したためるこの想い
恋文の日、大切な人へ手紙を出してみませんか
「……へ〜」
夕食を食べながら適当に見ていたテレビでそんなキャッチコピーが現れて、俺の目と関心を奪う。23日、2(ふ)3(み)と読んで恋文の日、らしい
明日がそんな日である事を知らず、よく面白いこじつけをするよなと思う
「大切な人…..か」
そう言われて脳裏に浮かぶのは少し前に恋人となった彼の顔だ。そんな事をぼんやりと考えていると
「兄ちゃん、大切な人でもいんの?」
隣でご飯を一緒に食べていた弟が面白そうな顔をして話しかけてきた
「まあな」
「え、意外。兄ちゃんにそんな人がいるとか」
こいつは人の事をなんだと思ってるんだ?
「ほう?食べないなら俺が貰うぞ」
ひょいっと箸で弟のおかずであるハンバーグを取って俺の口に放り投げた
「あー!!最後にとっておいたのに!!馬鹿!!」
「兄の事を馬鹿にするお前が悪い。ご馳走様」
「ふざけんなよー!!」
弟が怒りながらこっちにいろいろ言ってくるが全く気にもとめずに、自分の部屋へと戻る
勉強机へと向かって明日の学校の準備を始める
「えっと、明日の授業は……げ、あいつの授業あんじゃん」
俺の苦手な先生が担当する教科があって思わず顔をしかめる。更に嫌な事に日付と席順的に俺が指名される可能性が高い。予習しておかないと怒られるため、非常に面倒臭い
「ちょっとだけやっておくか、ダルいけど」
渋々教科書とノートを取り出して明日の範囲の予習を始める。ノートに適当に文字を書いていくと、ふと先程のキャッチコピーが浮かんできた
大切な人へ手紙を出してみませんか
「…..恋文の日、か」
文とはよく出来た綺麗な響きの言葉だと思う。だが、この時代、手紙というのはあまりもう見かけない。用事があればメールを打つ。用事や連絡、予定、約束などなんでもだ。手で書くのなんてせいぜいメモや書置き程度だ
年賀状やはがきなども最近ではもっぱらパソコンで打ち上げた物が多くなっている。本やアニメに出てくるような封筒に入った便箋の手紙などこの時代、希少な気がしていた
ふと昔を思い返して机の引き出しを開けて奥を漁る。すると、綺麗な封筒に包まれた手紙が1通出てきた
思い出した。貰った事はあるのだ、紛うことなき気持ちが詰め込まれた「手紙」を。応えられない事にもどかしさを覚えながら、頭を下げた思い出。けれど、これは間違いなく「手紙」だった
大切な人に一文字一文字気持ちや想いを込めて書くからこそ意味のある物だ
「……こんな風に俺も気持ちを込められるだろうか」
今の俺の頭の中を独占している彼に向けて「手紙」を書いたらどんな顔をするだろう。驚くだろうか、それともなんだこれと顔をしかめるだろうか。興味が湧いてきた
予習なんて何処へやら、早速俺はレポート用紙を取り出した。ちゃんとした便箋なんて持っていない、縦書きがいいとかそんなの知らない。ただ、無性に書きたくなったのだ
彼の名前を書いて、ここにいない彼へ向けて書く気恥ずかしさに少し顔をしかめる。だが、この思いつきはちょっと楽しくてウキウキしてる
仲のいい友達でもあり、俺の大切な人である彼
普段から話しているせいか、慣れてないだけなのか、メールならすらすらと書けるはずの文が不思議と何を書いていいのかわからなくなる
「….でも、やってみたいよな」
なんとか頭をひねりながらレポート用紙に向かってペンを走らせた
翌日、一緒に登校する時に彼に綺麗に四つ折りしたレポート用紙を差し出した。案の定、彼はキョトンとした顔をしている
「え?何これ」
「手紙」
「手紙?なんで?」
「今日はそういう日らしいからな」
「へ〜….知らなかった。ありがとう!読んでいい?」
「まだダメ」
「えー」
彼がうずうずと読みたそうにしているのを察して、俺は突然走り出した
「じゃ、俺は日直だから急ぐ!じゃあまた後でな!!」
「え!ちょっと!!…..行っちゃった」
彼の返事を待たずにそそくさと彼の元から立ち去った
意外というか、やはりというか、恥ずかしいものだと改めて思った。口で言うか、メールをすれば済むような内容なのだから、わざわざ手紙など書く必要はなかった。ちょっと困惑する顔を見たかっただけなのだが、慣れない事はするものではないな
