シングルマザー【小説】

疲れたので公園のベンチに座る。午前中に一件の仕事があった。それはとても大変で一日の体力を使い果たした。暑くて苦しいので、ネクタイを緩める。そのとき、横から赤ちゃんの鳴き声が聞こえた。ふと、右隣のベンチに目をやる。若い女性、その赤ちゃんの母親と思われる人が赤ちゃんを抱っこしながら慰めている。その赤ちゃんが男の子なのか女の子なのか分からないが、カワイイ。どちらの性別でもカワイイ。二児の面倒を見るのは大変そうだ。その光景を見るたび、俺も結婚したいと思う。この母親の旦那はどんな人なんだろう?どうしたら、このような妻と結婚出来るのだろう?想像力を働かせる。僕の左隣のベンチには、若いカップルがキスをしている。いろいろな妄想が膨らむ。そうすると眠なったので、ベンチに持たれかけた。少し仮眠しよう。


昼休みが終わり、俺が働いている市役所に戻った。俺の名前は浅山進。29歳で独身だ。部署は生活福祉課。主に生活保護の申請や公共の福祉を担当している。大学を出て地元の市役所に入職した。生活福祉課を選んだのは社会的に困った人を助け、社会の流れを潤滑に勧めたいと思ったからである。そして、数年経った現在、係長をしている。そういう人生を歩んでいるうちに結婚したくてもする暇が無かった。結婚は墓場だと言う人が居るが、僕は結婚したい。そう思う俺は安定を求めているのだと思う。公務員になって家庭を築いて他より高い年金を貰って老後を過ごす。そんなありきたりのシナリオを考えている。そんなに人生が上手くいかないことは分かっている。普通でもいい、これが俺の理想像だ。

今の公務員生活に不自由は無いが、何か物足りない。変な蟠りが体中を支配しているように渦巻いている。足りないものを考える。それは愛。愛をどこかに置いてきてしまったのだろうか?出世コースと引き換えに愛することの大切さを忘れてしまった。虚しさだけが残る。結婚は疎か恋愛すらしたことない。ただロマンチックな言葉を並べるだけの自分に飽き飽きしている。ごく平凡な人生から断脚するにはどうしたらいいのだろう?日々考える。

「浅山、俺の妻かわいいだろ?」

左隣のデスクに居る同級生の町谷が一枚の写真を見せてきた。これで何回見ることになるのだろう?彼は去年、高校の同級生と結婚してから嫌味なほど自慢してくる。彼とは大学の政策サークルで知り合った。彼と日本の未来を議論をしていくようになり、実際の行政に関わりたくなったので、市役所就職先にした。彼は妻思いだ。それはいいけど、しつこく自慢してくる。結婚していない自分にとって屈辱ではないか。いち職員の彼に妻が居て、係長である俺には何故出来ないのか?一応、同級生といえども職場では先輩という立場もある。特に公務員は縦社会が厳しい。しかし、俺が偉くなっても同級生にはタメ口しないと心に決めている。彼の言い方に悪意は無いと思う。しかし、それが逆に辛く感じる。悪気が無いから止めるのにも躊躇する。町谷は普段通りの態度なのだ。

「そうだな」

「そういえば、先輩の三木さんが辞めたらしいな」

適当に返事をすると彼は話題を変えた。この変わりようには今でも戸惑う。大学時代から変わらない。突然話を変えるから、話しの流れが掴みにくい。話が右往左往する。

「辞めた理由は、これ関係らしいぜ。まあ深い理由は分からないけど」

彼はそう言いながら手に丸を作って、お金のマークにした。お金関係。しかし、何があったのだろう。深堀しすぎるのも良くないが信頼していた先輩なので気になって仕事にならない。考え過ぎても駄目だ。そう思いながら資料を作成するためパソコンを打った。周りも同じようにパソコンを打つ音だけが鳴り響いた。

「おい、浅山!」

その静けさを切り裂くように前の席から大声が聞こえる。ハゲだ。声で分かる。ハゲというのは生活福祉課の部長のあだ名である。今年、50歳になるが、禿げている。髪の毛が一本もない。全部禿げているのでハゲと心の中で呼んでいる。正直嫌いな上司のひとりだ。

