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旅と育児とホームシェア

ホームシェアリングを始めて感じていること

私が東京の自宅でひと部屋を旅行者に貸し出して5年が経ちます。私は旅好きの会社員で、小学生と保育園児の母でもあります。仕事は不規則で残業も休日出勤もあり、なおかつ家事育児もしているので、いつも時間が足りませんでした。

子どもをもつ前から、海外旅行するのがとても好きでした。しかし、子どもを持ってみてそれがひとりの時に比べてなかなか難しいこと、でも一歩踏み出してしてみると、ひとりの時には気付くことができなかったいろいろなものを見ることができることを知りました。そして、それが年に数回の楽しみに過ぎなくなってしまうのが寂しく、自分が旅行に行けないなら、旅行者に来てもらえばいいんだと思いつき、子どもと暮らす家を旅行者にオープンするようになりました。

私がしてきた子連れ旅行のこと、旅行していないときに自宅でしている旅行者へ家を解放する活動について書きたいと思います。読んでくれている方の日常を、ちょっぴり楽しくできるお手伝いが出来たらうれしいです。


出産は人生を変える

 初めて子どもを産んだ14年ほど前、思っていたことがあります。

 私はそれまでひとり旅がとても好きで、3日続けて休みが取れればあちこち旅行していました。ところが、出産をすると状況は激変。赤ちゃんの世話に追われ、3日どころかずーっと家にいるのにどこへも行かず、1日中大人とはひと言も話さないので社会から断絶されたような気持ちになり…という日々が続いていました。外へ出れば「母親なんだからこうあるべき」というメッセージが至るところにあふれていて、ものすごく息苦しく感じました。同世代の友人たちは、仕事に遊びに邁進していて、それがとてもキラキラして見えて、私の人生は今世はもう終わりで、来世に期待なのかなとうっすら考えていました。

 赤ちゃんはすごく可愛いのに、こんなふうに思う自分はひどい人間だなとも思っていたのです。子どもが好きで、早く母親になりたかったのに、いざ産んでみるとなんて自分勝手なんだろうと。

旅へ出よう、子連れでも

 ある時こんなふうにグルグル悩むなら、いっそもうどこかへ行ってみたらいいんじゃないかと思いつきました。夫は仕事が休めず、母に同伴を打診しましたが「赤ちゃん連れなのに何考えてるの」と反対され、やむなく子どもと2人で行くことに。「同伴者がいないから行かなかった」と言っていたら一生行けない気がしたのです。

 初めての子連れ旅は、生後7ヶ月の息子とふたりで、バリ島に2週間行きました。荷物は今までの比でないくらい重たく(初めてのことでいろいろ心配になり、離乳食はもちろん子ども用麦茶まで持参していたのです)、子どもが一緒なことで以前はできたことができないということももちろんありましたが、それを補って余りある開放感と、自分の人生はまだ自由だと感じたできごとでした。バリの空港から一歩外に出て、深呼吸したときの、東南アジア独特の湿度が高い空気の匂いを、今も忘れられません。子どもがいても、自分の足で、ちゃんと好きな場所に行ける。インドネシアの人たちは子どもにとても親切で、どこに行ってもかわいがってもらい、だっこしてもらいました。子どもに対する社会の空気が違うことも、強く感じました。

 復職した後もまとまった休みが取れるたびに、子連れでアメリカ、タイ、マレーシア、シンガポールなどへ行きました。どんな場所でも、みんな出産して子育てしているのだと思えば、大抵の場所は行けるはずだと思いました。子どもと旅すると、関心事も変わり、今までは目に映っても何も思わなかったものがものすごく面白く感じられるようになります。そして、どこに行っても子どもはとてもかわいがられました。

 東京にいると、公共の場で子どもが迷惑をかけないようにかなり気を遣う必要がありますが、海外では子どもに対してとても寛大だと思うことが多いです。子どもはかわいい、子どもはうるさくて当たり前、子どもを連れている母である私には親切にしよう、という気持ちをありがたいことに、どこへ行っても強く感じました。

 また、現地の子どもたちへの扱いを見ていても、面白いと思うことがたくさんありました。プーケットのコンビニで、店番をする若い女性の足元に、段ボールとタオルを敷いたマットの上で昼寝する子どもの姿があったのです。彼女はたまに来る客には笑顔で愛想をふりまきながら、足元で眠る子どもとテレビとに、交互に目をやっていました。保育園に入れないことが大きな話題になる東京を見ていると、こんなシンプルでゆるい解決策がとても新鮮に映りました。


東京以外の生活に触れたい


 
 仕事に復帰した3年後に、ふたりめの子どもを妊娠しました。当時思っていたのは、子どもを育てながら仕事をするというのが、しんどいということです。私は会社員なので、出産すると仕事を休めます。子どもでも産まないと、人生をリセットできないと思っていました。子育ても働くということも、人間として当たり前のことなのに、同時にしようとするとこんなに大変なのはなぜなのか。まわりの同じ状況の友人に聞いても一様にみんな大変そうなので、状況の違う、例えばほかの国の人たちはどうしているのだろうと興味が湧きました。そこで2回目の育休を取るにあたって、数週間に及ぶ旅行を複数回しようと決めました。

 最初に訪れたのは、タイとシンガポールです。1ヶ月間ずっとホテル住まいだったのですが、数日だけなら、また大人だけなら快適なホテル暮らしも、4歳と0歳の子どもと長期間するとなると罰ゲームのような大変さでした。床を這いずり回りたい0歳児と、思いきり飛んだりはねたりしたい4歳児にはリゾートホテルでの暮らしはまったく合わず、さらにその時タイは雨期を迎え、外へ行くこともできず、家族でケンカばかりしていてなかなか大変な日々でした。
 
