Sweet Scarlet Heart 前編
残暑が厳しい時期も過ぎ、だんだんと寒さが際立つようになってきた秋の暮れ。それを知らせるように緑の木々も枯れてきて、遠くに見える山には赤と黄色の色が目立ち始めた
彼と付き合い始めてから初めての秋だ。そろそろ、彼と紅葉を見に行ってみたい。そんな気持ちが湧いてきた
だが、最近彼の様子が少しおかしい
朝、一緒に学校に向かう時は眠そうにしていたり、授業もたまに寝ている。帰りはHRが終わったらすぐに出ていく。帰宅部の彼は早く帰る理由は特にないはずなのに
「なんか無理してるのかな」
部活が終わった帰り道、遠くに落ちそうな夕日を眺めながら一人呟く
明日の朝、誘ってみよう
あまり気にしないように気楽に考えていた
「おはよう」
朝、またいつもより少し遅れてやってきた彼に笑いながら挨拶をした。彼は少し眠たそうに目を擦りながらあくびを堪えている
「ん….おはよ。また遅くなって悪い。急いで行こう」
「うん。ねえねえ、今度一緒に紅葉見に行こうよ。そろそろ時期だよ」
昨日考えていた事を早速提案する。彼の事なら、きっとデートだと乗り気で賛成を
「まあ…..そうだな。もし行けたら行くか」
僕のその発言にチラリとこちらを見た後、すぐに遠くに目線が戻り、そう気だるげに返された
「……あ、うん」
予想していなかった反応と声色に戸惑いを隠せなかった
「さ、最近なんか眠そうな事多いよね。夜眠れないの?」
「まあそれもあるけど、やる事があってな。バイト始めたんだ」
彼はずっと遠くを見ながら話している
「バイト?」
「そう。お金貯めないとだから。急がしくなるから、しばらくはゆっくり出来ないんだ」
「そっか。じゃあ、仕方ないね。頑張って!」
「ああ、ありがとう」
「もし授業寝てたら、またノート見せるね」
「….あまりしないようにはしてるんだぞ?まあ、ありがとう」
少しバツが悪そうな顔をしながら、ようやく僕の方を見た。彼とこんなに視線が合わないのも珍しい。普段は僕が話す度にこっちを向いて微笑んでくれるのに
眠いからだろうか、それとも….
僕の中で不安は確かに大きくなっていった
冷たい秋風が、手と体に染み渡っていく
先日の席替えで僕と彼の席は離れてしまった。僕は廊下側に、彼は窓際の方になった。授業中、遠くからチラリとしか彼の姿を見る事ができないのはこれまでと違って全然慣れない。何度もチラチラと確認してしまい、先生に怒られた事もある
お昼を彼と一緒に食べる機会も少し減った。今のように近くの友達と食べて、彼も同じように他の友達と食べている事が出てきた。別に友達と仲良くするのも嬉しいが、なんだか彼との時間が減ってしまったようでどこか寂しい
「どうした?なんか食べるスピード遅いぞ」
そんな事をグルグルと考えていたら、目の前の友達が首を傾げながら聞いてきた
「んー、ちょっと考え事」
「なんだよ、悩み事か?」
「そんな感じ。よくわかんなくって」
「わかった。またあいつの事だろ」
友達が少しニヤニヤしながら彼を小さく指差す。図星ではあるが、なんかすぐにバレてしまうのが悔しい
「まあね」
「最近なんかバタバタしてるよな。あー、そういや隣のクラスのやつが、あいつがバイトで新しく入ってきたって言ってたな」
「そうみたい。何のバイト?」
「ファミレスだよ」
「へ〜。お金ないって言ってたんだけど、そんなに使うのかなって思ってさ」
「金なんて何にでも使うからな。俺だってゲーム買ったり課金したり大変だぜ」
「そっか……。ねえ、行けたら行くってさ、どれくらい信じてる?」
朝からずっと引っかかっていた事を聞いてみた
「お前、そんなの絶対行かないやつだろ!あいつに言われたのか?」
「うん。紅葉見に行こうって言ったら」
そう言うと、友達は少し考えたような顔をして黙り込んだ
「んー、まあ何も考えてないわけじゃないんだろうけど、ちょっと傷付くよな。いくらバイトがあるとは言っても、学生だから休みなんてわりと取れるし」
「そうだよね。なんか、行きたくないのかなって」
嫌な考えをつい零してしまう
「……あのさ、突っ込む事言うけど、付き合ってどんくらいたった?」
「!!!」
友達からのまさかの爆弾発言に耳を疑った。誰にも言っていなかったのに
「や、そんな驚くなよ。見てたらわかるって。別に否定なんかしないさ。ただ、どうしてんのかなって」
「そりゃ驚くよ!!え、皆にもバレてんのかな!」
「いや、それは多分大丈夫だろ。不安なら俺が根回ししといてやるし。まあそれはいいとして」
「あ、うん。ちょうど一年経つかなくらい。秋は初めてだね」
「…….キスとかしたか?」
「どこまで聞いてくるの!?手を繋ぐのはよくやるけど、キスはちょ、ちょっとだけ…..。これ以上聞かないでね!?」
人にこんな事を言うのは初めてだから、つい顔が赤くなるのを感じる
「なるほど。んー……お前からそういうのはした事あるか?」
「キス?いや、まだないかな。恥ずかしくって」
「そっか。じゃあさ、ちょっと無理にでもその紅葉見に行くのに連れ出してさ、そのデートの時に思い切ってお前からしてみろよ。きっと喜ぶぞ」
「えー!!」
友達の提案に思わず大きな声が出た。何事かとクラスメイト達が一斉にこちらを見た
「バッカ、お前!!!な、なんでもないからな!!」
咄嗟に友達が周りに慌てながら謝っていく。チラリと彼を見ると、机に突っ伏して寝ていた頭を起こしてこちらを見ていた
「(ごめんね)」
ジェスチャーで謝ると、小さく頷いてもう一度寝始めた
「やれやれ。突然で悪かったけど、そんな大きな声出すなって」
「ごめん。で、でも、そんなの無理だって」
「なんでだよ。あいつに触れたいとか思わないのか?」
「それは…..」
友達の言葉に言い返せず、そのまま黙り込んでしまった
思わないわけはないのだが、恥ずかしさが勝ってしまうのだ
「あいつもあいつなりにいろいろ考えてるんだろうよ。お前のためにって。もしかしたら、バイトもお前のためかもな。なら、お前も何か少し頑張ってみないとな」
「……確かに」
「まあちょっとしたアドバイスだ。どうするかはお前次第だぜ」
そんな事を言った直後、予鈴が鳴った
「お!もうこんな時間。早く片付けないと先生来るからな」
「待って、あともう少しで食べ終わるから」
そのままドタバタと午後の眠い授業が始まった。頭の中は友達からのアドバイスばかりで、あまり授業に身が入らなかった
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?