「どうしました?部長」

前に来て話を聞く。偉そうに座るのを見て腹が立つ。態度もデカいし声もデカい。エリートコースだからといって調子に乗っているのだろう。しかし、ここは我慢だ。好き嫌いだけでは生きていけない。気にしないことも大切だ。マシンガンのように仕事内容を説明している。自然に右耳から左耳に言葉が流れていく。

「生活保護申請者の家庭訪問よろしくな」

数分後、そう言い残すと、デスクに戻れというジェスチャーを部長はした。部長に渡されたホッチキスで止められている資料に目をやる。家庭訪問とは、生活保護を申請をした人が本当に必要なのかを実際に家に出向いて調査を行うことである。そして、他の審査と総合して申請が通るかの可否を判断する。生活福祉課にとって大事な仕事の一つだ。

「浅山さん、その資料のコピー見ていいですか?」

右隣のデスクに居る最近入職して来た静山さんが声を掛けてきた。メガネを掛けていて、無口な人が話しかけてくるのが意外だった。これまで数回しか話したことが無かった。歳は1つ上なので人生の先輩といえば先輩だが、市役所内では俺の方が先輩である。そう思いながらもコピーした資料を彼に渡した。

静山さんが資料を見る横で俺も同じように資料を見る。家庭訪問は何回かしたことがあるので慣れている。今回の家は市役所近くの市営住宅。ここから歩いて15分というところだ。一通り資料を見終わったので時計に目をやって、ホワイトボードに行き先を書いたりして、訪問先に行く準備をした。


市役所というものは俺にとって窮屈だ。もともとアウトドア派なので、役所に閉じこもってパソコンを触ると腰が痛くなる。年のせいかもしれない。少しは歩いてストレッチでもしないとやってられない。歩いて15分もしない内に市営住宅に着いた。ここに住んでいる人の中にも何人か生活保護を申請している人が居る。何人か担当したことがあるので緊張などしない。それでも手に人の文字をなぞって飲み込んだ。資料に書いていた部屋番号を探す。305号室と書いていたので3階に上がった。しんみりとした階段で人の気配は無い。階段横の壁はところどころ錆びている。

例の部屋を見つけた。外にはベビーカーが置いている。ドアホンを鳴らした。典型的な音と共に錆びたドアがゆっくりと開いた。中から出てきたのは美人女性だった。その顔を見て思い出した。この前に公園で見た人だ。当たり前だけど同じ赤ちゃんを抱いている。これまで恋なんて分からなかったけど好意を感じた。あまりにも美しくて時が止まった感じがした。そのせいで社会人の常識であるあいさつの言葉が出て来ない。

「あっ、生活福祉課の者です。今回は家庭訪問に来ました」

「どうぞ、こちらです」

部屋に案内された。先に俺がリビングのテーブルに座るとキッチンからコーヒーを持ってきてくれた。向かい合って座る。床には子供用の玩具が散らかっている。彼女の名前は新城亜紀。30歳。最近離婚してシングルマザーになったと資料に書いている。

「いろいろ大変ですね。子供の面倒にもお金がかかるでしょう」

「そうですね。支援金があっても二人の子供を育てるのは大変です」

それから仕事の事や子供の事、親戚のことなど審査の材料にする話題をした。時には雑談を交えたが、あまり会話が馴染まない。これは普通だ。営業をしている訳ではない。生きための道しるべの審査なのだ。それから少しすると、赤ちゃんの鳴き声が聞こえた。新城さんが隣の部屋に行って赤ちゃんを抱っこする。抱っこしながら席に戻ってきた。

「お子さんは5歳と2歳でしたね」

「そうです。二人共、男の子で元気があり過ぎて困っているんです」

「子供は元気が無いといけません」

「進さんは結婚しているんですか?」

ドキッとした。嘘を付く必要も無いので奥さん募集中と冗談混じりに話した。いきなりこんなことを聞いてくるのは予想外なので少し戸惑った。これまで色々な人と話したが、一番の予想外の出来事かもしれない。そして、どういう意図があるのか分からなかった。

