レモン -25

「月が綺麗ですね」がなぜ「好きです」になるのか考えてみた

言わずもがな、月が綺麗というのは発話者の主観である。ただ、主観とはいえ、「え、今日の月はそんなに綺麗じゃないのでは?」とか「そもそも曇ってて月見えないやん」というツッコミが入る可能性もあるので、主観のなかでは客観的に検証可能な部類だと思う。

一方、「(あなたが)好きです」というのは主観も主観……というか、発話者からお相手にベクトルが向いている。「いや、あなたは○○さんのことを好きではない」という検証はこの際無意味だから、主観度が深まった上で、スカラー量(ただの数)からベクトル量(向きを持つ量)になったと考えられる。

一体なぜそういった変化が起こるのだろうか。その前提条件について考察しようと思う。

不勉強なもので、「月が綺麗ですね」をI love youの意味で書いた夏目漱石の小説でもあるのかと思っていて調べたらないらしい。都市伝説みたいなものだそうだ。

とりあえず、「月が綺麗ですね」が成り立つシチュエーションを仮定しておかないと話が進まないから、そうしておく。月がないのに綺麗という青年なんて、ちょっと怖いホラー小説か、実は青年は地球の裏にいました的なことを考えてしまうが、上記のリンクいわく「月が綺麗ですね」は二人が並んで同じ月を見ている時に成立するそうだからそういうことにしておく。

ベクトルの問題として、青年(と仮定したがもちろん女性でもいい)が「月が綺麗ですね」と言ったとする。ここで私は認識違いを見つけてしまう。

「月が綺麗だなあ……」という感嘆ならそれはただの量だが、「綺麗ですね」と「ね」をつけているあたりこれは共感を求める構文だ。いわば月を指示し、その月の力を借りて隣にいる誰かの心になにかを伝えているわけだから、その「なにか」の移動距離は長くなる。

これ、まどろっこしくない?というのが正直な感想である。好きな人には好きって言えや!

……と思いながら先ほどのリンクを読み進めると、なんでもベクトル云々ではなく「同じものをみて共感する」という行為自体にLoveの要素があるそうで。ホントかなあ。経験がないからわからないや。

なんというとりとめのなさだろうか(笑)

春瀬由衣

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