 その後、友人の紹介で会ったシンガポールに住む女性の家にステイさせてもらい、カルチャーショックを受けました。彼女は私と同年代の子どもがいましたが、仕事との距離の取り方が絶妙で、自身の感覚に忠実な部屋に住み、子どもへの声かけも理にかなっていて、日常を大切にしていました。私が興味があるのは、高級で行き届いたサービスではなく、魅力的な個人、とりわけ育児を仕事をこなす人々が自分とは違う環境でどのような日常を紡いでいるかということだ、と気付いたできごとでした。


世界一幸福度が高い国

 その次に行ったのはデンマークです。デンマークを選んだのは、友人がいたことと、「世界一幸福度が高い国」と言われていたその暮らしぶりに興味があったからです。当時5歳と0歳だった子どもたちと2週間コペンハーゲンへ行ったのは、2014年春のこと。長期間に渡るホテル暮らしに懲りた私は、airbnbで一般の家庭の一室を借りて、日常生活に近い環境で過ごすことにしました。子どものいる現地の家庭に泊めてもらえば、遊び相手もいるし、おもちゃもシェアしてもらえるし、子どもが住んでいるのだから危険なエリアではないだろうし、私もその国での生活と子育てを一気に見ることができてお得かも、と思いつきました。コペンハーゲンのホテルはおそろしく高いので、それより高くなることもないだろうとも思っていました。

 探し始めると、すぐに泊まってみたい部屋を見つけました。長男の1歳上の男の子とシングルマザーの家庭。近くに公園もスーパーもあり、バス停も近くて、お風呂はバスタブつき、キッチンも使えるし、なんといってもインテリアがとても好みだったのです。そして、コペンハーゲンの標準的なホテルの4分の1以下の値段でした。メッセージのやりとりをしても感じがいいし、私はすっかりその物件に泊まるのが楽しみになりました。


出会って5分の人に自宅の鍵をわたすということ

 しかし、その日が近づくにつれ、だんだん不安になってきました。実在しない場所だったらどうしよう。寝ている間に身ぐるみはがされて外に出されたらどうしよう。さらにホストから「私と息子はしばらくタイへバカンスへ行くので、私たちのルームメイトに鍵の受け渡しを頼むからよろしくね」とメッセージが来て、ますます不安になりました。子ども2人をひとりで連れて旅に出るのも、子どもと一緒に乗り継ぎありで総フライト時間が10数時間に及ぶ旅をするのも初めてです。出発の直前にはなんで行くことにしたんだろう、とすら思っていました。

 12㎏の0歳児をだっこひもでくくりつけ、片手は5歳児とつなぎ、もう片方の手で30kgのスーツケースを引きながら、私はデンマークにつきました。空港からタクシーに乗り住所を伝えると運転手さんに「このあたりにホテルはないですよ」と言われ、「友だちの家なので大丈夫です」と答えます。本当は大丈夫じゃないけど、ここまで来たら行くしかありません。住所のところまで来て「ここで本当にいいんですか?」と聞かれましたが、いいのかどうかもわかりません。しかし、教えられた電話番号にかけてみると、女性の声で「すぐ行く」と言われました。重厚なオートロックの扉の向こうから、笑顔の女性があらわれました。彼女は私たちをすぐに部屋の中へ招き入れてくれました。中は暖かく、ずっと思い描いていたあの部屋があったのです。私は「この旅行はとてもいいものになるに違いない」とその時思いました。

 ルームメイトだったポーランド人の彼女は、キッチン、バスルーム、リビング、ベッドルームと順番に案内しながら簡単に使い方を説明してくれました。それが終わると「じゃあこれがあなたのカギ。出かけるときはかけてね」とカギを手渡すと、自分の部屋に消えていきました。ものの5分くらいの間の出来事です。お互い、名前しか知りません。その相手に家のカギを渡すという行為が、当時私にはかなり衝撃でした。私が悪い人だったら、どうするんだろう。そんな可能性を考えないくらい、信頼されてるっていうことなんだ。絶対に裏切らないようにしなきゃ、と強く思ったことを覚えています。

人生をシェアしあう

最初の予感通り、その家はとても快適でした。交通の便もよかったし、現地の友人を招いていっしょに夕食を食べることもできたし(コペンハーゲンは外食もべらぼうに高いし、お互い子連れだと家のほうが気楽なのです)、観光に飽きたら近所の公園でピクニックしたり、天気が悪い日は部屋の中でのんびり過ごすのも快適でした。

数日して、ホストが帰ってきました。ようやく会えた!と感激しました。彼女の6歳になる息子もとてもフレンドリーで、我が家の子どもたちとすぐに仲良くなりました。私は彼女にいろいろなことを聞きました。育児と仕事の両立が日本ではハードだと感じており、ほかの国での状況に興味があったのです。彼女は「デンマークでは一般的にこうである」という話と、彼女自身の個人的な話の両方を聞かせてくれました。その話をしているときに私は、住む場所や環境が違っても、同じ境遇である部分に心の底から共感したり、個人的な話が強く心に響いたりすることがあるのだな、ということを思っていました。

また、彼女が子どもといっしょに食べているものだったり、インテリアだったり、生活そのものにも強く影響を受けました。日本にいると、仲がいい友だちでも数日自宅に泊めてもらってどんな生活をしているかを見る機会なんてそうそうありません。同じくらいの年ごろの子どもがいる家庭というのは、とても発見が多いものです。彼女と話したこと、彼女のゲストに向けられる態度、彼女のライフスタイルすべてが印象的で、数日前までお互い知らなった年齢も国籍も違う相手と、こんなに心の深い部分まで話し合えること、そのきっかけとなったairbnbというシステムはすごいと思いました。