「貯金通帳を拝見したいのですが…」

ある程度雑談して本題に入った。財産確認も大事な仕事だ。そう言うと新城さんはタンスから通帳を取り出した。そっと机の上に置く。残高などを確認して資料にメモをする。忘れないように逐一書かないといけない。メモ帳も同時に開いた時、名刺を渡していないことを思い出した。名刺ケースから名刺を取り出した。

「申し遅れました。生活福祉課係長の浅山進です」

ドジをしてしまった。一番最初にしなくてはいけないことをして無かった。新城さんは名刺を受け取った。何も言わず机に置いた。あまり話さないタイプなのか様子を伺っているのか。どちらにせよ口数が少ないのが気になった。

その時、ドアホンが鳴った。後ろを振り向くとドアがゆっくりと開いている。しまった。ドアの鍵を締め忘れていた。俺と同じ位の年の男が入って来た。顔は強面。グレーの作業着を着ている。新城さんは、その男を見るなり目を反らした。逃げたそうにしていた。

「なあ、亜紀。金を貸せよ」

男は土足で入って来るなり、金を貸してくれの一点張りをした。

「えっと、どちら様で?」

「誰だてめぇ?」

と言いながらスーツの胸ぐらを掴んで威嚇してきた。顔が近い。タバコの匂いがした。

「福祉課…の人です」

新城さんは相変わらず目を反らしながら男に小声で言った。

「金無いのかよ、金が無かったらソープでも行けよ」

男は俺のスーツから手を話してドアを蹴るなり帰っていった。まるで嵐が吹き去った後のような感覚になった。すかさずドアに鍵をかける。

「えっとどちら様ですか?差し支えがなければ教えて下さい」

大体察しは付いているが聞いた。新城さんが話すには、荒田悟と言って元旦那だそうだ。年齢は新城さんと同い年、同級生。25歳で、できちゃった婚をして28歳で離婚した。ということは二人目の子供を産んだ時に離婚したようだ。その荒田という男は現在、町工場で働いていて再婚もしている。荒田は金遣いが荒くて暴力は日常茶飯事だそうだ。もちろん養育費を払っていない。

「悟さんが来るのが怖い」

新城さんは頭を抱えた。こういうケースはどこまで関わるのがいいのだろうか。二人は職員と一般人の関係。踏み込み過ぎるのは良くない。だからといって助けない訳にもいかない。2つのことを天秤にかける。

「助けて欲しい」

新城さんの、その一言で助けたいという方の重りが下がった。頭に衝撃が走った。俺のことを頼りにしてくれる人なんて居なかったので正直驚いた。次第に守ってあげたいという気持ちが込み上げてきた。彼女の寂しそうな眼差しが心を高ぶらせる。

「出来る限りのことはします」

そう言うと、新城さんは安堵の表情を見せた。花が咲く時のように優しい笑顔になっていく。リビングにある時計を見て退散しようと決めた。市役所に帰ってからも仕事が残っている。そもそも長居するつもりも無い。見切りを付けるのも大切だ。

「今日は、これで」

席を立った。玄関の前まで来て、頭を下げた。新城さんも自ずと下げた。その時間が長く感じた。


それから何度か新城さんと会うことにした。心配な気持ちがあったから。もし、あの荒田という男が来て大変なことになったらヤバい。俺自身が巻き込まれるのも面倒くさいが、それより新城さんが心配だ。そう思うに連れて一緒に寄り添いたいと思った。新城さんが一生懸命に赤ちゃんを抱っこする姿を見て一緒に育てたいと思った。新城さん一人で育てるのは大変だろう。

数回目の家庭訪問。

「新城さん、話があります」

俺が突然切り出すと不思議そうな顔をして瞬きの回数が増えた。明らかに動揺している。無理もない。

「僕と一緒になりませんか。僕は新城さんが好きです」

そう言うとタイミング悪く赤ちゃんが泣き出した。新城さんは驚き過ぎて赤ちゃんの鳴き声が聞こえないようだ。

「あっ赤ちゃん泣いていますよ」

そう言うと新城さんは止まっていた体を動かして、思い出したかのように赤ちゃんを抱えて席に戻ってきた。

「それは、お付き合いということですか?」

俺は頷いた。新城さんの顔が明るくなった。引かれると思っていた俺は意外な反応だったので驚いた。新城さん以上に驚いているかもしれない。それから二人は意気投合して付き合うようになった。市役所の仕事が忙しいので子供や亜紀と会うのは公園が多かった。思えば初めて亜紀の存在を知ったのは、このベンチに座ったからだ。ほんの数週間後前は、独り者だったけど今は赤ちゃんを抱きながら仮眠していた時と同じベンチに座っている。他の人から見たら、お父さんと思われるだろう。これだけでも幸せなのだが人間の欲深さは尋常では無く、結婚したいという欲まで出てきた。そうしたら亜紀とずっと一緒に入れる。


