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童話『おたまじゃくしの歌』

『第34回新美南吉童話賞』に応募した作品です。
少し長いので目次つけました。

前半

 水の張られた田んぼに雨が降ってきました。おたまじゃくしのおたまは、落ちてきた雨粒がたくさんの丸を描くのを、水の中から見上げています。
 ざざー。雨が強くなってきました。するとカエルが次々に歌い始めます。
歌は田んぼ中に広がり、夜空高く、遠くまで響きます。おたまも水から顏を出して、大きく息を吸い込みました。尻尾はまだあるけれど、足は四本生えてきました。水から出て外で暮らす日も近いようです。
「よーし、ぼくも歌うぞ」
 ケコ、ケ、ケコ、ケココ、ごほごほっ。
 息が詰まり、慌てて水に潜りました。
「今日は歌えると思ったんだけどなぁ」
 もう一度顔を出すと、ひときわ大きく、空気や地面まで震わせるほどの歌声が聞こえてきました。
 ゲコ、ゲココ、ゲロロ、ゲコココ……。
 おたまは声のする方に泳いでいきます。
「おじいさん」
「おお、おたま。どうだ、わしの歌は」
「おなかにズンって響くねぇ。ぼく、すごく好きだよ」
「そうだろ。周りを見てみろ。わしの周りで歌う者は誰もおらん」
 おたまのおじいさんは、昔から田んぼで一番の歌い手です。おじいさんが歌うとみんな自分の声が聞こえなくなるので、どこか別の所へ行ってしまうのです。
「ぼくもおじいさんみたいになりたいなぁ」
「なれるともさ。わしの孫だもの。だがな、おたまよ。歌うのに夢中になって、ザリガニに見つかるなよ」
 ザリガニはおたまじゃくしを食べてしまう恐ろしい敵です。
 おたまは毎日夕方まで歌の練習をしました。足が伸びてきて泥に上がれるようになると、声に力が入るようになってきました。まだ息が続かないので苦しくなるけど、楽しくてしかたありません。
 ある日、泥に上がって歌っていたおたまは、大きな波がきたのを見ました。カエル達がいっせいに水の中に隠れます。おたまも慌てて苗の陰に隠れました。人間の子供達が網を構えて近づいてきます。
「あっ、ここにいるぞ」
 ばしゃっと大きな音がして水しぶきが上がりました。おたまは網の中を転がり、水槽に落とされました。捕まったのです。
「いらっしゃい、おれのごちそう」

お菓子をどうぞ
お茶もご用意しました

後半

 岩の陰から二本のはさみと赤い大きな体が現れました。ザリガニです。人間がおたまじゃくしを捕まえるのは、ザリガニのエサにするためなのです。
 おたまは逃げようとしましたが、すぐ壁に当たり、どこへも行けません。
「ぼ、ぼくを食べるのか」
「もちろん。最後に何か言っておきたいことはあるか?」
 ブルブル震えているおたまを見ながら、ザリガニはプッと泡を出しました。機嫌がいいと泡を吹くのです。
「さ、最後に歌を歌わせて。ぼく、ずっと練習してたんだ」
「歌か。いいだろう。聞いてやる」
 ケコ、ケココ、ケロロ、ケコココ……。
「ちょっと待て。お前と同じような歌い方をするカエルを知っている。もっといい声で、もっと上手いが」
「ぼくのおじいさんのこと? 田んぼで一番の歌い手なんだ」
「やっぱりな。どこか似てると思った。おれも人間に捕まる前は、お前のおじいさんの歌を聞いてたんだ。腹にズンと響く、いい声をしていたな」
「ぼくもそう思うんだ。いつかおじいさんみたいに歌いたくて、練習してきたんだ」
「そうか。それなら食うのはやめにしてやる」
 それだけ言うとザリガニは岩の寝床に戻っていきました。でも安心はしていられません。ザリガニの気が変わらないよう、おたまは毎日一生懸命練習しました。
 そんなある日、ザリガニが言いました。
「だいぶ上手くなったな。でもおじいさんにちゃんと教わった方がいいだろう。お前、帰りたくないか?」
「もちろん帰りたいよ。でも」
「おれにいい考えがある。しばらく待ってろ」
 おたまとザリガニの暮らす水槽は週に一度水換えをします。水槽を傾け、汚れた水を川に流すのです。ザリガニはその時を待っていたのです。
「今だ。おたま、行けっ」
 そしておたまの体をハサミで大きく飛ばしました。おたまはくるくると回りながら飛び出し、川に落ちました。
「おたま、聞こえるか。川を上流へ向かっていくと、お前のいた田んぼに帰れる。おれに聞こえるように歌うんだ。約束だぞ」
「おじさん、ありがとう。ぼく……」
 おたまの声は聞こえなくなりました。人間が水槽を持って家の中に入ってしまったからです。
 きれいになった水、作り直してもらった寝床。でもザリガニは嬉しくありません。おたまのいない水槽は、急に広くなったように感じられました。
「ええい、おれはいいことをしたんだ。さびしくなんかないぞ」
 ザリガニは毎晩待ちましたが、外からは何も聞こえてきません。
「当たり前だな。そんなに早く歌が上手くなるものか」
 それでもザリガニは夜になると耳を澄ませました。
 暑い夏になりました。水もぬるくなって、ザリガニは寝床でぐったりしていました。すると外から、
「おじさん、聞こえる? おたまだよ。今、外にいるよ」
 ザリガニは寝床から出てきて耳を澄ませました。
 ゲコ、ゲココ、ゲロロ、ゲコココ……
「ああ。いい声だ。腹にズンと響く」
 ザリガニは嬉しくなって、プッと泡を出しました。
 おたまはもうカエルになっていましたが、ザリガニの目に浮かぶのは、おたまじゃくしのおたまが歌っている姿でした。
「上手くなったなぁ、おたま。おれは、嬉しいぞ」
 ザリガニは大きくうなずき、プッ、プッと泡を出しました。
 おたまの歌は夜明けまで続き、ザリガニの泡は何度も水面に昇っていきました。                              


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