一次創作小説『月夜の先』本文サンプルその2(第二話)
以下の記事で紹介した一次創作小説『月夜の先』の本文サンプルです。
その1は以下になります。
この記事では、第二話を丸々紹介です。
もし読んでいただけましたら幸いです。
第二話「若き術師達」
「改めて、助けてくれてありがとうございました、月斗君」
紗夜は月斗の手を握り、にっこりと微笑む。
綺麗な女性に手を握られてお礼を言われる、なんてことはこれまで経験したことがなかったため、月斗は気恥ずかしくなり、慌てて手を離してしまう。
「い、いえ、別に……これくらい、全然日常茶飯事ですよ」
こんなことを言っているが、月斗はこれまで実戦経験皆無の見習い術師だ。それなのに日常茶飯事とか言ってしまったのは、照れているのを誤魔化したいが故の勢いだった。そんな風に誤魔化しても月斗は自分の頬が熱くなるのを感じ、ますます恥ずかしくなるだけだった。
紗夜も月斗が照れているのが分かったのか、「あはは」と面白がるように笑うと月斗の頬をつんつんと指でつつく。
「やだー、可愛いですねー。っていうか制服、この辺りの中学校のですよね。年下だったんだぁー」
「やめてください」
やたら距離が近いなこの人、と月斗は照れつつも紗夜を少し鬱陶しく感じたが、それと同時に「学校」という単語を聞いて「あ」と呟き、慌ててスマートフォンを見る。
「……遅刻だ」
画面に映し出された時刻を見て、月斗はがっくりと項垂れる。
紗夜も自分が登校途中であることを思い出したのか「あー」と間抜けな声を出す。
「あはは、やっちゃいましたね。まぁ私は遅刻の常習犯なので大丈夫です」
「何も大丈夫じゃないと思うんですが」
月斗は疲れた様子で紗夜にツッコミを入れるが、もう開き直るしかないと考え、頭の中で言い訳を考えつつ紗夜と一緒に歩き出して路地裏を出る。
「月斗君は、ああいう妖怪退治みたいなことをいつもやってるんですか?」
紗夜が月斗に興味深そうに聞いてくる。
「いや、練習はしてましたけど、実際にやったのはさっきが初めてです」
「おお!じゃあ私が月斗君のはじめてですね!」
紗夜は恥ずかしそうに「きゃー」と一人で大騒ぎする。
「その言い方、やめてください」
月斗が心底嫌そうに睨むと、紗夜は「ごめんなさーい」と舌をぺろっと出す。
「それなのにさっきは日常茶飯事なんて言っちゃって、月斗君は見栄っ張りさんですね」
「う……それは、すみません」
恥ずかしいのを誤魔化そうとして適当言ったことを今更申し訳なく感じ、月斗は素直に謝罪する。
「大丈夫ですよー」と紗夜は楽しそうに答える。
その能天気な様子に、月斗は安堵半分呆れ半分で小さくため息をつき、気を取り直して紗夜に気になっていることを聞く。
「紗夜さんは、ああいうのよく見えるんですか?」
月斗からの質問に、紗夜は一瞬きょとんとする。
「へ?あ、うーん、そうですね……時々見えちゃってつい目で追っちゃったりします」
その答えを聞いて、月斗は紗夜が怪異に追われた理由について合点する。
「それ、やめた方がいいですよ。さっきのみたいに目が合うと追いかけてくるのもいるんで」
「そうなんですか?」
「そうなんです。だから、もう無闇に目で追わないでください」
「はーい」
そんなことを話しながら二人が歩いていると、やがて大きな交差点に差し掛かる。
「じゃあ、私はこっち行くので」
「それじゃ」と紗夜は月斗が行くのと正反対の方へ向かう。
「今日助けてくれたお礼は、そのうちに」
「いや、本当にいいですよ」
月斗が遠慮するのを聞いたのか聞いていないのか分からないが、紗夜はその場から小走りで去っていった。
(遅刻の常習犯と言っていたが、一応焦るんだな)
そんなことを思いつつ月斗はその背中を見送り、横断歩道を渡って自分が通う学校へ向かっていった。
忠仁は、この一帯で一際大きな屋敷の門前に立っていた。
古めかしい門は部外者を追い払わんばかりに重く閉ざされており、呼び鈴は見当たらない。しかし、よく見ると門扉には小さな人型の紙が貼られており、忠仁は慣れた様子でその紙に向かって口を開く。
「賀茂家の忠仁です」