仕事終わり、亜紀の家に入ってネクタイを取る。半同棲をするようになった。帰るのが遅いのは仕方がない。残業が重なるからだ。赤ちゃんは寝ているので、リビングに居る亜紀を抱いた。

「亜紀、話があるんだ」

抱きながら話を切り出した。いい匂いがする。暖かい。人間の体温がこんなに温かいなんて。

「何?」

「結婚したい」

そう言って亜紀の顔を見る。見つめ合う二人。亜紀の顔は落ち着いていた。

「私で良ければ」

恥ずかしそうに言う亜紀を今よりも強く抱きしめた。今までの人生の中で最高の瞬間かもしれない。俺の人生で、こんな幸せが訪れるとは思ってもいなかった。こんなに幸せになっていいのだろうか?心に余裕が出来た。


「なあ、女って怖いよな」

突然、町谷が話してきた。これまで興味が無かったが、恋愛をすることで気持ちが分かるようになって来た。

「そうかな?」

「俺の妻はマジでヤバい」

いつもなら適当に返事を返すのだが、恋愛関係を築く内に女性の話に興味が湧くようになった。女性雑誌も買うようになった。女心って言うのかな、好きになるようになると性格まで変わってしまいそうだ。理性を働かせる。


今日、いつも通り市役所に出向いた。気分がいい。恋愛ってこんなに人生が変わるものなんだな。亜紀と結婚することを考えている。頭の中が亜紀のことで埋め尽くされる。その時、市役所の廊下で清掃員の人とすれ違った。清掃服の着た30代くらいの男性だ。

「新城には気を付けた方がいい」

すれ違いざまに男性は言った。亜紀に気を付けた方がいいと聞こえた。どういうことだろうか。あの人は何なんだろうか。亜紀の何を知っているのか?話を聞こうと思って後ろを振り向いたが、あの男性は居なかった。不思議に思いながらも担当している課に戻りデスクに座る。隣には静山さんがパソコンを打っているだけで、他の人は数人しか居ない。南岡部長も席を外しているので静かだ。

「浅山さん、新城さんのことなんですが」

静山さんが話しかけて来た。今度も亜紀についての話題だ。

「私が担当をしている人ですが」

「ここでは話しにくいので、喫茶店に行きましょう」

そう案内されて、喫茶店のテーブルに座った。よく来ている店だ。ここで働いている店員さんの光田さんと仲がいい。髪が長くてスタイルが良い。20歳だそうだ。この喫茶店の看板娘だ。俺の初恋の人だ。静山さんは光田さんにコーヒーを頼んだので、同じ物にした。それより早く内容を聞きたかった。

「浅山さん、まずは私の身分を明かします」

そう言いながら静山さんは背広の内ポケットから警察手帳を取り出した。そこには巡査部長 静山徹と表記されていた。

「警察官?」

静山さんは頷いた。光田さんがテーブルに来たのでコーヒーを受け取った。動揺を隠すためにコーヒーを一気に含んだ。熱くて火傷しそうになった。

「どういうことですか?」

むせながら聞いた。静山さんは新城亜紀が結婚詐欺師だと言うことを話し始めた。なるべく落ち着かせようにしているのか淡々と話している。そのために静山さんは職員に成り済ませて潜入捜査を行っているらしい。

「まさか、亜紀が」

「残念ながら」

頭を抱えている時に喫茶店に男性が入って来た。顔をしっかり見ると、この前の清掃員だった。

「こちら、探偵の人」

静山さんはそう言いながら探偵を静山さんの隣の席に案内した。

「浅山さん。申し訳ないが、君のポケットにGPSと盗聴器を仕掛けたんだ。これは、この探偵が考えたんだ」

静山さんが両手を合わせて拝むように言った。確認してみると背広のポケットに、盗聴器らしき物が入っていた。全然気が付かなかった。

「彼女は、貴方が名刺を渡す前に進さんと下の名前を言った」

探偵が言った。それを聞いて思い出した。あの時は気付かなかったが名刺を渡していないのに下の名前を知っていた。それは何故だ?

