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ショート・ショート『暴走車』

作品について
PHP研究所のショート・ショート『「ラストで君はまさかと言う」文学賞』に応募した作品です。登場人物は小学生から高校生とし、読者対象は小学校高学年から。オチのどんでん返しに特化した物語という規定でした。難しかったです。


 悪いことをしているという自覚はあった。中学生が車の運転なんてしていい訳がない。でも父親の運転をいつも見ていたし、自分にもできると思っていた。やってみたかったのだ。
 悪いことをすれば罰を受ける。小さい頃からそう教えられてきた。でも、この罰、無免許運転の罰にしては重すぎる!
 坂道を下りながらスピードを上げていく車。ブレーキペダルは軽く、踏んでも何の反応もしない。
「フットブレーキを使いすぎると効かなくなる。だからエンジンブレーキを上手く使うんだ」
 いつか父親が言ってた言葉が頭をかすめる。汗ばみ、震えている手でシフトレバーを掴み、ギヤを落とした。
 ガクン! という衝撃がきて、スピードが落ちた。エンジンの唸りが耳に届く。ホッとしたのも束の間、エンジンはすぐに諦めたのか静かになり、車は再び加速を始めた。
 斜面を下る物体の速度は時間に比例して増す。そんな学校の先生の言葉を思い出したところで何になるだろう。道路とタイヤの摩擦ぐらいで車が止まるものか。
「ふふ、ははは……」
 泣き笑いのまま、ハンドルを必死に切ってカーブと戦う。タイヤの悲鳴が耳を刺す。
「あっ、サイドブレーキ!」
 車を止めるために使うものでないことは知っている。でもスピードに抗わなければならない。レバーを力いっぱい引いた。
 バキッ。
 折れたレバーが手に残った。
「何でだよ。オレが何をしたっていうんだよ」
 無免許運転。そんな言葉がすぐ頭に浮かんだ。
 カーブの度にセンターラインを越える。だんだん大きく越えるようになっている。対向車が来たら? 考えるだけで恐ろしい。
 ハンドルを戻しすぎて、助手席側の山の斜面が目の前に迫った。慌てて逆に切ったが、左側のタイヤが斜面に乗り上げ、衝撃とともに石を跳ね上げた。
「そ、そうだ」
 車体を斜面にこすりつければ。しかし加速しすぎた車はそれをさせまいとするかのように、道の端に寄ろうとしない。
 先の見えない大きなカーブに差し掛かった。センターラインを越え、対向車線、崖側のガードレールが迫る。もう曲がり切れない。
 衝突音とともに激しく揺れ、火花が散る。車は激しくガードレールを擦りながら速度を落としていく。脂汗の浮いた顏に安堵が浮かんだその瞬間、目の前に大型車が現れた。
「うわあ!」
 衝突を避けるため、思い切りハンドルを右に切った。
 ガードレールを突き破り、飛び出した車は崖にぶつかるまで落下し、二度、三度跳ねてから止まった。
 ハンドルに突っ伏し、しばらくして意識を取り戻した。
「生きてる。オレは、生きてる!」
 大破した車の中で、生きている喜びを爆発させた。
「あのお兄ちゃん、何を喜んでるの?」
「余計なことを言っちゃだめ」
 子供の手を引いて、足早に離れていく母親。
 軽快な音楽が流れる、ここはデパートの屋上。コインを入れれば動き出す遊具の車が並んでいる。もはや大きくなりすぎた体を無理に詰め込んで乗っていたのは、スポーツタイプの車。崖下ならぬ空想から生還して車を降り、
「次はどれにしようかな。お、あれがいい」
と、握りしめた百円玉を消防車の遊具に投入。今から消防隊員として火事現場に出動するのだ。
                               〈了〉

ここまで読んで下さり、ありがとうございます!


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