一次創作小説『月夜の先』本文サンプルその3(第三話)
以下の記事で紹介した一次創作小説『月夜の先』の本文サンプルです。
その1、2は以下になります。
この記事では、第三話を丸々紹介です。
もし読んでいただけましたら幸いです。
第三話「はじめてのデート」
「デートですよ、デート!」
勝手にそう宣言して、紗夜は月斗の手を握ったままずんずん歩き出す。
一方、突然デートと言われた月斗はぽかんとしたまま紗夜に引きずられるように歩いていたが、少しして落ち着いてくると「ちょ、ちょっと待ってください」と足を止める。
紗夜は、困惑する月斗を見てきょとんをした顔をする。
「どうかしましたか?あ、これから用事があるとかですか?それなら別の日に……」
「い、いや用事とかじゃなくて、何でお礼の話からデートになるんですか?」
そう聞かれた紗夜は「ああ、そこですか」とぽんと手を叩く。
「ならば説明しましょう……。今日一日、私は月斗君へのお礼について考えたわけですよ……授業をスルーしながら」
「ちゃんと勉強してください」
月斗のもっともなツッコミを無視して紗夜は喋り続ける。
「何かプレゼントしようにも私のお小遣いはそんなに多くはない……しかし、お礼しなければ気が済まない……。ならば、運命的な出会いをした女子高生のお姉さんと放課後に楽しいデートをする……それが、私にできる最高のお礼かなって思ったわけですよ」
「すみません、言ってる意味がよく分からないです」
月斗は、紗夜の超理論に頭痛がする思いだったが、紗夜はそんな月斗に構わず、再び月斗の手を引っ張ってずんずん市街地の方へ向かっていく。
「さー早く行きましょー!学生の時間はあっという間に過ぎていきますからねー!」
「いや、あの、俺、行くとは一言も」
「とりあえずクレープを食べたりしましょう!それでゲームセンターに行ったりしてー、それでそれでー、あとはその場の勢いにお任せでーす!」
「結構ノープランですね!?」
そんな風に騒ぎながらも、楽しそうな紗夜を邪険に扱う気にもならず、結局月斗は紗夜と手を繋いだまま、商業施設が集まっているエリアまで来ていたのであった。
紗夜はクレープの移動販売車の前まで行くと、メニュー見ながら「月斗君は何がいいですかー?」と呑気に聞いてきた。
一方、月斗はこれまで余りクレープを食べたことがなかったため、やたら数が多いメニューの見方すらよく分からないでいた。
(忠仁さんが連れてきてくれるのは、たい焼き屋ばかりだったしなぁ)
たい焼き(餡子)が大好物な忠仁の顔が浮かんでしまい月斗はぼーっとしてしまったが、顔を覗き込んできた紗夜の「月斗くーん?」という声ではっと現実に引き戻された。
「な、何ですか?」
「月斗君はどれにするか決めましたか?」
「えーと……じゃあチョコバナナホイップで」
オススメにあるなら間違いないだろうと月斗はオススメ欄に書かれているメニューを指差す。
「オーソドックスで間違いなく美味しいのにいきましたね〜。あ、私はデラックスストロベリーホイップで。支払いはまとめてお願いします」
そう言いながら紗夜はICカードで手早く支払いを済ませてしまう。
「あ、あの、本当にお礼とかいいんで、自分の分は出しますよ」
「遠慮しないでくださいよ。本当に、月斗君がいなかったら危なかったんですから」
そう言いながらも紗夜は月斗の気遣いが嬉しかったのか、「自分の分は出そうとして、えらい、えらい」と月斗の頭をわしゃわしゃと撫でる。
急に頭を撫でられたのが気恥ずかしく、月斗は頬が熱くなる心地がした。
「お客さん、クレープ二つできましたよ」
クレープ屋店員のどこか呆れたような声がする。
そういえばクレープ屋の前だったと思うと余計に恥ずかしくなり、「ありがとうございます!!」と大声で店員にお礼を言い、クレープ二つを受け取る。
「ほら紗夜さん、あっちの広場で食べましょう」
「はーい」
月斗は一刻も早くその場を離れるべく、近くの噴水がある広場まで早足で歩いていく。
そこまで大きな広場ではないが、広場の外周にはベンチがいくつか置いてあり、クレープをゆっくり食べるにはうってつけだった。
