精神のピアサポートについて考えたことをつらつら
肉体の器の中に精神がある。
精神は心?心はどこに宿る?
思考回路?感情?
心って皆言うけど、何処にあるかはわからない。
個人的に感情が近いのかもと思う。
感情が動くと思考も動くから、思考も心に近いのかも。
考えること、感じることが心。
だから、考えることを放棄すること、感じることをやめることは、心をころすことになってしまうのでは。
人間は心が大切だと思う。
心をころしてはただの動く駒のようなもの。
駒になったら、ただただ、他人に使われてしまう。
精神疾患の問題は、大体が心のコントロールが上手く出来なくて生じると思ってる。
考え方、感じ方をコントロールできない状態。
ピアサポーターというのはその辺りがコントロールできないとつとまらないと思う。
健康なスタッフはコントロールを失った状態を経験していない。
でも、ピアは経験してる。
ピアの人達は自分の弱点を克服する作業を挟む必要があると思う。
非常に難しい作業だと思う。
出来なくなったことを取り戻すことは、努力と工夫と運までもが必要だと思う。
私は統合失調症になって、数字の計算がほぼできなくなった。
15年くらい経った今でも。
でも、計算機やExcelを使えば、計算の答えは出せる。
ピアサポーターに求められる、考え方や感じ方のコントロールって、そういうことなのでは。
別に、健康なスタッフと同じやり方でコントロールができなくてもいい。
計算でいう、計算機やExcelの補助のように、考え方や感じ方の補助があれば不可能ではないのではないかな。
じゃあ具体的に何なのって言われても、今の私にはわからないけど、今のところ思うのは、考え方や感じ方のモデルがいると良いんじゃないかなって思った。
一度心の折れた人は、その考え方や感じ方では挫折すると知っている。
だから、モデルなどをもとに、考え方や感じ方を少し変えることができれば、同じ人間でも心のコントロールが可能になるのではないだろうか。
考え方、感じ方は習慣から成るとも聞く。
じゃあ、考え方や感じ方の習慣を刷り込み直せば…?
何が言いたいって、何らかの形でピアサポーターや支援者側に回りたい当事者は、何らかの形で「過去の自分」と「変えた自分」を持つ必要があるのかなということ。
要は、自分の軸が新旧ある感じ。
旧自分の軸の視点に立てば、当事者との「共感」が、新自分の軸の視点に立てば擬似的な「健康な状態」がわかる。
新しい軸さえ立てられれば、メリットが大きいと思う。
自分に対しても周りに対しても。
でも、これ、たいへんに難しいことだ。
でもね、とても必要とされていることだと思うんだ。
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