帰国する日に、ホストが空港まで送ってくれました。2週間前はひとりで2人の子どもを抱えつつ重いスーツケースを引いて、緊張しながら降り立ったのに、帰りはホストに荷物を運ぶのを手伝ってもらい、談笑しながら空港を歩いたことの対比は、この旅行の象徴的なできごとでした。


 それからは「現地の一般の人の暮らしを子どもと一緒にちょっとだけ体験する」という面白さにハマり、airbnbやCouchsurfingで部屋を見つけて、メルボルン、ストックホルム、ロンドン、ポートランド、メキシコシティ、バルセロナなどで「普通のお宅」に泊めてもらいました。 ひとり旅をしていたころは友人の家に泊めてもらうこともよくありましたが、子どもを2人連れているとなかなか頼みにくい。そんなとき、しくみとして自分の家を宿泊場所として提供する人と出会えるのはありがたかったです。

WWOOFの日々

 震災後、食の安全に興味を持って、イギリスに子連れでWWOOFをしに行ったこともあります。メルボルンに行った時、イギリスから受けた影響の強さを感じました。そこでイギリスへ行きたいと思い、さらにずっと参加してみたかったWWOOF発祥の地でもあると知り、ロンドンから電車で2時間ほど行ったストラウドという町へ3週間ほどWWOOFしに行ったのです。同年代の子どもがいる家で、ロンドンからさほど行きにくくない場所、という条件で探したところ、ちょうどいいホストを見つけました。
 
 行ってみて、田舎の農家をイメージしていた私は驚きました。そこは築600年以上の古城で、現代美術家のアーティストのファミリーが自分たちが食べるための有機野菜を、人を雇って作っていたのです。彼らは今まで接点がなかったような本当のセレブリティのファミリーでしたが、とても親切に自分たちのライフスタイルをシェアしてくれました。
 
 素材が良ければ料理はそれだけでおいしくなること。料理は好きな人たちで囲み、おしゃべりをしながら食べることが心を豊かにすること。それを自分たちで実践しながら、子どもたちにも説いていく彼らの様子は、非常に大きな刺激になりました。彼らは自分の家族だけでなく、近所のコミュニティにも広く開いた生活をしていて、家を動物愛護団体の展示に貸したり、近所の子どもたちを大勢連れてサーカスへ行ったり、週末のマーケットへ行けば顔見知りばかりだったり、そういったことが子どもに与える影響もとても大きく、私が与えたいと思うようなものでした。

 出かければ必ず知り合いに会い、近所の子が遊びにきて夕食を食べたり、週末に近所の友だちの家に泊まりに行ったりをごく自然にしていたホストファミリー。平日はホストたちはとても仕事が忙しいので、お迎えと夕食をママ友に託したりもよくしていて、ご近所全体が大きい家族みたいな感じでした。

 「共働き家庭はどこも忙しくて、でも実家が遠かったり親が高齢だったりするので、友だち同士で助け合おうと働きかけている」とホストは言っていました。子育てをもっとシェアしないと立ち行かない、という話を聞いて、考えることは遠く離れた異国でも同じだなと思ったのです。

 すごく離れた場所で、ふだんの生活とは全然違うことをしていたはずなのに、気付くことは帰ってからこういうふうにしたらもっと楽しいのではということばかり。生活は、環境が違っても普遍的で使い回しが利くことが多くて、そこがおもしろいなと思います。旅行は、いっときの夢みたいに非日常を楽しむのもいいですが、私はせっかく行くならそのあとがもっと楽しくなるきっかけにしたいと思っています。

 自然がいっぱいの広大な庭、たくさんの動物たち、今まで私が美術館でしか見たことがなかったような美術品がそこここに並ぶ家、しかしその中でもホストファミリーは細かくて終わりのない育児と、仕事の両立を一生懸命こなしていました。子どもの小さな成長を見守ることは、幸せで価値があるものだという当たり前のことに、他人がしているのを見て気付かされました。


さまざまな人生に触れる

 いろいろな場所に泊まり、さまざまな人と生活を少しだけ見せてもらいました。今、私は子どものいる生活にとても興味があるので、さまざまな国で子育て中の家庭がどのように子どもと向き合っているのか、それにまつわる食やインテリアを見ることはとても楽しかったです。また、子どもたちには東京の自分たちの生活は世界のごくごく一部で、あなたたちが大人になったら今とは全然違っても好きなことをして、好きな場所に、好きな人と住めばいいんだよ、ということを伝えてきたつもりです。言葉がなくても通じる思いもあるけど、言葉があるならとても便利、ということも繰り返し伝えました。どこまで伝わっているかはわかりませんが。

 いくつかの場所へ行き、考えたことがあります。

ひとつは、自分が住んでる街はけっこういいなということ。流行ってるから、という理由だけでポートランドに行ったとき、たしかに素敵だし面白い取組みや場所が多いけど、この感じは私の地元とすごく似てるなあと思いました。

 ふたつめは、自分が幼いことからずっと育った場所である「地元」という感覚は子ども自身にとって大切だなということ。道を歩けば知り合いに会い、いつもの公園にいれば誰かしらいて遊びが始まる、それを遠巻きにたくさんの大人たちが見ている、というような。それを行った先々の人がしているのを見て、うらやましくなりました。旅は楽しいですが、帰ったらいるたくさんの友だちに会いたいなと思いました。本当に「青い鳥」状態です。