「今、あなたは何故、新城は知っていたのか考えている」

「口で説明するより見た方がいい」

探偵は言った。俺を含めた三人は会計を済ませて喫茶店の外を出た。どこに向かっているか分かった。亜紀の家だ。亜紀の家の近くまで来ると市営住宅前に止めて居た黒色のクラウンに乗った。静山さんが運転席に乗り、探偵と俺は後部座席に乗った。数分後、市営住宅から亜紀が出てきた。こちらには気づいていないようだ。向こうの方から見覚えのある頭が近づいてきた。亜紀はその人を見るなり笑顔になり手を降った。

その人はまさしく南岡部長だった。二人は肩を組むなり去っていってしまった。

「これを見てください」

右座席に居る探偵が封筒に入った資料を渡してきた。そこには『新城亜紀捜査ファイル』と書かれていた。そこに書いているのは南岡部長と新城亜紀は本当の夫婦だと書いていた。南岡と新城が市外のホテルから出る写真が数枚あった。探偵が撮った物だろう。

南岡部長から渡された資料に、そんな事は書いていなかった。当たり前か。資料を偽装していたのだ。馬鹿な俺でも簡単に筋書きが分かった。南岡と亜紀はグルだった。そして結婚詐欺をする。ということは先輩の三木さんも同じ手口で陥れられたのか。すべてが繋がってきた。考えれば考えるほど頭が痛くなって来る。

「どうすればいいんですか?」

何をすればいいのか分からなくなったので、静山さんに聞いてみた。

「直接対決しかないだろ」

と言いながら、後ろを振り向いてニヤッと笑った。


数日後、探偵から電話が来た。電話番号は、直接対決の計画を立てているときに教えた。直接対決とは三人で、亜紀や南岡を捕まえようという事だった。

「紹介したい人が居るから、喫茶店まで来てくれないか」

そう言われたので市役所を出て、喫茶店に向かった。喫茶店に入ると探偵がテーブル席に座っていた。横に男性が座っている。40くらいだろうか?胸に弁護士バッジを付けている。

「探偵事務所の顧問弁護士の高山です」

高山は、そう言いながら名刺を渡してきた。名刺を見る。

「私も直接対決の計画に参加していいでしょうか?」

弁護士が参加してくれるだけで心強い。もちろんオッケーした。三人の計画は既に探偵が伝えているらしい。さすがに用意がいい。その時、喫茶店に見覚えのある作業着を来た男性が入って来た。荒田だ。なぜここに?

「私が呼んだ」

探偵は俺が困惑したのを察したように呼んだ理由を述べた。

「前は、済まないことをした」

荒田は席に着くなり、謝罪した。

「この前、新城の家に来たのは南岡の指示なのか?」

俺が効いた。

「いや、たまたまです。酒に酔っていてヤケになっていました」

俺の横に座った荒田は、この前とは裏腹に態度が弱かった。まるで別人みたいだ。探偵は荒田と何回か会って新城亜紀のことを探っていたようだ。俺も荒田から詳しく亜紀のことを聞いた。高校の同級生で、付き合っていた頃は純粋な少女だった。でも、その純粋さが故に亜紀は何度か人に騙されて死にたいと呟いていたそうだ。一度騙されそうになった身だが、そんなことを聞くと同情しそうになる。騙す方も色々あったんだな。

「亜紀の精神を崩壊させたのは、俺なんだ。酒に酔って暴力ばかり振るっていたから」

泣きながら荒田は声を荒らげた。他の客の視線が集まる。高山弁護士が荒田を慰める。亜紀は精神が崩壊しているのだ。南岡とタッグを組んで詐欺を横行している。探偵によると南岡とはキャバクラで知り合ったそうだ。

