歪みを愛する

最近の鍼灸治療やセッションを受ける中で
繊細とか、五感的に感じすぎてしまうことが
後天的にみにつけたものだということが
私にとって最近の発見でした。

手術の経過で傷がついたからこそ
麻痺したからこそ
補う為に手にした能力なんだーと。


自分のエネルギーが戻ってきたってことがわかると

ずっと見つけたかったのは
もっとも本当に生まれた瞬間の自分だったんだなあと思う。

手術される前の身体

誰かから治さないとだめと思われても
今の時代に合わないと思われても
誰からも良いと思われてなくとも
どれだけ沢山の善意の気持ちでもって今の体をつくってたとしても

それでも
生まれたまんまのその瞬間を愛してるとか
大好きだとか
そういうことを自分にしたかったんだなぁ。
それでも愛してるー
この身体いいよーってことを知りたかった。




歪みも愛する


と、整体師の方から言われた時

もとの身体をあっていいよって肯定してみると
すごく自分が歪んでいることにちゃんと気が付く。

昔はずっと変えた身体に合わせるためにエネルギーを割いてきたけど
それはいつも誰かの目線で、自分の正解を探すことで
それは感覚というより、論文みたいな文章みたいな情報だった。

だから人がいないと情報不足と自分のエネルギー不足で
自分がどうしたらいいのかとか
全くわからないことが多かったけど。

でもおおもとの自分の目線からを見ると
ただ歪んでいて、そのエネルギーからどうしたいのか
それを感じて考えて増やすことができると思った。

だからこそ歪んでいる身体からでるものも
愛すことができるんじゃないかなと思う。

少しずつ少しずつ愛し進むこと。
そしてよりパワフルに生活ができると思う。

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