 みっつめは、案内してもらうより案内する側のほうが楽しいんじゃないか?ということ。ホストたちは、自身が住んでいる場所のすてきなところや仲のいい人をたくさん紹介してくれました。もちろんこちらも楽しかったけど、紹介するほうも楽しそうだな、とずっと思っていました。

 そして、行く先々で本当に親切にしてもらって、この感謝は自分のうちだけに留めていてはもったいない、誰かに恩送りをしたい、循環させたいと思うようになりました。WWOOFで泊めてもらった経験は本当に素晴らしいものだったのですが、私が何かの巡り会わせでこういう素晴らしい場所に泊まれたのは、ここからなにかを学んでほかの場所へ還元するべきだからなのでは、ということを本気で考えました。この場所に限らず、場所や人に恵まれていたのは、私個人が楽しむためだけではないんじゃないか、と。


海外旅行は年に数回のお楽しみ、じゃもったいない

 私が数週間にわたる長期の海外旅行を繰り返しできていたのは、育児休暇中だったからです。復職のタイミングで、なおかつ子どもが小学校に上がるときでもありました。子連れだと日程にゆとりがある旅のほうが絶対楽しい。そして、これからは旅行に行けるのは私が仕事を休めて、なおかつ子どもの学校が休みのとき、と考えると年に数回です。少なすぎます。でも、今している仕事も好きだから、やめるのも嫌だな、という気持ちの間で考えました。そして、「だったら旅行に行けない期間は、自宅に旅行してる人を泊めればいいんだ」と思いついたのです。

 自分が旅行する間は、行った先の暮らしを体験させてもらい、自分が家にいる間は、東京の自分の暮らしをほかの場所から来た人におすそ分けする。自分がしてもらった素敵なことを、ほかの誰かに対してする機会があるというのが、私にとっては嬉しいことでした。私は、自分が楽しいと感じることをするのが人生でもっとも大事なことだと考えていますが、同時に自分だけで終わってしまうともったいないと思ってしまう貧乏性な性質もあります。自分がした楽しいことを、わかりやすいかたちでほかの人に伝えられるところまで含めて「楽しい」と感じます。そんな自分にとって、このサイクルは持続可能でぴったりだ!と思いました

家を買う!

 家を購入したいと思ったことがありませんでした。小さいころから親に「固定資産を持つな。住宅ローンは借金だ」と刷り込まれていたせいで、家を買うのはリスクが高いとずっと思ってきました。それに旅行が好きで、あちこちに住んでみたいという気持ちもあったので、家を買ったら気軽に転居できないことが気になっていました。子どもが増えたり、独立したり、家族の形態が変わることを考えると、自在にサイズを変えられる賃貸のほうが理にかなっているとも思いました。

 しかし、個性豊かな個人宅に宿泊するにつれ、私ももっと自分の好きなように手を加えた住居に住みたいと強く思うようになりました。賃貸だと、壁にペンキを塗ったり、柱にくぎを打ったり、原状復帰できないことへの制限が非常にあります。それに、子どもが小学校に上がったら、しばらく一か所に住むだろうという気持ちもありました。地元に友達がいっぱいいて、すぐに誰かの家に集まることができて、道を歩けば顔見知りに会う、という環境が小学生くらいの子どもにとって、私が与えたいと思う環境だったのです。なんといっても、私も早く旅行者を受け入れるホストがやりたい。当時住んでいた賃貸のマンションは、家族で住むのにも手狭でした。

そこで、理にかなっているのは賃貸だけど、限りある人生を楽しむために家を買おうと思い、探し始めました。自宅にゲストを泊めたり、招いたりを頻繁にしたかったので、騒音が問題になりそうなマンションは避けました。ただでさえ子どもたちが飛んだり跳ねたりするのです。また、マンションは民泊を管理組合で禁止しているところもあると聞き、自分のしたいことがそのせいでできなくなったら嫌なので、一戸建てを選びました。

 人を泊めるとなると、間取りに余裕が必要です。しかしあまり広いと予算と釣り合わない。そこで中古の戸建てを購入しました。駅から徒歩圏内で、コンビニとコインランドリーも近いので何かあったときも安心です。3階建てで、3階はワンフロアに一室だったので、ゲストルームにぴったりです。


家に帰ると新しい出会い

こうして2015年の秋、私はairbnbとCouchsurfingでホストを始めました。自宅の一室を、申し込みがあった旅行客に貸し始めたのです。ベッドルームは個室ですが、リビングルーム、キッチン、トイレ、バスルームは共同で使っています。バスルームに関しては、私たち家族が使いたい時間をあらかじめ知らせていて、それ以外の時間はご自由にどうぞ、としています。食事は基本的に提供しませんが、たまたま食事時にゲストがリビングにいれば一緒に食べようと誘いますし、事前に一緒に食事しながらおしゃべりしたい、とリクエストされたらゲストのぶんも用意して食事をしながらいろんな話をします。

私はゲストとの鍵のやりとりを、キーボックスで行うことが多いです。ドアの近くに取り付けてあるボックスに鍵を入れ、暗証番号を教えてあけてもらい、その鍵で家に入ってね、というふうにしています。だから、仕事を終えて家に帰ると、知らない旅行者―そのほとんどが外国人―がいるのです。と言うと、「信じられない!」「怖くないの?」と聞かれます。確かに、チェックインの日はいつもちょっと緊張します。基本的にはそんなに悪い人はいないはずだけど、人としての相性が悪かったらどうしようかな、とか、あとはうまく鍵が開けられるかな、道に迷ってないかな、とか。でも今のところ、そういうことはほとんどありません。

