年ファルケル。でも友達として過ごせた時間は短かった。戦争が始まり、ファルケルは出征しなければならなくなったから。リリの二人の兄もまた戦地へと向かい、上の兄は命を落とします。

先に引用したのはリリと再会した時のファルケルの言葉です。彼は人が変わっていました。もちろん戦争がそうさせたのです。架空の国を舞台としながら、作者大井さんの実体験が色濃く反映された作品です。実際に大井さんの二人の兄は出征し、上のお兄さんは戦死されてます。物語はリアルな戦争ではないですが、作者の思いが散りばめられていて、心に残ります。とてもよい作品ですので、読んでいただけたらと思い、レビューを書きました。もうnoteは書かないだろうと思っていたんですけどね。

大井さんと同時代の安房直子さんやあまんきみこさんは死や戦争を扱った童話を書かれています。僕はもちろん戦争体験はないですが、心に深く刻まれてしまった死があります。死というものを物語として、童話として、どこまで書いていいのだろうかと思うことがよくあります。人生で悲しみは避けて通れない。物語で悲しみという感情を体験しておくことは、後で実際に直面した時に、それをやわらげるのではないだろうか。喜び、楽しさだけで人間はできていない。痛みもある。つらいこともある。自分で経験するから人の気持ちが分かる。そうあってほしいと思います。そんな思いをどう物語にしていくのか。ずっと向き合い続けている課題です。

「……ひとりひとりにとっては、ふしあわせになることが、どうして国ぜんたいには、ためになるのか」

大井三重子「血の色の雲」P121

今も変わらない思いですね。この作品が書かれてから時を経ても、なお現代に重なるってどうなんでしょうね。

大井さんは童話作家としてより、江戸川乱歩賞を受賞し、ミステリー作品を数多く残された仁木悦子さんとしての方が知られていると思います。こちらの作品も日本のクリスティーと言われただけあって、面白い作品が多いです。

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