俺にも余裕がなかったせいでせっかくの彼の困惑顔を楽しむ余裕もなかった。本当にこれは恥ずかしい
よく女子は手紙をしたためたりできるなと思う。揃いの柄で綺麗な可愛い便箋と封筒に、これまた可愛いペンで丁寧に書かれたあの「手紙」を俺が捨てられないのは、それを書くのに費やされた時間と込められた想いがどれほどのものか想像に難くないからだ
俺が適当に書いた、適当なレポート用紙一枚でもこれだけ恥ずかしいのだからきっと手渡しされたあの時など、本当に心臓がドキドキしていたのだろうと思う。やはり、貰ったあの「手紙」は大切にしておかなければ
「ねえ、帰り道さ、ちょっと時間いいかな?」
「お、おう。いいぞ」
帰りのHR後、彼が落ち着かない様子でそう声をかけてきた。あれから中身を読んだのだろう、今日一日なんだか俺も彼もぎこちない雰囲気で過ごしていた
それもこれも俺の単なる興味と思いつきのせいだが、なんだか悪くないような、でも居心地の悪いような微妙な空気感の中、いつもより何処と無く空いた距離でただ黙々と話す事なく彼と帰り道を共にしていた
そうして立ち寄った公園でなんとなく、ブランコへと座る。無音が耐えられなくなっていたため、小さくブランコを漕いでギィ、ギィと小さな音が沈黙の俺達の空気にこだまする
それを彼は黙って俺のブランコの前にある手すりに腰掛けて見つめていた
「…….あのさ」
彼がようやく発した声に顔を向ける。朝の登校以来、初めて目が合った気がする
「….何?」
「えっとね、あの…..朝のあれ」
やっぱり
わかっていた内容だが、本人から言われるとドキリと心が縮こまるのを感じる
「あー….えっとね……」
なんだかもどかしいような感じと気恥ずかしさに俺もどうしたらいいのかわからない。別に返事が欲しいわけではなく、単に思っている事を書いただけなのだ
「ぼ、僕も嬉しいよ…..君と一緒に….いられる事」
彼らしくもないはっきりのしなさにこっちが赤面してきそうになる。もうやめてくれと思わなくもないが、彼の誠意を考えると何も言えなくなる
彼の顔を見ていられなくて、公園のライトに顔を向ける。夕焼け空の向こうがライトで照らされている。もうすぐ夜がやってくるのだ
「….え……えいっ!」
ふいに彼の温かい体温を間近に感じて彼の方を振り返る。ぐいと肩を掴まれて引き寄せられて慌てる
「え、どうし….」
そこで発言は途切れさせられた。言おうとした唇は、彼によって塞がれたからだ。その事を頭の中で理解するのにたっぷり10秒はかかったと思う
止めてしまった息が苦しくて、俺は目を見開いたままようやく呼吸を再開するが、体の硬直が未だに解けない
「え…..えっと….なんで」
やっと復活してきた呼吸に乗せてそれだけを絞り出す。彼からの接物、初めての、しかも突然の事だ
彼の顔は首から耳まで真っ赤になっており、そっぽを向いている。もしかしたら、俺の顔も同じようになっているかもしれない。そう思うほどに俺の顔も熱くなっている
「だ、だって…..今日は、そういう日なんでしょ!?だから….そういう事なのかな、って….。ど、どうせなら僕からした方がいいのかなって」
「え!待って待って、何の話!」
「……え?」
「え?…..今日は….恋文の日なんだってよ。大切な人に手紙を渡そうって」
「….恋文の…..日?え、待ってよ。インターネットでは今日って…….キ….キスの日って」
「……..へ」
「……..」
なんとも気の抜けたような空気がしばらくの間、二人の間を流れていった。そんな空気を壊すように、俺は固まる彼に向けて大きく一歩踏み出した
君の事を想って手紙を書きます
あの告白した日からずっと、俺の中で君は特別で大切な愛しい人です
高校生活はまだまだ続くけど、ずっとこれからも君と一緒に過ごせたら俺はどれだけ幸せ者だろうかと毎日考えています
一緒に登校して、勉強して、帰って
そんな何気ない日も、誕生日のような特別な日も、俺は君を想うよ
また君とデートしたいです
いつか、君からも俺へのプレゼントをくれるのを待ってます
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