「家に帰ったら知らない人がいたら、くつろげないんじゃない?」ともよく聞かれます。私はそもそも人と会うのがかなり好きなほうです。でも、子どもが生まれてからのここ10年弱、夜飲み歩いたり、好きな時に好きなように人と会ったりすることがなかなかできなくなっていました。世の中にはもっといろんな人がいるはず。でも自分が単身で出歩くのは厳しい。だったら向こうに来てもらえばいいんだ!ということで、新しい人がどんどん来てくれる今のしくみは自分には合ってると思います。ただ、四六時中だと家族が疲れてしまうので、ゲストが宿泊するのは1か月のうち2週間、ほかの日は家族と過ごしたり、近所の友だちを招いてごはんを食べたりする時間としています。

ゲストが泊まっている期間は、ルームシェアをしているような感覚です。流しに洗い物は放置せずすぐ洗う、冷蔵庫内を整理する、洗濯かごがあふれる前に洗濯機を回す、リビングにおもちゃは出しっぱなしにせず寝る前には片付ける、朝早くにテレビを見るときは音量に気をつける、夜に高いところから飛び降りて遊ばない、など誰かと暮らす上で相手を不快にしないことを自分にも子どもにも課しています。どれも当たり前のことですが、だらけがちな我が家ではゲストがいないとついしてしまいがちなことばかり。「ゲストがいる」ことにかこつけて、自分たちの生活を整えているという感じです。


今まで20か国100人以上のゲストが泊まった

今まで我が家に宿泊したゲストは、20か国100名以上にも及びます。受け入れの条件は、日本語か英語で意思の疎通ができること、公的なIDを提出してくれていることのふたつだけです。多いのは韓国、台湾、香港など近隣のアジアからのゲストですが、私が行ったことのないような国、スイスやコロンビア、アルゼンチンなどからもゲストは来ます。WEBでアカウントを作って、クレジットカードでの支払いがマストなので、年齢は若い層が多く20代から40代の人がほとんどです。我が家は住むには便利なエリアですが、観光地から近いというわけではありません。そして、子どもがふたりいて静かな環境ではありません。そんな我が家を選んでくれるゲストというのは、東京に来るのが二度目以上か、日本の文化に(時には日本人の私以上に)造詣が深いか、東京のローカルな生活にとても興味をもっているか、それらの要素を複数持つか、という人々です。ニュースで「民泊」に泊まる外国人のマナーの悪さ、などと取り上げられているのを見ると、自分の見ている現実との違いに驚きます。

我が家に泊まるゲストは、一緒に暮らしているけどほどよい距離感を保つルームメイトという感じです。フレンドリーで、夜遅くなるときは音に必要以上に気を付けてくれるし、ごみの分別についてもわからないことがあれば聞いてくれます。泊まったあとの部屋が、きちんとベッドメイキングされていて驚いたのも1度や2度ではありません。自分に置き換えてみても、誰かの家に泊めてもらったら、その人たちの暮らしと大きく離れたことはたぶんしません。そういうことなんじゃないかと思います。


いよいよオープン

 部屋の写真を何枚か撮影し、airbnbとCouchsurfingのサイトに簡単な英語の説明文とともにあげました。自分がここに泊まったとして、いくらだったらお得だと感じるかなと考え、airbnbは一泊¥3000くらいにしました。アップしてから数時間後、最初のリクエストがありました。こんなに早くに問い合わせが来るとは思っていなかったので、内心ビビりまくっていました。しかも、問い合わせが来たのは日本人男性。外国からのゲストを思いっきり想定していたので、それも私を焦らせました。でも、メッセージを読んだ感じだといい人そう。でも、そう思わせてるだけかも、でも…とさんざん悩みましたが、最終的にはリクエストを承認しました。ここで最初のゲストを信用しなかったら、このあと誰を信じればいいかわからなくなりそうだと思ったからです。

 最初のゲストを承認したあともひっきりなしに問い合わせは続き、最初の1日で3件のリクエストを受理しました。今思うと、価格が安すぎたのですが、当時はこういうものなのか!とびっくりしました。


最初のゲスト

 初めてのゲストを迎える日は、とてもていねいに掃除しました。自分がゲストとして泊まったとき、ゴミ箱に前のゲストのゴミが残っていたことがあり、小さなことですがいやだなと感じました。私がゲストを受け入れる上でしているのは、自分がしてもらって嬉しかったことをして、自分がされていやだったことをしない、というとてもシンプルなことです。ゲストを迎える準備をしていると、今までいかにホストに恵まれていたかということを感じました。家中をそうじし、ベッドメイキングすることは、なかなか大変なことでしたが、これで喜んでくれる人がいると思うとやりがいもありました。

 いよいよゲストがやってきました。京都で書店業を営む男性で、とても話が合いました。子どもたちもなつき、街へ出かけるとおみやげを買ってきてくれたり、彼のライフストーリーを聞き、人ひとりの人生ってすごく面白いなあと思ったりしました。それは本当に友だちが泊まりにくるような感覚でした。私たち家族にとっては「外から家の中へ旅がやってくる」という、不思議な感じ。彼を見送るとき、「いってらっしゃい。また会いましょう」「京都にきたらぼくの家にぜひ遊びに来て下さいね」と声を掛け合いました。数日前までまったく知らなかった人とそのように別れるというのは、非日常的で刺激的なことでした。しかもそれを、子どもたちも一緒に、家にいながらできるというのが、結構すごいかも!と私は興奮したのです。


インテリアに人はあらわれる

 それからしばらくは海外からのゲストが続きました。写真だけ見ていて男性だと思っていたのに会ってみたらスキンヘッドの女性だったり(韓国の方だったので、名前では性別がわからなかった)、私が行ったことのない南米からのゲストが我が家のランプシェードをものすごく気に入り、同じものを買いたいというのでそんなに気に入ったのならとあげてしまったり(今も我が家のランプシェードはアルゼンチンで活躍しているはず)、セルカ棒の開発をしている香港人の男性と日本のセルフィー事情について語り合って、よなよないっしょにセルフィーを撮ったりする日々を過ごしました。