「直接対決は、明日の14時だ。いつもこの時間位に新城は南岡と会っている。来るのは俺と高山、静山、そして浅山さんだ」

「静山って?静山徹か?」

泣き止んだ荒田が探偵に聞いた。探偵は頷いた。話を聞くと荒田と静山は高校の同級生だそうだ。ということは新城と静山は同級生なのか。だから熱心に亜紀のことを捜査していたのか。最初に直接対決を計画したのは静山さんだったのを思い出した。


翌日、14時。市営住宅前。

「準備はいいか?」

一階の階段で静山さんが言った。顔は緊張している。

「計画通りに進めよう」

高山弁護士が言った。探偵、俺が同時に頷いた。足早に305号室に向かう。緊張してきた。足が震えて階段を登りにくい。見慣れたドアの前まで来た。俺は合鍵でドアを開けた。静山さんがドアを勢いよく開けた。静山さん、探偵、高山弁護士、俺と順番に入る。リビングには居なくて、隣の部屋に入るとベットで裸で抱き合っている二人の姿があった。

「誰だ?」

南岡が言った。コエガ震えている。動揺で今までの威厳が感じられない。

「南岡達治だな。警察の者だ」

「君は…」

静山さんは警察手帳を二人に見せた。動揺する二人の男女。

「なんの真似だ。警察か知らないけど、家に勝手に上がるな。不法侵入だぞ」

「これを見ろ、令状がある。不法侵入には当たらない」

高山弁護士はそう言いながら二人に令状を見せた。これには何も言い返せないようだった。さすが弁護士だ。一瞬、時が止まった気がした。

「南岡、新城、詐欺罪で逮捕だ」

静山さんが言った。亜紀は静山さんを見て驚いていた。無理もないだろう。同級生に逮捕されるなんて思ってもいなかったのだから。南岡は暴れた。それを探偵と高山弁護士が抑える。

「まずは、服を着ないと」

何も発していなかった俺が言うと、南岡は冷静になり、二人は服を羽織った。外からパトカーのサイレンが聞こえる。辺が騒がしくなり、制服を来た警察官が数人くらい入って来た。あっという間に二人は手錠をかけられて連行された。

「これで良かったのかな」

警察官が右往左往する部屋で、俺は誰にともなくそっと呟いた。聞こえたらしく三人がコチラを見る。

「まだ、君は騙されてない。騙されなくて良かったじゃないな」

高山弁護士が言った。それもそっか。女を抱けたことは良かったかな。心の余裕を見せた。それでも、少し涙が溢れた。


「ということがあったんだ」

数日後、馴染みの喫茶店でコーヒーを味わいながら光田さんと話した。彼女は仕事を終わりで私服を着ている。時々彼女と話すことがある。正直楽しい。聞き上手で笑顔が素敵だ。

「許せない。そんな人が居るなんて」

彼女の声が震えている。

「私、浅山さんを支えることに決めた」

彼女の声が大きい。でも、それ以上に驚いた。声が出ない。

「こんな娘ですが、よろしくお願いします」

カウンターの奥でコップを洗っている店長が言った。彼女の父親だ。父親に認められた。ということは結婚してもいいということ?いや彼女と結婚出来るなんて。本当は嬉しいのに否定だけが頭を過る。動揺し過ぎて肯定できない。9コも下の歳の子と結婚なんて。


公園のベンチで赤ちゃんを抱いている。今度は自分のひとり息子。幸せはいつ訪れるか分からない。でも、きっと訪れる。色々あるから人生なんだな。俺は平凡な人生なんかじゃない。それにしても赤ちゃんはカワイイ。俺はあれから色々あって光田さんと結婚した。今はありがたいことに幸せに過ごしている。

〜作者からのメッセージ〜
公園で始まって公園で終わる。数週間くらいの中で随分変わるものだ。人生は何があるか分からないこそ人生なのだ。この物語を書くに当たって年齢設定や人物像など細かく考えた。よくぶっつけ本番で書くことが多いが、今回は考案を考えたおかげか、長い文章を書くことが出来た。落ちは意外な方向に向かった。これは考案から少し外れたが、それもまた運命なのだろう。そんな風にロマンチックに言って終わりたいと思います。

植田晴人
偽名。かなりの長文なので、書くのに時間がかかりました。自信作です。