月斗は適当なベンチを選ぶと「ここに座りましょう」と紗夜に声をかける。
紗夜がベンチに腰掛けると、月斗もその隣に腰掛ける。
「はい、紗夜さん」
月斗は紗夜にクレープを差し出す。
「ありがとうございます!」
「こっちこそ、ご馳走様です」
「いえいえ〜」
紗夜ははむっとクレープにかぶりつく。口元にクリームが付くのも構わず「美味しーい!」と子供のように目を輝かせる紗夜を見て、月斗は微笑ましくなった。
(年上のはずなのに、可愛い人だな)
そんなことを考えながら、月斗もクレープを食べ始める。久しぶりに食べると案外美味しいな、と月斗は甘さに心地よさを覚えながらもぐもぐと食べ進めていく。
クレープを食べ終わる頃、ふと空を見れば青空に雲一つなく、今日はこんなにいい天気だったのかと月斗はゆっくりため息を吐く。
思えば一人で帰っている時は、怪異を余り見ないようにただ前を見るか俯いていて歩くことが多く、外でこんなにのんびりするのは久しぶりな気がした。
視界に入る怪異も今はそこまで多くはなく、小さな八枚羽の蝶のようなものが青空の下を気持ちよさそうに飛んでいる程度だ。
「月斗君、どうかしましたか?」
クレープを食べ終わった紗夜が月斗の顔を覗き込む。
「……いや、いい天気だなぁって」
その答えに紗夜が呆れと驚きを混ぜた顔になる。
「じじくさいですよ、月斗君。いくつですか」
「十四歳です」
「若い!それなのにじじくさい!もっと見るべきものがあるのでは?例えば隣に座る十七歳のお姉さんとか」
「三歳も年上だったんですね」
「具体的な年齢差を言わないで!!」
年齢差を指摘された紗夜が「うえーん」と子供っぽい泣き真似をする。
そのリアクションに、(本当に年上なのかこの人)と月斗は疑いたくなってしまう。しかし、徐々に紗夜のハイテンションにも慣れてきた月斗には、紗夜の泣き真似に微笑を浮かべる余裕まで生まれていた。
「すみません。年齢差なんて気にしないから泣かないでください」
そう言いつつ、月斗は紗夜の頭にぽんと手を乗せ、優しく撫でる。クレープ屋の前で撫でられたお返しのつもりだ。
「本当ですか?年上って大人っぽくて話しづらいなー、とか思ってません?」
紗夜は泣き真似を中断して月斗をじっと見る。
「寧ろ今は年下に見えてます」
「うわーん、この十四歳、人に優しくしながら暴言吐くー!」
「あはは」
紗夜の子供っぽい振る舞いを見て、月斗は思わず声を出して笑ってしまう。
月斗の笑顔を見て、紗夜はぱっと嬉しそうな顔になる。
「月斗君、やっと声に出して笑ってくれましたね」
「……そう、ですね」
そもそも笑うことが少ないため、指摘されて月斗は自分で自分が笑ったことに少し驚いてしまった。
紗夜は「えへへ」と笑う。
「楽しいデート、がお礼のつもりだったんで、笑ってもらえたら大成功ですね」
そう言うと、紗夜はぴょんと立ち上がる。
「でも、まだまだ沢山遊べる場所はありますよ!とりあえずゲームセンターでクレーンゲームとかやりましょう!」
「俺、クレーンで取れた試しがないんですが」
「奇遇ですね。私もです」
何だそりゃ、と月斗はおかしくなってまた笑ってしまう。
クレープの包み紙を街中のゴミ箱に捨て、そこから一番近くにあったゲームセンターへ向かう。
ゲームセンターの一階にはクレーンゲームの台がいくつも設置してあり、大きいぬいぐるみや小さいキーホルダーだけでなく、お菓子が景品になっているものまである。
「どれも楽しそうですねー」
「取れるとは限りませんよ」
「分かってますよ。でも、こういうのって見ているだけでワクワクしません?」
「まぁ、お祭りの屋台みたいな感じはします」
小さい頃、賀茂家と一緒に行ったお祭りの風景が月斗の脳裏によぎる。
射的もくじ引きも、挑戦していいものを当てられた覚えはなく、おもちゃの銃で的を狙ったり、くじが入った箱に手を突っ込む瞬間が一番楽しかった気がする。
「こういうのって、取るのより、挑戦する方が楽しかったりしますよね」
「そう、その意気ですよ!では参りましょう!」
そう意気込んでクレーンゲームにいくつか挑戦したが、ビギナーズラックや無欲の勝利と言える程華々しい戦果はなく、結局小さなぬいぐるみが付いたキーホルダーを一つゲットするのがやっとであった。