 我が家に来るゲストの職業は、クリエイティブ系に偏っていることに気がつきました。デザイナー、カメラマン、ラジオパーソナリティー、料理人など。あえてairbnbを利用するような層の人は、そういう仕事をしている人が多いのかなと思いましたが、ほかのホストに聞くとそんなこともない様子。そこでゲストに、なぜ我が家を選んでくれたのか聞いてみると「インテリアが気に入ったから」という答えが返ってきました。私の家は、壁に好きな色のペンキを塗っていたり、家具を手作りしていたり、子どもたちの絵や工作が飾ってあったり、雑然としてはいますが、よく言えば住み手の個性が出ている家と言えます。自分自身がいろいろな人の家に泊まって、その人らしさがある家は楽しいと感じていたので、自宅のインテリアを考える上でそこは大切にしていた部分でした。なので、インテリアを理由に我が家を選んでくれる人が多かったのは、とても嬉しいことでした。

 日本のairbnbに登録されている物件写真は、どこも清潔そうで無難な感じがしますが、おもしろくないなあと思ってしまいます。どういう人が住んでるのかまったく想像できない。もっと住み手がわかる部屋だったら、選ぶのも楽しくなりそうです。

アイドルがつなぐ世界

 ホストを始めて最初の年末年始に泊まりに来てくれたのは、マレーシア人の20代前半の二人の女の子でした。外資系の銀行で働いているので英語が流暢で、ヘジャブをきっちり巻いていました。どうしてこんなに寒くて、どこも休みの時期に旅行を?と聞いたら、某男性アイドルグループの大ファンで、カウントダウンコンサートの音漏れを聞きにきたというのです! チケットは取れていないので、あくまで音漏れ。私もアイドルは得意分野だったので、自宅のDVDコレクションを見せたら大喜びしてくれました。年末で音楽番組が多い時期だったので、その録画をいっしょに見ながら、このフォーメーションが最高、とか、このカップリングはわかってる、とか振りつけのここがいい、という話をいっしょにしました。彼女たちは毎日出待ちしたり、お正月の特番を生で見たり(いつもリアルタイムでは見られないので、生で見るだけで大喜びでした)、楽しそうでした。「日本のお正月は、こうするんでしょう?」とお年玉をくれて、子どもたちも大喜び。

 日本のアイドルが好き、というゲストはけっこういて、女性アイドルのグループ名がでかでかと書かれたTシャツで冬にあらわれたオーストラリア人ゲストもいました。日本語はまったくわからなかったですが「カワイイ!」だけは連発していました。彼ともいっしょにYoutubeを見て、どのMVが好きかなど話し合いました。彼は「日本ではアイドルヲタクはそんなに一般的ではないと思っていた。こんなにアイドルが好きな日本人と出会えてうれしい」と言っていました。私もふだんあまり生かす機会のない知識で、人に喜んでもらえて嬉しかったです。

おいしいものは心をひらかせる

 言葉が通じなくても、おいしいものは万国共通です。私の家では基本的に食事を提供していませんが、夕食時にゲストがリビングにいればいっしょに食べようと誘いますし(とはいえ、好みや信仰もあるので無理強いはしません。ゲストは自分で食べるものを用意し、同じテーブルで一緒食べる、というパターンもあります)、一緒にごはんを食べたいとリクエストがあれば、滞在中のどこかで約束しゲストのぶんも用意します。

 料理が得意なゲストが、ごはんを作ってくれることもあります。カナダからとても料理上手なゲストが来たことがありました。彼のルーツは香港で、中華の要素があるフレンチなど創作料理をたくさん作ってくれました。あまりのおいしさに、私たち家族だけでいただくのはもったいないと思い、近所に住む友だち家族も招いて一緒にご相伴に預かりました。ゲストと友だちはすっかり仲よくなり、次に日本に来た時にはその友だちの家に泊めてもらうそうです。

 台湾から来た料理人のゲストにも、朝食を作ってもらい一緒に食べました。おいしかったのはもちろんですが、さらにおみやげとしてお手製のXO醤までもらいました。その半年後に台北へ旅行したとき、彼女におすすめのお店を聞いたらすべてハズレのないスポットばかりでした。やっぱり住んでいる人に勝る情報源はありません。

 イスラム教のゲストと頻繁に接するようになって、日本でハラールの食べ物を見つけるのは難しいということにも気がつきました。厳密にはみりんや乳化剤もNGなのです。でもゲストは「飢えてまで規律を守ることを神は求めていないから、お腹が空いていてハラールが手に入らないときはその限りではない」と言っていて、神さまはなかなか柔軟なんだな、と思いました。


「外国人」から見た東京

 ゲストが帰宅して、今日何してた?と聞くのが楽しみです。聞いてみると意外と多いのが、日本のドラマや映画のロケ地に行ったという答えです。『海街Diary』が好きで一日鎌倉へ行っていたとか、日本のアニメが好きで、その作品に出てくる西武新宿線の踏切をずっと撮影していたとか、そういう過ごし方をしていた話をよく聞きます。私も知らない作品であることも多く、日本のコンテンツは愛されてるんだなと思います。前述のアイドル好きなゲストも、日本のドラマが放送されていたことがきっかけでハマったそうです。三鷹ジブリの森美術館へ行くゲストも多く、大量のグッズを買ってきています。初めての来日だと東京ディズニーランドへ行くゲストも本当に多いです。