そう名乗ると紙から「お待ちしておりました」と少年の声がして、門扉が独りでにゆっくりと開いていく。
忠仁は中に入り、綺麗に整えられた石畳の道を歩いて広い庭を横断し、屋敷の前に辿り着く。
忠仁が戸を叩く前に、金色がかった茶髪の少年が屋敷の扉を開け「いらっしゃい忠仁さん」と忠仁を笑顔で出迎えた。
「お久しぶり晴哉君。元気だった?」
「はい!忠仁さんもお元気そうで何よりです」
「どうぞ、こちらへ」と晴哉と呼ばれた少年が忠仁を案内する。
彼の名は土御門晴哉。
術師達の頭領を代々務める土御門家の長男だ。年齢は十六歳。染めたのではない自然な色合いの茶髪を後ろで一つに束ねており、その束ねた髪が軽快に動く様子が活発そうな印象を与えてきた。
「もう皆揃ってるの?」
「はい。……あ、いや、蘆屋家の道介さんがまだ来てなかったかな。一応招集はかけてますけど、また欠席かと」
「まぁ、あの人はちょっと特殊だし」
そんな話をしながら長い廊下を歩き、晴哉が襖を開く。
その先は大広間となっており、二十名弱の、年頃も性別も様々な人間が座布団の上に座っていた。
「流石、分家でも賀茂家のご長男は重役出勤だな」
いの一番にそんな嫌味を口にしたのは、高校生くらいの、鋭い目付きが特徴の少女だ。
彼女の名は円城円。
上からでも下からでも「円城円」、というのが彼女の自己紹介の鉄板ネタだ。
先端がやや赤みががった白髪、炎のような虹彩の瞳には星のような光が煌めいており、整った顔立ちも相まって「口を開かなければ」神秘的な美少女という印象を人に抱かせるだろう。
「相変わらずきついなぁ円ちゃんは。開始時刻には間に合ってるから許してよ」
嫌味を言われても慣れた様子で忠仁は円に話しかける。忠仁の呑気さに、円は眉間に皺を寄せて益々きつい目つきで忠仁を睨む。
「他の術師はずっと前から集まってるんだよ。お前は昔から緊張感のない……」
「そんな円さんだって、さっきまで暇だからスマホいじって動画見てましたよね」
円の嫌味に、別方向から嫌味を突き刺したのは、この集まりの中で間違いなく最年少と思われる少年だった。
円はそれを聞き逃さず「あ?」と威圧するように小柄な少年へ視線を移す。
「何か言ったか、土御門のちっこい方」
「本当のこと言っただけです」
そう答えつつ、睨まれたのが怖かったのか、少年は立ち上がってとてとてと走って晴哉の後ろに隠れてしまう。
この少年は土御門明紀。
土御門家の次男で、晴哉の四歳年下の弟だ。
若干十二歳ながら「成長すれば安倍晴明の再来となる」と言われるほどの術の天才で、土御門家の次期当主は長男の晴哉ではなく次男の明紀ではないかと昔から噂されていた。
門に貼ってあった人型の紙『式神』を操っていたのもこの明紀である。
しかし、兄の後ろに隠れて円の視線から逃れようとする明紀は、甘えん坊な子供にしか見えない。
弟のそんな様子に、兄の晴哉は呆れた顔で「怒らせるだけなんだから、余計なこと言うなよ明紀」とため息をつく。
「僕は間違ったこと言ってないです。助けてお兄ちゃん」
「おい晴哉。弟を甘やかすな。こっちに渡せ」
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、へるぷみー」
円は立ち上がって晴哉に後ろに隠れた明紀を捕まえようとする。そこで収集がつかなくなりそうな雰囲気を察知したのか、それまで円の側で黙っていた少女が口を開く。
「二人とも、そろそろ静かにしないと怒られちゃうよ。円ちゃんも明紀君もわざわざ嫌味言ったりしないの。ね?」
そう言って二人を諌めるのは、青みがかった流麗な黒髪が特徴的な美少女だ。
彼女は瑞稀雫。
円の幼馴染であり、ある出来事以来、円の従者として彼女と共に育ってきた少女だ。一応主と従者ということにはなっているが、二人の関係は対等な友人である。
先程まで殴りかからんばかりの勢いだった円だが、雫に諌められた途端「……うー」などと弱々しく呻きながらしぼむように大人しくなり、元いた場所に座り直す。
円が大人しくなったのを見て、忠仁は安心したようにため息をつき、雫を見る。