「これ、何ですかね。クマ?犬?」
「タグにはクマイヌくんってありますよ」
「ミックスだった」
ゲームセンターを出て、よく知らないキャラクターのぬいぐるみを見てあれこれ言いつつ月斗と紗夜は家路につく。
紗夜はもっと色々な場所に行ってみたいようだったが、そろそろ賀茂家が帰ってくるということで月斗が「今日はここまでにしましょう」と提案したのであった。
「紗夜さん。あげますよ、クマイヌくん」
「いえいえ、それもお礼ってことで、月斗君が持っててください。今日の記念ってやつです」
「……ありがとうございます」
しかし、クマも犬も嫌いじゃないとはいえ、こんな可愛いキーホルダーを付ける場所があるかなぁと月斗は思案する。
「あーあ、月斗君ともっと一緒に遊びたかったなぁ」
「また遊べばいいじゃないですか」
自然とそんなことを口にしていたことに、月斗は我がことながら驚いていた。
自覚が薄かったが、紗夜とはまた会って遊びたいと思う程には好意を抱いていたらしい。
「えっ!?いいんですか?」
紗夜も驚きつつ、嬉しいのを隠せない様子だ。
「まぁ……暇な時になら」
月斗の返事に、紗夜は目を輝かせる。
「嬉しいです!じゃあ連絡先を……月斗君どこ住み?SNS何やってる?」
「うるさいですよ」
そう言いつつも、月斗と紗夜はお互いの連絡先を交換する。
「デートのお誘いじゃなくても、メッセージ送っていいですか?」
「いいですよ」
月斗が快諾すると紗夜は「わーい」と無邪気に喜ぶ。
そうこうしているうちに交差点につき、紗夜は「じゃあ、私はこっちなので」と月斗が行くのとは別の方向へ足を向ける。
「送りましょうか?」
「まだ暗くないですし、大丈夫ですよ。月斗君こそ気をつけて帰ってくださいね」
「はい。紗夜さんも気をつけて帰ってください」
そう言って手を振り、二人は別々の道で自宅へ向かった。
しばらく歩くと、賀茂家の屋敷の前に着く。土御門家程大きくはないが、賀茂家にも立派な門構えと庭がある。
外から家の様子を見れば、灯りがついていることが分かる。どうやら忠仁達の方が先に帰ってきていたようだ。
(心配かけちゃったかなぁ)
忠仁に小言を言われるかも、と覚悟しつつ月斗は門を開けようとする。
だがその時、月斗の背後でバイクがブレーキをかける音がした。
「あれぇ?月斗君じゃないの」
続けて、そのバイクのサイドカーに乗る人物が月斗に声をかける。
月斗が振り返ると、大きなバイクに跨った女性と、そのバイクのサイドカーに乗る、痩せた壮年の男性が月斗を見ていた。
「道介さんに八重さん。お久しぶりです」
月斗は見知った顔であるのを確認するとぺこりと会釈する。
「お久しぶりです月斗さん。お元気そうで何よりです」
バイクのヘルメットの下から優美な女性の声がした。ライダースジャケットとスリムなジーパン、ブーツを纏ったシルエットはすらっとした大人の女性の印象を周囲に抱かせた。
一方、サイドカーに乗っていた男性はサイドカーから降りるとヘルメットを外して「あーさっぱりしたー」と首を振って伸びた髪をぶんぶんと振り回す。
「髪切ればさっぱりするんじゃないですか、道介さん」
「いやいや、髪が長いのは術師にとって重要よ、月斗君。忠仁君だって髪伸ばしてるだろう?髪は術で使うこともあってだね……」
「それは知ってますけど、今、俺の顔に当たってちょっと嫌だったんで言っただけです」
月斗がじとっと睨むと、道介と呼ばれた男性は大袈裟にショックを受けた素振りを見せる。
「今時の子供は冷たいなぁ!……と、まぁ、そんなことを話しに来たんじゃなかった。賀茂家の皆さんはもうお帰りかな?」
「はい、もう帰ってきていると思います」
「そうか。じゃあ、今日の会合サボったことを謝りつつ、報告させてもらおうかな」
「報告?」
「うん」
それまでおちゃらけていた道介の表情が、一瞬で真面目なものになる。
「君にも関わりのあることだよ、月斗君。百鬼夜行の首謀者で、かの安倍晴明とも術の腕を競ったという伝説の陰陽師……」
道介がその名を口にする予感に怯えるように、風がザァッと大きな音を立てて吹き荒ぶ。
「蘆屋道満の話さ」