 新宿や渋谷へは到着した日にほとんどのゲストが行っています。でも、平凡でそこまでおもしろくなかった、という人も結構います。それより、下北沢をぶらぶらしたり、井の頭公園でのんびりしたりするほうが楽しかった、と聞き、それは我が家のような観光地とはほど遠い場所の物件を選ぶような客層だからかなあと思ったりします。

 日本人が英語を全然しゃべれなくてびっくりした、でも親切だったというのもよく聞きます。我が家へ来るのにも道に迷って、近所の人に聞いて連れてきてもらうゲストも結構います。フランスから来たゲストが、近所の居酒屋で意気投合した日本人家族と翌朝から日光へ1日観光へ行ったと言っていました。そういう意味で、わりとフレンドリーでオープンマインドな人々が多く住んでいる街にで始めたのは正解だったかもしれません。


ホスト宅で育つ子ども

 我が家には小学生と保育園児の男子がいます。自宅がゲストを受け入れているということを子どもたちがどう思っているか聞いたみたところ、ふたりとも「ヤダ!」とのことでした。その理由を聞いてみると「お客さんが泊まってると、3階の部屋で遊べないから」だそうです。ゲストがいないと3階は、子どもたちの秘密基地として友だちが遊びにきてワイワイする場所になっています。それにゲストがいるときは、私が口うるさくなります。「寝る前にリビングのおもちゃはきちんと片づけないさい」「朝早くに起きてテレビをつける場合は音量を小さくしなさい」「テーブルの上の食べ終わった食器は早く流しにもっていきなさい(そしてゲストがいる間は、流しに洗い物をためておけないので、どんなに疲れていてもすぐ洗い物をしなければなりません。それは私も結構キツイです)」などなど。どれも、ほかのお宅では普段からやっていることかもしれませんが、誰もいないときは私もつい甘えがちでダラダラしてしまいます。でも他人がいるなら、そうも言っていられません。それは、他人と暮らしをシェアする上で大切なことだと思っています。

 ゲストは基本的に日本語が話せません。なので、子どもたちもあいさつ程度は英語でするようになりました。長男は、英語がわからないということを恥ずかしいとか不安だと思っている様子があります。必要性は本人も感じているので、勉強したいと言うまでは待ちたいと思います。保育園児の次男は、そもそも日本語もまだおぼつかないということもあり、言葉が通じないことはあまり臆せず、体当たりでコミュニケーションを取っています。ヘンな顔をしたり、ダンスを踊ったり、それで相手を笑わせるのが好きなようです。長男が慎重で繊細な性格なのに対して、次男は人見知りせずおおらかな性格なのでそのあたりも関係していそうです。次男のこの年齢ならではなのか、本人の性格によるものなのかわからない、分け隔てのないコミュニケーションぶりに私も助けられることが多々あります。

 最初は、仲が良くなったゲストがチェックインするたびに寂しそうでしたが、すぐに慣れるようになりました。そのあたりも旅っぽいなと思っています。


子どもたちとゲストのコミュニケーション

 長男は、他人に心を開くのに少し時間を要するタイプですが、自分の好きなものははっきりしていて、そこを共有できる人とはすぐ仲良くなれます。オーストラリアからカメラマンのゲストが来たとき、彼の作ったSFっぽいムービーが長男の好みにストライクで、その後ふたりで一緒にムービーを作っていました。長男が工作で作った宇宙船から、ガンダムが降りてきて車に乗り込む、というのをストップモーションのやり方を教わりながら作っていました。本当に好きなことなら、言葉の壁はあまり感じないようです。その後、長男がライトセイバーを振る動画にゲストが音と光で効果をつけてくれて、それも大喜びしていました。

 子どものために、といろいろなおみやげを持ってきてくれるゲストもいます。デンマークからきたゲストは「私たちの国のおもちゃだから」とレゴのミニフィグを持ってきてくれて、フランスからきたゲストは「私たちの国で子どもたちはこれを読んで大きくなる」とフランス語の絵本をプレゼントしてくれました。アニメーターだったフランス人の青年はガンダムのプラモデル、STAR WARS8公開直後に来たアメリカのゲストはBB-8の大きなぬいぐるみをくれました。

 ゲストが来ると地球儀で「ここから来たんだって」と子どもたちと話します。「ママたちが去年旅行したこの国から近いね」とか「お友だちの○○ちゃんが住んでる国だね」とか話しながら。飛行機好きな長男は「どこの航空会社できたの?」と必ず聞きます。乗ったことがある航空会社だと嬉しそうだし、乗ったことがない航空会社だとすぐ本で調べます。彼の感じる世界の広さは、子どもの頃の自分が感じていたそれとは全然違うんだろうなと思います。

 ドイツから幼稚園教諭をしているゲストが来ました。彼は子どもたちと遊ぶのが得意で(当たり前ですが)、いっしょに相撲をとったり、絵を描いたりしてくれました。「日本の幼児教育に興味がある」というので、次男の保育園に一緒に行って見学したりもしました。「ドイツの幼稚園と全然違う! 日本の保育園は学校みたいだ!」ととても衝撃を受けていたので、日本とドイツの幼児教育の違いについて話しました。余談ですが、彼はふくらはぎに大きめのタトゥーを入れており「日本の保育園ではこういうのは嫌がられるかな?」ととても心配していました。でもその図柄は「不思議の国のアリス」に出てくるチシャ猫だったので、私はなんだかかわいいなと思って見ていました。