「ごめんね、雫ちゃん。元はと言えば私が遅くに来たせいなのに」
「いえ、開始時刻前に来ているのは確かですし。寧ろ来て早々円ちゃんがすみませんでした。……ところで、あの、月斗君は?」
雫は、忠仁と穏やかに話していたが、月斗のことを尋ねた途端に頬を赤らめきょろきょろと忠仁の周囲を見る。
その姿を見て、忠仁は少し罰が悪そうな表情で「あー」と声を漏らす。
「ごめん、今日は連れてきてないんだ……」
「そ、そうでしたか……」
月斗が来ていないことを知ると、雫は露骨に落ち込んでしまう。そんな雫を見て居た堪れなくなったのか、円は忠仁に「お前は月斗に甘過ぎだろ」と苦言を呈する。
「元々術師の生まれじゃないからこっちの事情に余り巻き込みたくないっていうのは分かるが、それでもあいつは術師の見習いだ。自覚を持たせるなら早い方がいい」
「……うん、分かってるよ」
忠仁は円の指摘を否定はしなかったが、肯定しているとも言い難い態度だった。
「お前達、そろそろいいかな」
若者達の会話を遮るように、大広間に落ち着いた男の声が響く。
その声がした途端、その場にいた者全員が姿勢を正し、静かに頭を下げる。
「失礼いたしました、父上」
晴哉が謝罪を口にすると、声をかけた男……土御門家の当主・土御門明隆は「うむ」とだけ答える。
「蘆屋道介からは欠席の旨の文が先程届いた。よって、これで全員が集まったこととなる。では……」
明隆の言葉により、この場にいる術師達の間に真剣さと緊張が満ちていく。
「これより、術師会合を始める」
その日の授業が終わった月斗は、部活に所属していない所謂帰宅部のため、荷物をまとめて帰ろうとする。
「なー、結城、今日暇?」
そう声をかけてきたのは月斗のクラスメイトの田中だ。
そこまで親しいわけでもないが、別に関係が悪いわけでもない……そんな関係のクラスメイトの一人だ。
「暇だけど……何で?」
「皆でモックで飯食おうぜって話してるんだけど、お前もどうかなってー。お前、結構女子に人気だし」
つまり女子寄せかな、と月斗はついつい邪推し、面倒に感じてしまった。故に、申し訳ないが断ることにした。
「んー、ごめん。俺はいいや」
「えー、何でだよ。暇なら行こうぜ」
月斗がリュックを背負って歩き始めてもなかなか田中は引き下がらない。
こうなると断るの面倒だよなぁ、と月斗は内心愚痴りつつ、下駄箱で上履きから靴に履き替え、校門に向かう。
校門までもう少しというところで、月斗は誰かが自分に向かって手を小さく振っていることに気付いた。
「……んん?」
目を細めて誰なのか確認する前に、「月斗くーん!!」という大きな声が否が応でも今朝の記憶を呼び起こす。
「月斗くーん!学校おつかれさまでーす!」
月斗が自分に気付いたと分かった途端、手を振っていた人物・穂戸浪紗夜は嬉しそうな声で月斗に呼びかける。
「……結城、そうか、先約がいたのか……」
「誘ってごめんな」と田中は悲しそうに月斗に背を向け、どこかに去っていった。
偶然とはいえ田中の誘いを断れたのはよかったが、その安堵以上に月斗の中では混乱が大きくなっていた。
困惑しつつ校門まで行くと、紗夜は「やっほー」と月斗に笑いかける。
「あの……紗夜さん」
「はい、何でしょう?」
「何でここに?」
「月斗君、忘れちゃったんですか?」
紗夜は途端にショックを受けたようにしょぼしょぼとした表情になる。
「助けてくれたお礼はそのうちに、って今朝言ったばかりなのに……そんなに私は印象薄かったですか?」
いや薄いなんてことはなくて逆にめちゃくちゃ濃いです、と月斗は思わず口にしそうになったがぐっと堪えた。
「お礼なんていいですって。気にしないでください」
「いやいや、そういうわけにはいきません。というわけで、行きましょう!」
そう言って紗夜は月斗の手を握って歩き出す。
唐突な行動に月斗は困惑するしかない。
「行くってどこに?」
「えー、決まってるじゃないですか!」
紗夜は振り返って月斗を見て、悪戯っぽく微笑む。
「デートですよ、デート!」
本文サンプルその3は以下になります(2024/10/15追記)