ゲストをたずねて

 香港にはずっと行きたいと思っていたのですが、なかなかタイミングがありませんでした。そんな折、香港からのゲストがきました。彼女は中国の出身だけど、香港にもう8年ほど住んでいるので香港のパスポートも持っていて、ゆくゆくは長野に夫と移住して自然とふれあいながら暮らしたいと言っていました。日本のアイドルとファッションが大好きだったので、話も合いました。彼女と、日本と香港の違いについて、いろいろな話をしました。

そんな彼女の目から見た「香港」に興味を持ち、その年末に会いに行きました。彼女は「夫にもぜひ会わせたい」とレストランを予約し、当日はふたりで会いに来てくれました。ふたりの勤務地に近いその場所は、街並みがすっきりしていてお店の人が英語しか話さず、それまで行った香港のほかの場所とはまったく違いました。ゲストに会う目的じゃなかったら、行かなかった場所かもしれません。いっしょに食事をして良い時間を過ごしました。

友だちがいる国に遊びに行くのは楽しいものです。とはいえ、行きたい国に友だちがいるとは限りません。ゲストと仲よくなることで、世界中のあちこちに「会いたい人」が増えます。行ったことのない場所を身近に感じたりもします。家にいながら、そういう人や場所が増えるのは、子どもたちがいて気楽に夜飲みに出かけたり、ひとり旅に出たりしにくい環境ではありがたいなと思っています。

旅は終わらない

 こうして家でいろいろなことをしている我が家ですが、もちろん旅をやめたわけではありません。年に数回は数日から数週間の旅に出ていて、子どもと一緒に行った国も18カ国を越えました。昨年は、世界一周航空券を使っていわゆる「世界一周」もしました。今まで見たかった景色を思う存分見て、いろいろな飛行機に乗って、違う言葉を聞き、想像もできないような味のものを食べる毎日でした。慣れると時間の流れは早く感じます。この旅行中は、慣れる前に次の場所へとどんどん移動していきました。だから、時の流れがおそろしくゆっくり感じられたのです。子どもたちの成長は、とても早いとふだん思っています。たまにはこうして、自分で時の流れを変えるようにすれば、子どもたちのかわいい時間を少し長く味わえるのかもしれないなと思いました。
 
 その旅行は面白すぎて、帰ってから社会復帰できなくなるかもと考え、帰国するその日にゲストを迎えることにしました。私なりのソフトランディングです。世界一周を終え、帰宅すると家にはメキシコとトリニーダドバゴから来たパイロットがいました。パイロットになりたい息子は大喜びでいろいろなことを聞き、一緒に映画『ハッピー・フライト』を観ていました。ふたりはその映画に大ウケで、「こんなこと日本の航空会社以外じゃありえない」とアメリカ系航空会社の適当さをさんざん話してくれました。そんな刺激的なゲストが東京にいても来てくれると思うからこそ、日常生活にも無事戻っていけました。

 ほかにも、自分たちが旅行する間は空いた家を貸していることがままあります。使っていない家を有効活用してもらえて、さらに不在時に植木の水やりなどもお願いすることができて、旅行費の足しにもなるといいことづくめです。自分たちが旅に出ることと、旅する人を受け入れることは自分にとって両輪の活動となりつつあります。


子どもと行く旅の過ごし方

 旅行先ではふだんの暮らしに比べると、かなりのんびり過ごしています。子どもとじっくりいろんなことを話す機会にもなりますし、親子ともども新しい体験をしてそれについてああだこうだと話し合うのも楽しいものです。また、いろんな状況で子どもがどう対応するのかを観察する機会にもなり、その成長を感じることもしばしばです。それ以上に私がどんな人なのかを、子どもが観察していて反面教師にしているフシもあります。旅のプランニングをするときは、お互いの興味を持ちそうなことをすりあわせていくので、子どもの関心事に敏感になりますし、自分の関心分野を子どもに伝えるいい機会でもあります。

 そして、旅行から帰ってきても写真や動画を見て、あのときはああだったこうだった、と子どもはいろんな話をしてくれます。ニュースを見ていて、旅行中に見た光景と結びつけて話し出すこともあります。日常生活では共有できる時間が少ないぶん、ここぞとばかりに共有できる思い出を増やす貴重な時間でもあるのです。

 私は「好きなことがあれば生きていける」と思っています。好きなことは続けるのが苦にならないし、続けていればそのうちそれがどこかに繋がって、仕事になったり自分を助ける人間関係を作ったりしてくれます。そんなふうに好きなことが生きることに直結はしなくても、「楽しい」と思う瞬間があれば、つらいことも乗り越えられます。子どもにはそういうものを見つけてほしいと願っています。親として「自分が楽しいと思うことをやり続ける」背中を見せるためにも、子連れ旅行は我が家のマストイベントになりつつあるのです。

望む世界は自分でつくる

 ニュースを見ていると、世界は分断に向かっていると感じることがたくさんあります。長男にニュースの意味を尋ねられて説明していると、「なんでそんなことをする人がいるんだろう」とか「これからどうなるんだろう」と不安をこぼされたりもします。それもひとつの現実です。

 でも、私の家には、日本の文化や生活に興味と愛着を持って、良い関係を築こうとしてくれる人がたくさん来ます。そういう人がいること、これもまた現実のひとつなのです。モニターの向こうの遠い世界のことはひとまず置いておいて、顔が見える半径数メートル以内の世界をまずは信じたいし、その世界にいる人に取り急ぎ幸せになってもらいたい。どういう世界を望むか、どういう人たちの中で、何をしながら暮らすか、というのは、自分で決められると思っています。子どもたちも、それができる大人になったほうが、楽しく暮らせるんじゃないかと思います。世界は与えられるものではなく、自分が望むように作っていくものなんだよ、と暮らしを通して、子どもたちに伝わってるといいなと思っています。


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